第40話 引き受ける熱
翌朝、左腕の帯を締め直すために、レンは右手で上着の端を押さえた。
ミオが添えの位置を確かめる。眠っている間にも腕を動かそうとしたらしく、脇の布に深い皺が寄っていた。帯が緩むと痛みが戻り、締まると息が少し浅くなった。
「昨日より動くかは試さないで。今日は、この位置で持たせる」
レンは頷いた。
前の晩に書いた紙が寝台脇にあった。左腕で荷を支えられない。右膝で大きく退けない。続けて走れない。ミオの字で、できないことが並んでいた。
紙を右手で畳む。角が揃わず、寝台へ押しつけて直した。
救護所の出口で、人を載せた椅子と行き合った。
トワだった。左脚を添え木ごと前へ出し、台に載せている。二人の運び手が戸口の段差で止まった。
「脚の方を先に上げないで。腰が滑る」
彼女が言った。
後ろに子供が一人いた。畳んだ布を胸へ抱え、椅子が動くたび半歩ついていく。
レンは杖を引いて壁へ寄った。ミオが右肘を支えた。
「移るのか」
トワはレンの腕を見てから、顔へ目を戻した。
「奥の広間へ。ここは通路を空けるそうだ」
子供の持つ布の端が落ちた。トワが直そうと手を伸ばしたが、届かなかった。ミオが屈んで折り返した。
「配給の札は」
「持った」
子供が上着を叩いた。
「三人分って言うんだよ。寝る場所を替えただけだから」
運び手が合図し、椅子が動いた。レンは手を貸そうと右手を浮かせた。杖から離せば、自分が通路で止まる。
手を戻した。
椅子の脚が戸口を越えるまで待ってから、管理室へ向かった。
ヴァルクの机には、古い帳面が二冊開かれていた。以前は室内で写すことだけを許された記録だった。その脇に、同じ図を写した紙が何枚もある。
炉の技師二人と、配給を扱う女が座っていた。ガドは壁際に立ち、レンの椅子を空けていた。
「昨日の記録は読んだ」
ヴァルクが言った。
「第三炉の核は残り、循環は安定。門への線は切れたまま。門衛は起動したとの応答がある。これで合っているか」
レンとミオが答えた。
ヴァルクは帳面を技師の方へ向けた。
「前の給電では、返事のない端を残して先へ進めた。その後、保護と共通の補助系が落ちた。遠い側で最初に何が起きたかは、今も確かめていない」
技師の一人が写しを引き寄せた。
「この枝も同じ供給だったのか」
「そうだ。現用図から外したのは私だ」
ヴァルクは答え、次の紙も渡した。
「作業する者へ持たせる。分からない箇所を分かったことにするな」
レンは帳面の綴じ目を見た。閉じたままだったものが、人の手を渡っていく。その紙だけで断線が直るわけではなかったが、知らずに触る場所は減る。
ミオが必要な物を書いた紙を広げた。
「支持部と線を直す間は、両端を切り離します。そこへ給電しない。測定が通ってから、生活側を切り替えて接続を試す」
「工事に回す分はどこから出す」
技師が尋ねた。
「予備の余裕を使う」
ヴァルクの答えに、配給の女が顔を上げた。
「外縁へ戻す話は延期ですね」
「それに、今いる者も動かす区画がある」
ヴァルクは地図に指を置いた。
炉の出力が一度も零にならなくても、外で何かが起きた時に足せる分が減る。線の外へ逃げ道を増やすことはできない。だから先に、守る範囲を狭めるのだとレンにも分かった。
「内郭の寝床は、今のままでは足りない」
女が言った。
「広間を使う。救護の通路は空ける。水と配給の受取場所も一緒に移す」
トワの椅子が、頭に浮かんだ。
会議の前から動き始めた準備にも、運ぶ手が使われていた。
「暖房は落とすな」
ガドが言った。
「そこまで工事へ回すなら、俺は人を出せない」
「水と寝床の最低分は残す。そこを割る兆しが出れば試験を止める」
ヴァルクは技師へ紙を差し出した。出力の欄に技師が線を引き、現在の値と見比べた。ミオも覗き込む。
レンには目盛の違いまでは読めなかった。三人が同じ欄を指して確かめ終えるまで待った。
「何日使うつもりです」
配給の女が尋ねた。
「工事の日すべてではない。給電が必要な作業と試験の時間ごとに認める。夜は通常へ戻せる形で終える」
「終わらなかったら」
「切り離して翌日へ送る」
ミオが答えた。
「むき出しの端を残さず、通電しない状態にして帰ります。今日の続きだからと、そのまま送らない」
ヴァルクは頷いた。
「毎朝、配給と炉番の両方から人数と余裕を聞く。日数を約束して押し通すことはしない」
紙に空欄が残された。そこへ翌日の数が入るのだろうとレンは思った。
ガドが机へ寄った。
「返事が来ない時は」
「次へ進めない」
ミオが図の細い線を指した。
「連絡側を先に調べます。試験中の呼び出しは一分以内に復唱。一分待って届かなければ、中止。再開は各端で止まった位置を確認してから」
「現場から止めるのに、ここの返事はいらんな」
「いらない」
ヴァルクが答えた。
「炉番は生活側、ミオは回路、ガドは人と退路を見る。誰か一人が止めると言えば止める。再開は全員の返事を揃える」
レンは紙を膝から机へ置いた。
「俺の状態も、入れてほしい」
できないことを書いた面を上にした。
「門衛を止められるとは、まだ言えない。手首も、信号が通ったところまでだ」
技師の目が左腕へ動いた。
「それでも、工事を頼むのか」
「頼みたい。けれど、できると言って出力を使わせたくない」
レンは右手を紙から離した。
ヴァルクはしばらくその紙を見た。
「回路が直れば、点検できる範囲も戻る。第三炉の不調は直った。その記録は受け取った」
机の端の帳面を閉じた。
「補修と試験を許可する。門のために生活側の限度を変える許可ではない。お前が進めない時は、その時点で組み直す」
レンは頷いた。喉に溜まった礼を言う前に、配給の女が椅子を引いた。
「では、寝具から数え直します」
会議が終わっても、彼女の仕事は増えたままだった。
資材置場まで来ると、ミオが低い腰掛けを運んできた。レンはそこへ座った。新しい線の束と、回収された短い線が、別々の棚から出された。
「使っている防護の線は外さない。ここにある分で、まず長さと傷を見る」
技師が端を持ち、ミオが印を読む。レンには番号を書いた札が渡された。
最初の一本には、被覆の割れがあった。
レンは番号を読んだ。ミオが使えない方へ置き、次の束を持ち上げた。
遠くの広間で、椅子を動かす音が続いていた。




