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奈落の帰還者 ― 黒鎧の門  作者: 山本田38ページ
第3章 死者の回路
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第25話 待つ者の歩幅

 外門の向こうに、折れた高架が見えた。


 灰の空を横切る桁の下で、風が細い粉を巻いていた。昨日までは内郭の壁に遮られていた冷たさが、兜の目元へ入ってくる。レンは杖をつき直した。


 ガドが隊員の荷を確かめていた。


 索、楔、布で巻いた工具。食料の包みは袋の底へ寄せられ、計器箱がその上へ固定されている。重さが片側へ偏ると、隊員はいったん下ろして締め直した。


「救護所の分は届いた?」


 ミオが聞いた。


「今朝のは渡した。布は残してきた」


 セナが答えた。自分の背負い袋を持ち上げ、底へ手を添える。


 レンの荷は小さかった。水と、自分の食料の一部だけ。工具も替えの布も、ほかの者が分けて持っていた。


「もう少しなら」


 隊員の袋へ手を向けると、ガドが首を振った。


「その分、帰りまで歩け」


 レンは手を戻した。刀と索は腰にあった。門を抜けたからといって、預けたときの約束まで消えたわけではない。


 ミオが昨日の点検記録を閉じた。


「幹線の針は動かなかった。点検器の電源は外した。音声は書いた分だけ。今日は外から第三炉の保守路へ入る」


「倉の下は使わないのか」


「あの扉の先は調べてない。繋がっているように見える線と、人が通れる道は違う」


 レンは頷いた。


 ガドが全員を見回した。六人だった。


「目的は確認だ。見つけた物を動かす前に言え。引き返す荷と時間を使い切るな」


 セナが先へ出た。ガド、ミオ、レン、隊員二人の順で、門から離れた。


 最初の坂では、まだ歩幅を保てた。


 靴底が灰へ沈む。杖の先はもっと深く入るので、石の露出したところを選んだ。前を歩くミオの箱が、肩の上で小さく揺れている。


 壁が遠ざかると、防護線の響きが聞こえなくなった。


 代わりに、自分の膝裏の駆動音がした。脚を持ち上げるたび短く唸る。部品は動いていた。だが降ろす場所を間違えれば、内側には痛みが返ってくる。


 高架の陰で、道が二つに分かれた。


 右は瓦礫を削った急な下りだった。底に屋根のない建物が見え、その先へ通路が続いている。左は倒れた車体に沿って、ずっと奥へ回っていた。


 セナは右を少し覗き、戻った。


「昨日の図で見た段差。下が抜けてる。左へ行く」


 ガドが頷いた。


 近道を使える脚なら、もう下へ降りていたのかもしれない。レンは言わずに左へ向かった。


 車体の壁は、風を半分だけ遮った。割れた窓の向こうで吊り金具が揺れていた。ぶつかるたび乾いた音がする。レンは中を見ようとしたが、黒い穴の奥までは見えなかった。


 ミオとの間が少し開いた。


 歩幅を広げる。右足を置いた瞬間、膝の奥が引かれた。次の一歩が短くなり、杖だけが前へ出た。


 誰もまだ振り返っていなかった。


「少し、落としてくれ」


 レンは言った。


 ミオが止まり、ガドへ声を渡した。列の先が曲がり角から戻ってきた。


「痛みか、息か」


「膝だ。さっきから足を揃える回数が増えてる」


 ガドは進んできた跡を見た。灰には、右足を引いた筋がいくつか残っていた。


「次の屋根で休む。そこまで、この幅で来い」


 男はレンの一歩を見てから先へ戻った。列の速さが落ちた。


 レンは後ろを見た。二人の隊員も足を止め、前が動くのを待っていた。一人が肩紐の下へ指を入れてずらした。重い荷を下ろすほど長い休みではない。


 待たせていた。


 それを隠して急げば、次は立てなくなるまで待たせるかもしれなかった。


 レンは杖を近くへ置いた。


 屋根の残る小さな建物で、荷を下ろした。


 床には古い長椅子の枠があった。板のある側を確かめて座り、右脚を伸ばす。ガドは入口を見張り、隊員の一人が奥を調べた。


 ミオが膝の外側の案内部材を照らした。


「ここはずれてない。中の痛みは?」


「伸ばせば、少し引く」


「曲げて立つときは、私を呼んで」


 レンは口元を開けて水を飲んだ。冷たい水が歯へ触れた。残りを確かめ、蓋を締める。


 セナが床へ図を広げた。紙が汚れないよう、薄い板を下に置いていた。


「ここまでが、最近通ったところ。この先の外階段から下は、古い図と現物を合わせる」


 レンは図に示された曲がり角を見た。


「今日、炉まで着けるか」


「道が残ってれば。でも、この先は分からない」


 セナは一つの区画を指した。


「戻るときはここで待てる。水が入ってなければ」


 着く場所より先に、戻る場所を確かめていた。


 レンは足元に置いた索を見た。これを使えば三秒は作れる。だが、いま歩いた道を短くすることも、誰かの食料を増やすこともできなかった。


 休みの終わりに、ガドが聞いた。


「続けるか」


 レンは左足を引き、ミオの肩を借りて立った。右膝へ少しずつ重さを掛ける。


「さっきの速さなら」


「痛みが増えたら、その場で言え」


 返事をしてから、杖を取った。


 外階段は、崩れた壁の裏にあった。


 上からでは穴にしか見えなかったが、近づくと手すりの根元が並んでいた。鉄は錆び、灰が段の隅へ溜まっている。セナが灯りを絞り、最初の段を棒で探った。


 ガドが上の支柱へ索を回した。レンの腰へは結ばず、手で支えられる高さに張った。


「これを持て。杖の先だけを信じるな」


 レンは左手で索を掴んだ。引いても指は離れなかった。右手の杖を一段下へ置き、足を揃えて降りた。


 下り切ると、空気の味が変わった。


 灰の乾いた臭いに、古い油と湿った石が混じっていた。天井の管から雫が落ち、灯りの外で小さく弾ける。壁には、人の肩ほどの高さに文字の板が留めてあった。


 第三錨炉、保守員通路。


 レンは声に出して読んだ。


「表示は出てる?」


 ミオが聞いた。


「新しいものは、ない」


 セナが壁の符号を図と照合した。ガドは最後の隊員が降りるまで、その先へ進ませなかった。


 全員が下に揃うと、背後の外光は細い四角になった。


 通路には低い扉が一枚あった。脇に格子のついた箱があり、小さな灯が点いていた。ミオは触れずに近づき、箱から下へ伸びる線を照らした。


 そのとき、声がした。


『保守員は、右側階段を使用してください』


 レンは動きを止めた。


 エダを呼んだ声とは違った。明るく、息継ぎのない調子だった。


『左側通路は、点検作業中です』


 ガドが手を上げた。全員が止まる。


 セナは灯りを右へ向けた。鉄の階段が下へ続いていた。最初の数段は、灰も少なく、歩けそうに見えた。


 光がもう少し下へ動いた。


 段がなかった。


 側面の桁だけが曲がって残り、その下は暗かった。落ちた階段がどこにあるのか、灯りは届かなかった。


 レンは杖を握り直した。指先が冷えていた。


『右側階段を使用してください』


 箱は、同じ声で繰り返した。


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