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奈落の帰還者 ― 黒鎧の門  作者: 山本田38ページ
第3章 死者の回路
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第33話 三つ目の印

 索を腰へ留めると、ガドが荷の数を読み上げた。


 前より箱が一つ増えていた。隊員二人が重さを分け、ミオは計器を自分で持った。レンは水の容器を揺らさない位置へ寄せ、杖を取った。


 外門を出ても、歩幅は広げなかった。


 屋根の残る建物で休み、地下へ下りる前にも脚を伸ばした。外階段の索をガドが張り直す。降り切ったところで、隊員がレンの顔を覗いた。


「まだ歩ける」


 レンは答えた。


「でも、詰所で座りたい」


 ガドが頷いた。


 左の迂回路を通った。音を落とした案内箱は黙っていたが、横穴の前では灯りを絞って待った。前に通れた場所でも、先頭が確かめ終わるまで進まなかった。


 第三炉の詰所へ着いたときには、セナが食料の包みを一つ開く時刻になっていた。


 再生器は停止したままだった。セナは袋の内側へ一度手を添え、それから食料を配った。レンは石台へ座り、水と一緒に飲み込んだ。


 廊下で足音がした。


 ガドが戸口へ立つと、シグが壁に手をついていた。


「部品か」


 男は箱を見て言った。前へ出ようとして、左足が床へ残った。膝を持ち上げるまでに、長い間があった。


 レンは食べる手を止めた。


「脚が悪くなってる」


「寝て起きた直後は、こうだ」


 シグは答えた。握った右手も震えていた。指を開こうとすると、親指だけが遅れた。


 ガドは炉の側を指した。


「俺たちが帰ってから、何を触った」


「何も。水を汲みに東へ出ただけだ」


「確認する。計器の前には来るな」


 シグは肩を壁へ戻した。


 ミオは前回の紙を開いたが、その数字をそのまま新しい欄へ移しはしなかった。


 弁の指標、端子の覆い、外へ出る線。実物を順に見て、隊員が図の符号を読み上げる。生活側と旧幹線への切離しを、計器でも確かめた。


 レンは腰掛けた位置から記録用の紙を押さえた。ミオの読む数値を右手で写す。分からなかったものは聞き返した。


 局所循環を止めたあとも、すぐに工具は入らなかった。


 圧の針が下がり、ミオが温度を測り直す。待つ間に水を飲み、手袋を替え、回収する液の容器を継ぎ目の下へ置いた。


 ようやく継ぎ手が開いたとき、ぬるい油に似た臭いがした。


 外した環の片側は、薄く潰れていた。戻り側の小さな網には、黒い泥と細かな錆が詰まっていた。


「座は深く傷んでない。予定の範囲でできる」


 ミオがガドへ見せた。


 隊員が網を洗い、汚れを受ける布を替えた。ミオは座の面を拭き、新しい環と外した環を並べた。


 レンが燈杭で選った回収品だった。


 穴へ入れる前に、ミオはもう一度厚さを測った。


「これを使う。予備は残す」


 レンは使った数に印をつけた。外した物は別袋へ入れ、混ざらないよう口を折った。


 制御器の点検蓋の内側にも、湿気で曇った接点があった。そこは局所電源を切り、無電圧を確かめてから清掃した。レンの手首を試しに繋ぐことはなかった。


 片づけまで終えると、ミオが工具を数えた。


 一本、足りなかった。


 誰も弁へ手を掛けなかった。隊員が布を持ち上げると、その下から短い工具が出てきた。


 ミオは数え直し、点検蓋を閉めた。


 循環を戻したとき、レンは足元を見た。


 細い振動が靴底へ伝わった。前に聞いたような、途中で息の切れる唸りではなかった。


 それでも、ミオは終わりと言わなかった。


 流量を読み、継ぎ目へ乾いた布を当てる。しばらくして布を引き、濡れていないことを隊員にも見せた。温度はゆっくり下がった。


 時間を置き、同じ順番でまた測った。


 シグが戸口の壁を拳で押した。


「もう揃ってる」


「一度揃ったところまでです」


 ミオは帳面から顔を上げずに答えた。


 レンは筆を置き、左の指を開いた。紙を押さえ続けるだけでも、端が少しずつずれた。


 ガドが交替を命じた。レンは詰所へ戻り、脚を伸ばした。隊員が残る測定を引き継いだ。


 眠りかけて起きたとき、灯りの位置が変わっていた。


 ミオが紙を持って来た。


「流れと温度が保ててる。漏れもない。認証の試験へ進めると判断する」


 ガドは記録を読み、レンへ向けた。


「立てるか」


 杖をついて立った。膝の奥には鈍い痛みがあったが、足を置く位置は決められた。


「認証口までなら」


「そこで止める合図を聞け。何が出たか、途中でも言え」


 レンは頷いた。


 炉の側面へ戻ると、シグが通路の端にいた。隊員がその前に立ち、計器への道を空けていた。


 ミオが認証口の蓋を開いた。


 レンは左手首を上げる前に、口にした。


「直接接続する。証印の取得を試す」


 ガドがミオを見た。ミオは針を読み、隊員が紙へ記した。


「いい」


 ガドの声を聞いてから、端子を合わせた。


 冷たい線が腕の内側を上がった。視界に細い光が重なり、円筒の縁が一瞬遠く見えた。


〈第三証印 取得〉

〈証印取得数 三/三〉


 レンは文字を読んだ。声が途中で掠れ、三/三だけをもう一度言った。


「手を離せ」


 ガドが言った。


 端子を引いた。抵抗はなかった。ミオは出力と流量を見比べ、隊員が次の数値を書いた。


「今のところ、変化なし。続けて見る」


 レンは左手を胸へ寄せた。


 三つ揃った。


 嬉しくないわけではなかった。喉の奥が熱くなり、誰かへ見せたかった。だが今度は、先に口で伝えた。聞いた者が、それぞれ自分の計器と紙を見ていた。


 その下には、まだ接続の条件と門衛の条件が残っていた。


「門への接続は、まだ成立してない」


 レンが言うと、ミオは頷いた。


「床の線は切れたまま。そこは今日、直していない」


 炉は同じ音を立てていた。核も動かしていなかった。


 シグが壁から肩を離した。


「照合させろ」


 ガドが前へ出た。


「何をする」


「そこにある盤へ手を置く。炉の弁には触らん」


 認証口の横に、手の形の浅い窪みがあった。ミオは接続器の図と見比べた。


「資格を照合する側。核への接続とは別です。ただ、先にレンで動作を確かめたい」


 ガドが認めた。レンは盤へ右の掌を置いた。


 盤上に、照合成立と出た。


 手を離す。ミオが計器を確かめ、シグへ一度だけと告げた。


 シグはゆっくり歩いてきた。右脚を置き、左脚を引き寄せる。盤へ掌をつくと、震える指が縁を叩いた。


 線が灯った。


 レンは盤を見た。燈杭へ入った夜のような、無反応ではなかった。


〈照合不成立〉

〈有効な通過認証なし〉


 シグの手は、盤から離れなかった。


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