第42話 橋の足元
刀を受け取る時、レンは左手を出しかけた。
帯の中で腕が少し動き、痛みが走った。右手で鞘を持ち直す。受取役は急かさず、ミオが腰の留めを締めるのを待っていた。
「現地の指揮はガド。途中は同行の隊員に従う」
帳面の条件を読み上げられ、レンは頷いた。
鉤と索は調整箱に入れたまま、隊員が持った。胴の帯は着けていたが、強く引かれた時に持つかは確かめていない。今日の目的は、門と橋を見ることだった。
無負荷の測定が通った翌朝、レン、ミオ、セナと隊員二人は倉裏へ下りた。
階段では右手を手摺へ置き、杖を先に渡した。下りきるまで、左腕を壁へ当てないよう身体を斜めにした。
点検小部屋の先の扉は開いていた。技師が通行を確認した範囲を図で示し、その先の分岐ではガドと落ち合うことになっていた。
道は平らではなかった。
低い管をくぐり、床板の欠けた場所を一人ずつ越えた。継ぎ直した細い連絡線が壁に沿っていたが、その下が歩けるとは限らない。セナが先へ灯りを向け、隊員が踏む場所を確かめた。
二度目の休憩で、レンは水を飲んだ。兜の内側に熱が溜まっていた。地下の冷たい空気を吸っても、膝の中の熱は引かなかった。
分岐に着いた時、ガドは盾を壁へ立て、食料の包みを開いていた。
「食べてからだ」
第三炉側から来た隊員が、レンの背の荷を受け取った。ガドたちは作業担当を残し、連絡を確かめてからここへ来たという。
レンは向かいに座った。地図の上で一本につながっている道を、ここまで来るだけで何度も止まった。
「脚は」
「短くなら歩ける。走って先へ出るのは無理だ」
「それを前提に見る」
ガドは食料を噛み、飲み込んでから立った。
分岐から先は、天井が高くなった。灯りが上まで届かなくなる。風が正面から吹き、錆の乾いた臭いを運んできた。
ガドの手が上がった。
レンは止まった。
厚い壁の切れ目から、大きな輪の一部が見えた。向こう側の縁は暗がりに沈み、内側には光も景色もなかった。その手前に、人の形に似たものが立っていた。
脚が太い。片方の足だけで、レンが両足を揃えた幅を越えていた。上体は重なった装甲に覆われ、腕が膝近くまで垂れている。
片足が上がった。
床へ置かれると、靴底へ薄い振動が来た。
レンは息を止めていたことに気づき、静かに吐いた。
「門衛か」
小声で尋ねると、ミオが図の輪郭を見て頷いた。
「記録の形と合う」
誰も壁の切れ目を越えなかった。
門衛は輪の前を数歩動き、止まった。上体を回す前に、片足を外へ置き直した。胴が遅れてその上へ乗り、もう片方がついてくる。
レンは足だけを見た。
人のように腰を軽く捻ることはできないらしい。だが遅いと思って近づけば、長い腕が届く。指先が通った高さには、床から突き出た古い支柱の折れ口があった。
あれを折ったのが門衛かどうかは分からなかった。
「ここから見える分だけ書く」
ミオが言った。
セナが紙を押さえた。手首がこちらへ向いた時、装甲の切れ目に短い溝が見えた。ミオは母の記録から写した端子の図を横へ置いた。
「同じ並びに見える。でも汚れまでは分からない」
レンは固定された左手首を見下ろした。
鉤をあそこへ届かせるには、あの腕のそばまで行くことになる。
ガドは一度全員を壁の奥へ戻した。セナが別の入口を指した。人の背より低い通路が、門前の広場と並行して延びていた。
先の足場を確認してから、順に入った。
通路は厚い橋台の裏へつながっていた。そこから覗くと、先ほど見た輪とこちらの間に、短い整備橋があった。橋の片縁には、床より低い作業溝が走っている。頭上には別の太い梁が渡っていた。
ミオがシグの話を記した薄紙を重ねた。
「上が搬送路。一本手前というのは、ここだね」
外側の手摺は曲がっていた。根元の一つが浮き、古い裂け目へ錆が入り込んでいる。
ガドはそれを掴まなかった。橋台側から手の届く内側の横梁を灯りで照らし、留めと周囲の板を見た。隊員が鏡を差し入れて裏を確かめる。
「こっちは、今見えるところに割れはない」
「それで持つか」
レンが聞いた。
「俺たちの索を張って調べる。あいつの重さまで保証はできん」
ガドは門衛のいる方へ顔を向けた。
隊員二人が短い索を回し、橋台の陰で少しずつ引いた。レンは見ていた。前なら、空いたところを自分も掴もうとしたはずだった。
横梁は動かなかった。手摺とは別に荷重を受ける骨組みだと、ミオが図を指した。
退避路を戻った先には、点検室があった。厚い壁で門前から隠れ、さらに奥は来た通路へ抜けている。ミオと隊員が床と天井を見た後、レンは壁際へ座らされた。
机のそばに古い小型の送り機があった。覆いに点検用と書かれている。ミオは触らず、型の符号を控えた。
ここで作業する者が、門衛から直接見えずに退ける。そのことを、ガドは図の線だけで済ませず、二つの出口を歩いて確かめた。
休んだ後、レンも通った。
橋台の陰から点検室まで、杖で歩く。途中の段差で右膝が痛み、足を揃えた。ミオが数えていた時間を、そこで止めずに続けた。
「今の停止も入れる」
「分かった」
戻る時は、ガドの肩を借りた。
橋の中央からでは遠すぎた。レンは紙の印を、こちら側の橋台へ寄せた。
「見せるなら、ここまでだ。その先から走って戻る約束はできない」
ガドが線を引き直した。
「俺はこの陰。お前が下がる間を盾で作る。受け止め続けるとは考えるな」
最初の索を掛ける候補は、橋台に近い横梁になった。作業溝へ深く潜らず回せて、退避路へ身体を戻せる場所だった。
ガドが索の高さを示した。門衛の脚に掛けるには、床から少し上げなければならない。
レンは、さっきの踏み替えを思い返した。足が上がり、胴が移る。こちらへ向かってくる時にも同じ幅で歩くのかは、まだ見ていなかった。
「抜けるかもしれない」
「ある。だから、今は場所を決めるだけだ」
ガドは予備に使える一つ内側の支持部も図へ記した。
遠くで、重い足が床を打った。
紙の上の線は動かなかった。レンは顔を上げ、橋台の隙間からもう一度、その足の置かれる場所を見た。




