第39話 残る手を数える
左腕の下へ布が入った。
救護の女が肘と手首を別々に支え、もう一人が幅の広い帯を通した。腕が床から離れると、レンは歯を噛み合わせた。壊れた外板の内側で、何かが引っかかった。
「そこで止めてくれ」
手が止まった。
息を吐けるまで待ってもらい、腕を腹の前へ運んだ。自分で持ち上げるより、誰かに動かされる方が怖かった。どこまでなら耐えられるか、自分にも分からなかった。
ガドが腰の刀を外した。鉤と索も受け取り、隊員へ渡す。
「返却の帳面へ戻せ。杖はこいつのところへ」
シグは先に運ばれた。二人に左右から支えられ、足が床を擦っていた。拘束索の位置を直す時も、隊員はそばを離れなかった。
レンには板の担架が来た。
「歩ける」
言いかけたところで、救護の女が右膝を見た。
「ここから立ってみる必要はない」
レンは口を閉じ、肩を預けた。
救護所では別の仕切りへ入れられた。煮た布の湿った臭いがした。灯りに照らされた天井の継ぎ目を見ながら、運ぶ者たちの足が止まるのを待った。
横になると、鎧の重さが寝台へ移った。それだけで眠りそうになったが、腕の中の熱が引き戻した。
ミオが来た時には、右膝の下にも畳んだ布が置かれていた。
「触る前に言う。動かせなくても、無理に動かさないで」
彼女は割れた板の縁を見た。前腕を支えたまま、浮いていた破片を小さな工具で押さえる。布の上へ黒い欠片が落ちた。
「この支えが曲がってる。手首側の留めも割れてる」
レンは顔だけを向けた。
「替えれば動くか」
「同じ部品がない。形を合わせても、中まで直ったことにはならない」
ミオは灯りの角度を変えた。
「駆動させると、ここが内側へ食い込む。今は止めて固定する」
それから指先へ触れた。親指、人差し指。レンは感じた場所を答えた。小指は、押されてから遅れて分かった。
「握ってみて」
指へ力を送った。中指が少し曲がり、腕の奥が痛んだ。
「痛い」
「やめて」
短く言って、彼女は待った。
握れたとは言わなかった。
痛みが静まると、ミオは手首の接続口を調べた。第三炉で受け取った印がそこから消えているのではないかと、レンは思った。目の前に、シグの手を拒んだ文字が浮かんだ。
「ここも壊れたか」
「端子は残ってる。線を確かめる」
小さな計器から出た二本の先を、順に触れさせる。腕を動かすための電源は入れず、針の振れを紙へ書いた。
「接続口から、外から調べられる線までは通ってる」
「影縫いは」
「これだけじゃ分からない。索を付ける留めが壊れてるから、引かれたら持たない」
レンは右手を握った。こちらは閉じた。指の付け根が強張り、掌で鋼棒を押した感触が残っていた。
右手で刀。左手に索。
今までその二つを同時に使っていた。
ミオは腕の下へ硬い添えを入れ、帯で胴に沿わせた。固定されると熱い痛みが少し薄くなった。腕そのものは重いままだった。
「今日はここまで。手首が通じていても、腕を使っていいわけじゃない」
レンは頷いた。
水を飲んだ。右手だけで水筒を扱うのに手間取り、ミオが蓋を受け取った。
少し眠ったらしかった。次に目を開けた時、灯りの位置が変わり、ガドが寝台の足元に座っていた。
「シグが橋の話をしている」
膝に紙を置いていた。
「門の手前だという。聞けるか」
レンは起き上がろうとした。帯が胸へ食い込む。ガドが背中へ手を入れた。
歩いて行ける距離は短かったが、杖と右肩の支えが要った。途中で一度止まり、隣の仕切りの外に椅子を置いてもらった。
シグは寝台へ座っていた。左脚は台に載せられ、膝の外側の継ぎ板に新しい布が挟まっていた。腕を自由に振れないよう、幅広い帯が掛けられている。
救護の者が小さな金具を皿へ置いた。
「擦れていた外側は浮かせた。冷まして、動かさずに様子を見る」
シグは脚を見ていた。
「それで戻るのか」
「これ以上こすらせないためだ。中の傷が治るとは言っていない」
レンは椅子へ座った。シグがこちらの腕を見た。顔を背けはしなかったが、何も言わなかった。
ミオが後から来て、門前の古い図を寝台脇の板へ広げた。
「橋はここか」
ガドが尋ねた。
「一本手前だ。その太い線は上の搬送路だ」
シグは顎で示した。ミオが指をずらすと、そこで止めた。
「外の手摺には掛けるな。根元から剥がれる。内側の横梁に回すんだ」
「何を掛ける」
「索だ。荷を引いた時、手摺を曲げた。横梁は持った」
ミオは図の上へ薄い紙を重ねた。元の線を消さず、シグの指す位置に印をつける。
「いつの話」
「前に門へ行った時だ。今の梁まで知るか」
声に苛立ちが戻った。
レンは図を見た。第三炉で門衛起動の文字を見ただけで、その重さも足の幅も知らない。梁が荷に耐えたという話だけで、そこへ立つわけにはいかなかった。
「自分たちで確かめる」
ガドが言った。
シグは頷かなかった。
「その腕で、正面から受けるな」
レンへ言った。
「次は戻らんぞ」
戻ると思って腕を上げたのではなかった。退けなかった。そのことを言い返そうとして、レンはやめた。
「さっきも、一人なら止められなかった」
シグの右指が布の上を擦った。
「なら門へ行くな」
レンは答えを急がなかった。今のシグを連れて門へ行けば救えるとも、ここに置けば助かるとも言えない。
「まだ、帰りたい」
それだけは変わらなかった。
シグは目を閉じた。ミオが紙へ、本人の話による位置だと書き添えた。ガドは見張りへ声をかけ、レンの椅子の脇へ戻った。
自分の寝台へ戻る途中で、右膝が震えた。
「止まってくれ」
ガドの足が止まった。腕に支えられたまま、レンは短く呼吸した。ミオも先へ行かずに待っていた。
戦う場所まで行くだけで、この手が要った。
寝台に座ると、レンは二人を呼び止めた。
「門衛と、一人では戦えない」
ガドは黙って聞いていた。
「左腕は支えにできない。右膝で退ける距離も短い。今日、また分かった」
ミオが持っている図の端が、少し下がった。
「それでも、門を開けたい。核を残して行くために、手を貸してほしい」
声が掠れた。水筒へ手を伸ばす前に、最後まで言った。
「俺ができることと、できないことを、一緒に確かめてくれ」
ガドが椅子を引き寄せた。
「まず、今日できないことから書く」
ミオが図を裏返した。白い面を膝に載せ、レンの言葉を待った。




