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奈落の帰還者 ― 黒鎧の門  作者: 山本田38ページ
第4章 誰も燃やさない門
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第44話 三十秒の余白

 受話器から届く声は、時々細くなった。


 レンは膝の紙へ耳を近づけるように身を傾けた。ミオが聞き取った言葉を復唱する。違う、と向こうで訂正が入り、人数の欄が一つ直された。


 翌朝の点検室に、燈杭の様子は声だけで届いていた。


「指定区画の移動、完了。受入側でも照合した」


 配給担当の声だった。


 寝具と水の場所が移り、救護の通路は空けたまま。トワたちの三人分も広間で受け取れるという。レンは自分の名前の入った袋へ触れかけ、手を紙に戻した。


 続いて炉番が値を読み上げた。


 生活側を予備へ切り替えても、決めた下限を割っていない。戻す側の操作も確認した。ミオは時間を置いてもう一度値を求めた。


 ガドは出口の見張りを替えた。門衛の足音が近くなり、また離れた。誰も声の大きさを変えなかった。


 最後にヴァルクが受話器へ出た。


「本日の試験分を認める。生活側が下がれば、こちらで止める」


「了解。止めた位置を復唱します」


 ミオが答えた。


 卓の隣の壁には、細長い点検蓋があった。前の日の休息中に資料と照合した箇所で、内側から太い線が門の方へ延びている。


 蓋を開けると、円筒が幾つも並んでいた。レンが印を受け取った錨核とは違い、一つずつ同じ端子で板に留まっている。


「門を保つために溜めるところ」


 ミオが言った。


「送る側を切ったあと、どのくらい残るかを見る」


 隊員が資料の線を指で辿った。通過口を動かす側は切り離したまま、点検用の枝へつなぐ。枝の先には覆いのついた負荷器があった。


 レンは送り機へ目をやった。昨日、三秒だけ止めた小さな爪は動いていない。今度はその機械も使わなかった。


「門を開かずに分かるのか」


「開いている時に使う量を、この枝で消費させる。資料の試験条件ではね」


 ミオは計器の目盛を示した。


「ここが保持の下限。ただし、実際に開いた時と全く同じとは言えない」


 レンは頷いた。数字が出れば、それを信じて走り出せる気がしていた。その前に、何を測った数字なのか聞いておかなければならなかった。


 供給を一系統ずつ確認し、許可された試験用の枝から蓄電部を満たした。三炉を同時に門へつなぐ操作はまだ行わない。


 針が上がり、動かなくなる。ミオは熱と接点を調べ、隊員へ時計を持たせた。


「切る」


 給電側の切替が動いた。


 負荷器の覆いから、乾いた熱の臭いがした。針はゆっくり下がる。レンは時計を見る隊員の口元と、ミオの指を交互に見た。


「下限」


「四十八秒」


 負荷を外した。針が戻るのを見ながら、ミオは値を紙へ書いた。


 一度では終わらなかった。


 冷めるのを待ち、条件を揃えてもう一度満たした。レンはその間に水を飲み、ガドは退路を確かめた。二度目は四十六秒。間を置いた三度目は四十七秒だった。


 ミオは一番短い数字を囲んだ。


「四十六秒は、ここで測れた値。使うつもりで数えるのは三十秒まで」


「十六秒を残すのか」


「残ると決めつけないために削る。開いた時の針が早く下がれば、三十秒より先でもやめる」


 レンは紙に三十と書いた。


「いつから数える」


「門が開いて、あなたが待機点に着いて、みんなが退いた後。門への給電を切った合図から」


 ガドが横から言った。


「戦っている時間も、橋から運ぶ時間も、その三十秒には入れない。歩けなくなっていたら、先に見送る」


 レンは頷いた。近づいてから決められることが、一つ残った。


 門際の待機点は、遮蔽の隙間から見える床の継ぎ目に置いた。まだ門衛がいるので、そこへ立って試すことはできない。セナが図と目盛のある測り紐を見比べ、同じ距離を退避路の安全な部分へ取った。


「ここから、ここ。向こうの床は、止めた後にもう一度見る」


 レンは杖をついて立った。


 ガドが横につき、触れずに歩いた。走らない。左腕を揺らさない。右足へ体重を移すところで息を止めかけ、吐き直した。


「十三秒」


 ミオが言った。


 休んでからもう一度歩くと、十四秒かかった。


「今なら十五秒以内。でも、戦いの後は測り直してくれ」


 レンが言うと、ガドは紙の端へ印をつけた。


 戻る合図も確かめた。声が届かなければ、遮光板を閉じて開かない。レンが見失わない位置で、セナが実際に板を動かした。


 暗くなると、先へ足を出すのを止めた。


 それだけの動作を、レンはもう一度繰り返した。


 点検室へ戻ると、腕の添えが汗で湿っていた。ミオが布を替える間、レンは椅子で息を整えた。


「向こうへ行ったら、この留めは時々見て」


 彼女は胴帯の金具を指した。


「緩んだまま索を引かせない。痛みが減っても、腕で持つな」


 レンは右手で場所を確かめた。


「直してくれて、ありがとう」


「腕は直ってない」


「動ける形にしてくれた」


 ミオは布を畳み、工具箱へしまった。


 ガドは盾の握りを締め直していた。セナは測り紐を巻いていた。まだ戦ってもいないのに、ここで別れの言葉を口にするのは早い気がした。


 だが、三十秒の中へ全部を持っていくことはできない。


「ここまで、一人では来られなかった」


 レンは二人にも聞こえる声で言った。


「行けたら、また会える道も探す。戻れるとは、今は約束できないけど」


「できないことを約束するなと言ったのは俺だ」


 ガドが顔を上げた。


「探すなら、生きて探せ」


 セナは巻いた紐を袋へ入れた。


「板は持った?」


 レンは胸の袋を押さえた。


「ある」


 刻まれた字は見えなかった。それでも、どの形で入っているか分かった。


 受話器が鳴った。


 ミオが取り、第一、第二、第三の担当を順に呼んだ。返事が復唱され、生活側の値がもう一度読まれた。誰かの沈黙を承諾として先へ進むことはなかった。


 試験用の枝を外す。蓄電部の残りを所定の経路で落とし、無電圧を確かめて、最終端末を扱う準備へ移った。


「ここから接続の前処置。まだ門へは送らない」


 ミオが告げた。


 ガドは隊員と拘束索を持ち上げた。レンは右手で杖を取り、橋台までの歩幅を頭の中で確かめた。


 紙の三十という数字は、点検室の机に残した。


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