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奈落の帰還者 ― 黒鎧の門  作者: 山本田38ページ
第4章 誰も燃やさない門
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第40話 引き受ける熱

 翌朝、左腕の帯を締め直すために、レンは右手で上着の端を押さえた。


 ミオが添えの位置を確かめる。眠っている間にも腕を動かそうとしたらしく、脇の布に深い皺が寄っていた。帯が緩むと痛みが戻り、締まると息が少し浅くなった。


「昨日より動くかは試さないで。今日は、この位置で持たせる」


 レンは頷いた。


 前の晩に書いた紙が寝台脇にあった。左腕で荷を支えられない。右膝で大きく退けない。続けて走れない。ミオの字で、できないことが並んでいた。


 紙を右手で畳む。角が揃わず、寝台へ押しつけて直した。


 救護所の出口で、人を載せた椅子と行き合った。


 トワだった。左脚を添え木ごと前へ出し、台に載せている。二人の運び手が戸口の段差で止まった。


「脚の方を先に上げないで。腰が滑る」


 彼女が言った。


 後ろに子供が一人いた。畳んだ布を胸へ抱え、椅子が動くたび半歩ついていく。


 レンは杖を引いて壁へ寄った。ミオが右肘を支えた。


「移るのか」


 トワはレンの腕を見てから、顔へ目を戻した。


「奥の広間へ。ここは通路を空けるそうだ」


 子供の持つ布の端が落ちた。トワが直そうと手を伸ばしたが、届かなかった。ミオが屈んで折り返した。


「配給の札は」


「持った」


 子供が上着を叩いた。


「三人分って言うんだよ。寝る場所を替えただけだから」


 運び手が合図し、椅子が動いた。レンは手を貸そうと右手を浮かせた。杖から離せば、自分が通路で止まる。


 手を戻した。


 椅子の脚が戸口を越えるまで待ってから、管理室へ向かった。


 ヴァルクの机には、古い帳面が二冊開かれていた。以前は室内で写すことだけを許された記録だった。その脇に、同じ図を写した紙が何枚もある。


 炉の技師二人と、配給を扱う女が座っていた。ガドは壁際に立ち、レンの椅子を空けていた。


「昨日の記録は読んだ」


 ヴァルクが言った。


「第三炉の核は残り、循環は安定。門への線は切れたまま。門衛は起動したとの応答がある。これで合っているか」


 レンとミオが答えた。


 ヴァルクは帳面を技師の方へ向けた。


「前の給電では、返事のない端を残して先へ進めた。その後、保護と共通の補助系が落ちた。遠い側で最初に何が起きたかは、今も確かめていない」


 技師の一人が写しを引き寄せた。


「この枝も同じ供給だったのか」


「そうだ。現用図から外したのは私だ」


 ヴァルクは答え、次の紙も渡した。


「作業する者へ持たせる。分からない箇所を分かったことにするな」


 レンは帳面の綴じ目を見た。閉じたままだったものが、人の手を渡っていく。その紙だけで断線が直るわけではなかったが、知らずに触る場所は減る。


 ミオが必要な物を書いた紙を広げた。


「支持部と線を直す間は、両端を切り離します。そこへ給電しない。測定が通ってから、生活側を切り替えて接続を試す」


「工事に回す分はどこから出す」


 技師が尋ねた。


「予備の余裕を使う」


 ヴァルクの答えに、配給の女が顔を上げた。


「外縁へ戻す話は延期ですね」


「それに、今いる者も動かす区画がある」


 ヴァルクは地図に指を置いた。


 炉の出力が一度も零にならなくても、外で何かが起きた時に足せる分が減る。線の外へ逃げ道を増やすことはできない。だから先に、守る範囲を狭めるのだとレンにも分かった。


「内郭の寝床は、今のままでは足りない」


 女が言った。


「広間を使う。救護の通路は空ける。水と配給の受取場所も一緒に移す」


 トワの椅子が、頭に浮かんだ。


 会議の前から動き始めた準備にも、運ぶ手が使われていた。


「暖房は落とすな」


 ガドが言った。


「そこまで工事へ回すなら、俺は人を出せない」


「水と寝床の最低分は残す。そこを割る兆しが出れば試験を止める」


 ヴァルクは技師へ紙を差し出した。出力の欄に技師が線を引き、現在の値と見比べた。ミオも覗き込む。


 レンには目盛の違いまでは読めなかった。三人が同じ欄を指して確かめ終えるまで待った。


「何日使うつもりです」


 配給の女が尋ねた。


「工事の日すべてではない。給電が必要な作業と試験の時間ごとに認める。夜は通常へ戻せる形で終える」


「終わらなかったら」


「切り離して翌日へ送る」


 ミオが答えた。


「むき出しの端を残さず、通電しない状態にして帰ります。今日の続きだからと、そのまま送らない」


 ヴァルクは頷いた。


「毎朝、配給と炉番の両方から人数と余裕を聞く。日数を約束して押し通すことはしない」


 紙に空欄が残された。そこへ翌日の数が入るのだろうとレンは思った。


 ガドが机へ寄った。


「返事が来ない時は」


「次へ進めない」


 ミオが図の細い線を指した。


「連絡側を先に調べます。試験中の呼び出しは一分以内に復唱。一分待って届かなければ、中止。再開は各端で止まった位置を確認してから」


「現場から止めるのに、ここの返事はいらんな」


「いらない」


 ヴァルクが答えた。


「炉番は生活側、ミオは回路、ガドは人と退路を見る。誰か一人が止めると言えば止める。再開は全員の返事を揃える」


 レンは紙を膝から机へ置いた。


「俺の状態も、入れてほしい」


 できないことを書いた面を上にした。


「門衛を止められるとは、まだ言えない。手首も、信号が通ったところまでだ」


 技師の目が左腕へ動いた。


「それでも、工事を頼むのか」


「頼みたい。けれど、できると言って出力を使わせたくない」


 レンは右手を紙から離した。


 ヴァルクはしばらくその紙を見た。


「回路が直れば、点検できる範囲も戻る。第三炉の不調は直った。その記録は受け取った」


 机の端の帳面を閉じた。


「補修と試験を許可する。門のために生活側の限度を変える許可ではない。お前が進めない時は、その時点で組み直す」


 レンは頷いた。喉に溜まった礼を言う前に、配給の女が椅子を引いた。


「では、寝具から数え直します」


 会議が終わっても、彼女の仕事は増えたままだった。


 資材置場まで来ると、ミオが低い腰掛けを運んできた。レンはそこへ座った。新しい線の束と、回収された短い線が、別々の棚から出された。


「使っている防護の線は外さない。ここにある分で、まず長さと傷を見る」


 技師が端を持ち、ミオが印を読む。レンには番号を書いた札が渡された。


 最初の一本には、被覆の割れがあった。


 レンは番号を読んだ。ミオが使えない方へ置き、次の束を持ち上げた。


 遠くの広間で、椅子を動かす音が続いていた。


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