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奈落の帰還者 ― 黒鎧の門  作者: 山本田38ページ
第3章 死者の回路
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第31話 帰ると約束しない

 外階段を上がり切ったとき、レンは膝に手を置いた。


 下るときより時間が掛かった。杖を先に上へ渡し、張った索を使って一段ずつ身体を持ち上げた。最後の段では、隊員の肩を借りた。


 ガドが全員の通過を確かめてから、索を回収した。


 地下の横穴に、骸機の姿は見えなかった。だが消音した箱は戻さず、そのまま記録に残した。階段を誤って案内する声も、曲がり角で聞こえなくなるまで続いていた。


 外の空は出発時より暗かった。


 セナは高架の端を見て、ガドへ図を示した。男はレンの足元を見た。


「今夜は屋根のところで止まる」


 レンは息を整えてから頷いた。


 もう少し歩けると言えば、歩けたかもしれない。その先で同じことが言えるかは分からなかった。


 行きに休んだ建物で、隊員が奥と屋根を調べ直した。乾いている場所に荷を寄せ、入口にはガドが座った。工具を包んだ布は解かなかった。


 食料を分けると、袋の底が見えた。


 レンは硬い欠片を口元の隙間から入れた。噛むと粉が喉に残り、水を少し含んだ。温かくない食事を飲み込むあいだ、誰も門のことを話さなかった。


 セナは背負い袋を枕にせず、壁との間へ置いた。


 ミオが持ち帰る紙を包み直し、隊員の一人が残りの水を確かめる。ガドは交替する順番を決めた。レンには膝を伸ばして休むよう言った。


 横になっても、すぐには眠れなかった。


 風が窓枠を抜ける音に、第三炉の声を思い出した。セナを呼ぶ声ではなく、帰還を望むならという、自分にだけ示された文字だった。


 文字には声がなかった。それでも、誰かの約束のように受け取っていた。


 翌朝、膝は立ち上がりの一度目に痛んだ。


 ミオが帯を確かめ、レンは短く歩いてから続けられると伝えた。ガドは休む間隔を縮めた。屋根を離れ、行きと同じ大回りで戻った。


 燈杭の門が見えたころには、水の容器が軽くなっていた。


 セナが遮光の合図を送った。門が開くまで、六人は庇の下で待った。係が人数を数え、ガドが全員戻ったと答えた。


 内側へ入ると、煮物の匂いがした。


 レンはその匂いだけで、椅子へ座りたくなった。だがガドが先に寄ったのは、武器を預けた詰所だった。


 レンは腰の留めを外した。


 刀を鞘ごと卓へ置き、次に索を並べる。係が以前の記録と見比べた。出発時と同じ数だった。


「使ったか」


「刀も、影縫いも使ってない」


 ガドが頷き、係は紙へ書いた。


 腰が軽くなった。杖を受け取り直し、レンはガドについていった。調査へ出たことで、戻る場所が変わったわけではなかった。


 救護所へ寄ると、入口の台には昨日までと同じ籠があった。


 乾いた布は少なく、洗った布が通路脇に吊られていた。係が一枚ずつ厚さを見て、使う場所を分けていた。


 レンの膝を診る間、奥からトワの声がした。


「その長さなら、二本いる。一本じゃ届かないよ」


 作業着の男が、手にした紐を見ていた。トワは寝具の上で、左脚を板に固定されたままだった。作業場へ戻ったのではなく、寸法を尋ねられていた。


「棚の右にあった分は?」


「曲がってた。使えるのだけ出すと、これしかない」


 男が答えると、トワは目を閉じた。少しして、別の棚の場所を伝えた。


 レンは声を掛けなかった。前に、話を終わりにしてほしいと言われたことを覚えていた。


 救護係は帯を巻き直し、傷めた膝を今日は休ませるよう言った。


 退出するとき、配給を運ぶ者とすれ違った。荷札には、外縁から移った家の名が並んでいた。受け取る係が人数を確かめ、一つの包みを二つに分け直した。


「まだ戻れないのか」


 レンはガドへ尋ねた。


「配管は一本直した。だが支えが終わってない。暖めても人は戻せん」


 廊下の隅には寝具が積んであった。余った寝具ではなく、今夜また敷くためのものだった。


 管理室へ入ると、ヴァルクは先にミオの記録を読んでいた。


 机の上に、第三炉の図が広がっている。セナは回収品の引き渡しを済ませに行き、隊員たちも荷の確認へ戻っていた。レンは勧められた椅子へ座り、ガドは扉の脇に立った。


「第三炉は動いている。ただし、安定していない」


 ミオが流量の記録を示した。


「循環の揺れと温度、漏れを確認しました。圧の掛かった部分は開けていません。ここが旧線の断線です。見えている一本だけで、ほかはまだ分かりません」


 ヴァルクが図の符号を追った。


「認証は」


「していない」


 レンが答えた。


「場所と表示を伝えた。蓋も開けてない」


 ガドが同じことを確かめた。ヴァルクは一行を書き足し、次の紙へ移った。


 レンはその手を見ていた。許可を守ったという事実が、特別な褒め言葉にならず記録へ入った。


 シグの居場所も報告した。


 東側の資材口、細い整備路。帰投を断ったこと。装置を動かさないよう伝えたこと。ヴァルクは経路の符号に印をつけた。


「近づく者への注意に回す。あいつの話だけで通れる道とは扱わない」


 ミオが次の紙を出す前に、レンは口を開いた。


「門のことも、話したい」


 ヴァルクが顔を上げた。


「第三炉に、行き先の記録があった。別の領域へ渡す設備で、通る人間の出身地を指定する仕組みはないと書かれていた」


 ミオが写しを机へ置いた。


 レンはその一行を指した。


「俺は、門を開ければ故郷へ戻れると思っていた。それで核を運びたいと言った。でも、確かめたわけじゃなかった」


「今、行き先は分かるか」


「分からない。そこから先に道があるかも」


 部屋の杯が炉の振動で鳴った。


 レンは続きを待たずに言った。


「だから、これを直せば俺が帰れるとは約束できない。旧線を直しても、条件が成立するかはまだ試せていない」


 言葉にするほど、頼もうとしているものが重くなった。戻ってこないかもしれない者のために、部品と食料と、人の時間を出してほしいという話だった。


 ヴァルクは写しを最後まで読んだ。


「それでも続けるのか」


「続けたい」


 レンは頷いた。


「核を奪う形では進めない。第三炉を安定させて、線を調べる方法を決めたい。そのための部品を借りたい。俺だけじゃ、運ぶことも直すこともできない」


 ミオの手元には、必要な材の寸法が書かれていた。隣には、まだ開けていない箇所の印がある。


 ヴァルクはその紙を引き寄せなかった。


「ここには、今使う管を待っている者がいる」


「知ってる」


「知っていることと、残りを出せることは別だ」


 レンは手を膝へ戻した。


 窓の外で、荷車の車輪が軋んだ。ガドは扉を少し開け、廊下を通れる幅を空けた。


 ヴァルクが第三炉の図を机の中央へ寄せた。


「お前が先へ行きたいのは分かった」


 指が、揺れる流量を記した欄に置かれた。


「この調査を進めて、燈杭には何を返せる」


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