第32話 借りる部品
レンは流量の記録へ目を落とした。
何を返せるか。門を開けることだと答えれば、自分の欲しいものを言い直すだけだった。
「第三炉を、使える状態で残したい」
ヴァルクは待っていた。
「核を持ち出さずに。どこを直して、何が変わったかも持ち帰る。ただ、俺には直ると約束する知識がない」
ミオが机へ図を広げた。
「まず、制御器の冷却を安定させます。今の揺れのままでは、線の先を調べても、どちらの異常か分けられない」
指が第三炉の四角い記号を囲んだ。
「この装置の状態が分かれば、封鎖した系統へ何を繋いではいけないかも記録にできます。門を開けるためだけでなく、今後ここを保守するために必要です」
「燈杭へ熱を送れると言っているのではないな」
「そこまでは調べていません。今回、約束できるのは局所の補修と、結果を確認して残すところまでです」
ヴァルクは紙の端を押さえた。
レンは口を挟まず聞いていた。自分ができることと、ミオに頼むことを混ぜれば、また全部をできると言ってしまう。
「使った部品と残った部品は、俺も数える」
レンは言った。
「表示は省かずに写す。作業中に変わったら、すぐ伝える。駄目だったところも持ち帰る」
ガドが椅子を寄せた。
「途中でやめた場合の戻し方まで、先に書け」
ミオは別の紙を取り、図の符号を写し始めた。
第三炉の局所循環を止めて調べること。生活側と旧幹線へ出る部分が切り離されていることを、現物と測定で再確認すること。圧と温度が下がるまで継ぎ手を開けないこと。
「図と違っていたら、そこで止めます。こちらで確かめられない線が残るなら、弁は回しません」
ミオが言った。
「戻り側を開けて、掃除だけで済むかも見る。座の面が想定より傷んでいたら、その場で削り直す工事には広げない」
ヴァルクが許可の範囲へ線を引いた。
レンは、その線の外に置かれた認証口を見た。
「証印の試験も、別に頼みたい」
「補修が終わったことにはしないぞ」
ガドが言った。
「終わって、ミオが確かめてからだ。流れと温度が保てなければ、つながない」
ミオは紙の下へ、新しい項目を作った。
「核の取り外しや幹線への給電とは分ける。出力と制御側の値を記録し、変化が出たら試験を止める。今までと同じだろうという理由では進めない」
レンは頷いた。
ヴァルクが筆を置いた。
「材の残りを見てから決める。今日中に出せるとは思うな」
レンは立ち上がろうとしたが、ガドに肩を押さえられた。
「お前は休め。足りない材を歩き回って探す仕事じゃない」
監視室へ戻ると、膝は帯の内側で熱くなっていた。
その日は部屋から出なかった。食事の器を返し、水を飲み、脚を伸ばした。廊下では荷を運ぶ音が続いた。自分が待っている間に、ほかの者が動いていた。
翌朝、ミオが小さな皿を二つ持ってきた。
片方には磨いた環、もう片方には油のついた古い環が入っていた。彼女は持参した平板へ一つを置き、指で端を押した。
「浮くものは戻す。これなら座って確かめられる?」
レンは頷いた。
付き添いの隊員が戸口に残り、ミオは皿と寸法を書いた紙を卓へ置いた。
「新品は外縁の継ぎ手に回す。こっちは使わなくなった枝管から外したもの。合うものだけ選ぶ。なければ待つ」
レンは一つずつ並べた。幅を見て、平板へ載せる。左手で強く挟まず、右指で押した。
一つ、縁が浮いた。
別の皿へ戻した。
トワに教わったときより遅かった。だが、迷ったものを使える側へ入れることはしなかった。
昼前にミオが戻り、選んだ分を測り直した。二つは摩耗が深く、候補から外れた。
「数が足りるか」
「環は足りる。座の予備は、倉の回収品を確かめてる」
「線は」
「今度は繋がない。長い交換線まで持つと、食料と工具が載らない。端の状態を調べる物だけにする」
ミオは荷の一覧から一行を消した。
直す場所を減らすことが、戻ってこられる荷を作ることでもあった。
午後、救護係が手足を見に来た。
レンは紐を結ばされた。結び目は作れたが、左の薬指が一度引っ掛かった。立って壁際を歩くと、三度目の折り返しで右脚が重くなった。
「このくらいで休むこと。長く歩いてから申告するんじゃなくて」
係がガドへ告げた。レンにも同じ言葉を向けた。
再訪は翌朝からになった。
出発前、隊員が付き添って倉の前へ連れていった。木箱には行き先の札がついていた。補修区画、救護所、第三炉。第三炉の箱は、ほかの二つより小さかった。
セナが食料の袋を受け取り、人数と日数を合わせていた。前の六人で行くという。退路の休憩場所を増やした図が、箱の上に広げてあった。
「替えの布はこれだけ」
倉の係が薄い束を出した。
「傷に使う分は別にしてある。こっちは道具と継ぎ手の分だ。混ぜるなよ」
ミオは二つを別の袋へ入れた。
レンは部品の皿を受け取り、箱へ移す数を読んだ。係が帳面に記す。使わなかった部品も、取り外した古い部品も、危険なく持ち帰れるものは戻すと確認した。
「これは、お前の物になったわけじゃない」
係が札を結んだ。
「分かってる」
レンは箱から手を離した。
ヴァルクが許可書を持ってきた。
局所循環と接点の点検・補修。その結果を記録し、第三炉を安定した状態へ戻して引き渡すこと。続いて、監督下の認証試験が別の項目になっていた。
旧幹線の接続と核の搬出は含まれていなかった。
「直せなければ、未完了のまま報告しろ。帳面の上だけで終わらせるな」
ヴァルクが言った。
「今回の材は、この作業に貸す。お前が起こした事故の埋め合わせとして渡すのでも、借りを消すのでもない」
レンは顔を上げた。
あの夜から、何度か朝が来ていた。避難した者はまだ戻っていない。レンは短く返事をした。
ガドが許可書を受け取った。
「シグが何か変えていたら、前の測定は使わない。見た目が同じでも、最初から確かめる」
ミオが頷いた。東側の整備路も、近道として使うことにはしなかった。
最後に、刀と索が運ばれてきた。
レンはすぐには受け取らず、箱の上の紙をもう一度読んだ。停止する条件、戻る判断をする者、認証の前に確かめる項目。
できることの一覧より、やめる場合の行が長かった。
読み終えてから、右手を差し出した。
鞘の重さが掌へ載った。




