第25話 待つ者の歩幅
外門の向こうに、折れた高架が見えた。
灰の空を横切る桁の下で、風が細い粉を巻いていた。昨日までは内郭の壁に遮られていた冷たさが、兜の目元へ入ってくる。レンは杖をつき直した。
ガドが隊員の荷を確かめていた。
索、楔、布で巻いた工具。食料の包みは袋の底へ寄せられ、計器箱がその上へ固定されている。重さが片側へ偏ると、隊員はいったん下ろして締め直した。
「救護所の分は届いた?」
ミオが聞いた。
「今朝のは渡した。布は残してきた」
セナが答えた。自分の背負い袋を持ち上げ、底へ手を添える。
レンの荷は小さかった。水と、自分の食料の一部だけ。工具も替えの布も、ほかの者が分けて持っていた。
「もう少しなら」
隊員の袋へ手を向けると、ガドが首を振った。
「その分、帰りまで歩け」
レンは手を戻した。刀と索は腰にあった。門を抜けたからといって、預けたときの約束まで消えたわけではない。
ミオが昨日の点検記録を閉じた。
「幹線の針は動かなかった。点検器の電源は外した。音声は書いた分だけ。今日は外から第三炉の保守路へ入る」
「倉の下は使わないのか」
「あの扉の先は調べてない。繋がっているように見える線と、人が通れる道は違う」
レンは頷いた。
ガドが全員を見回した。六人だった。
「目的は確認だ。見つけた物を動かす前に言え。引き返す荷と時間を使い切るな」
セナが先へ出た。ガド、ミオ、レン、隊員二人の順で、門から離れた。
最初の坂では、まだ歩幅を保てた。
靴底が灰へ沈む。杖の先はもっと深く入るので、石の露出したところを選んだ。前を歩くミオの箱が、肩の上で小さく揺れている。
壁が遠ざかると、防護線の響きが聞こえなくなった。
代わりに、自分の膝裏の駆動音がした。脚を持ち上げるたび短く唸る。部品は動いていた。だが降ろす場所を間違えれば、内側には痛みが返ってくる。
高架の陰で、道が二つに分かれた。
右は瓦礫を削った急な下りだった。底に屋根のない建物が見え、その先へ通路が続いている。左は倒れた車体に沿って、ずっと奥へ回っていた。
セナは右を少し覗き、戻った。
「昨日の図で見た段差。下が抜けてる。左へ行く」
ガドが頷いた。
近道を使える脚なら、もう下へ降りていたのかもしれない。レンは言わずに左へ向かった。
車体の壁は、風を半分だけ遮った。割れた窓の向こうで吊り金具が揺れていた。ぶつかるたび乾いた音がする。レンは中を見ようとしたが、黒い穴の奥までは見えなかった。
ミオとの間が少し開いた。
歩幅を広げる。右足を置いた瞬間、膝の奥が引かれた。次の一歩が短くなり、杖だけが前へ出た。
誰もまだ振り返っていなかった。
「少し、落としてくれ」
レンは言った。
ミオが止まり、ガドへ声を渡した。列の先が曲がり角から戻ってきた。
「痛みか、息か」
「膝だ。さっきから足を揃える回数が増えてる」
ガドは進んできた跡を見た。灰には、右足を引いた筋がいくつか残っていた。
「次の屋根で休む。そこまで、この幅で来い」
男はレンの一歩を見てから先へ戻った。列の速さが落ちた。
レンは後ろを見た。二人の隊員も足を止め、前が動くのを待っていた。一人が肩紐の下へ指を入れてずらした。重い荷を下ろすほど長い休みではない。
待たせていた。
それを隠して急げば、次は立てなくなるまで待たせるかもしれなかった。
レンは杖を近くへ置いた。
屋根の残る小さな建物で、荷を下ろした。
床には古い長椅子の枠があった。板のある側を確かめて座り、右脚を伸ばす。ガドは入口を見張り、隊員の一人が奥を調べた。
ミオが膝の外側の案内部材を照らした。
「ここはずれてない。中の痛みは?」
「伸ばせば、少し引く」
「曲げて立つときは、私を呼んで」
レンは口元を開けて水を飲んだ。冷たい水が歯へ触れた。残りを確かめ、蓋を締める。
セナが床へ図を広げた。紙が汚れないよう、薄い板を下に置いていた。
「ここまでが、最近通ったところ。この先の外階段から下は、古い図と現物を合わせる」
レンは図に示された曲がり角を見た。
「今日、炉まで着けるか」
「道が残ってれば。でも、この先は分からない」
セナは一つの区画を指した。
「戻るときはここで待てる。水が入ってなければ」
着く場所より先に、戻る場所を確かめていた。
レンは足元に置いた索を見た。これを使えば三秒は作れる。だが、いま歩いた道を短くすることも、誰かの食料を増やすこともできなかった。
休みの終わりに、ガドが聞いた。
「続けるか」
レンは左足を引き、ミオの肩を借りて立った。右膝へ少しずつ重さを掛ける。
「さっきの速さなら」
「痛みが増えたら、その場で言え」
返事をしてから、杖を取った。
外階段は、崩れた壁の裏にあった。
上からでは穴にしか見えなかったが、近づくと手すりの根元が並んでいた。鉄は錆び、灰が段の隅へ溜まっている。セナが灯りを絞り、最初の段を棒で探った。
ガドが上の支柱へ索を回した。レンの腰へは結ばず、手で支えられる高さに張った。
「これを持て。杖の先だけを信じるな」
レンは左手で索を掴んだ。引いても指は離れなかった。右手の杖を一段下へ置き、足を揃えて降りた。
下り切ると、空気の味が変わった。
灰の乾いた臭いに、古い油と湿った石が混じっていた。天井の管から雫が落ち、灯りの外で小さく弾ける。壁には、人の肩ほどの高さに文字の板が留めてあった。
第三錨炉、保守員通路。
レンは声に出して読んだ。
「表示は出てる?」
ミオが聞いた。
「新しいものは、ない」
セナが壁の符号を図と照合した。ガドは最後の隊員が降りるまで、その先へ進ませなかった。
全員が下に揃うと、背後の外光は細い四角になった。
通路には低い扉が一枚あった。脇に格子のついた箱があり、小さな灯が点いていた。ミオは触れずに近づき、箱から下へ伸びる線を照らした。
そのとき、声がした。
『保守員は、右側階段を使用してください』
レンは動きを止めた。
エダを呼んだ声とは違った。明るく、息継ぎのない調子だった。
『左側通路は、点検作業中です』
ガドが手を上げた。全員が止まる。
セナは灯りを右へ向けた。鉄の階段が下へ続いていた。最初の数段は、灰も少なく、歩けそうに見えた。
光がもう少し下へ動いた。
段がなかった。
側面の桁だけが曲がって残り、その下は暗かった。落ちた階段がどこにあるのか、灯りは届かなかった。
レンは杖を握り直した。指先が冷えていた。
『右側階段を使用してください』
箱は、同じ声で繰り返した。




