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奈落の帰還者 ― 黒鎧の門  作者: 山本田38ページ
第2章 熱を奪う者
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第24話 向こうから呼ぶ声

 翌朝、監視室の卓に置かれた紙には、管理長の印があった。


 第三錨炉周辺の線路と制御器の状況確認。核の回収、幹線への給電、修復工事は含めない。


 レンは最後まで読んだ。同行者の欄に自分の名があった。その上にガド、その下にミオとセナ。回収隊から二人が加わることになっていた。


「道具と食料が揃えば、明朝に出る」


 ガドが言った。


「今日は近場の点検までだ。そこで問題が出れば、出発を延ばす」


 レンは紙を返した。


 救護係が膝の帯を解いた。腫れは少し引いたと言われたが、押された奥には痛みが残った。左手は布を掴んで引かれても離さずに済んだ。細い紐を結ぼうとすると、薬指が遅れた。


「物を握れるのと、長く使えるのは別だよ」


 係は紐を取った。


「休む場所を決めておいて。脚を引きずる幅が大きくなったら、先へ進まないこと」


 ガドが頷いた。レンも同じ返事をした。


 部屋を出る前に、刀と索が運ばれてきた。


 ミオが鉤を広げた。三本の爪を指で示し、留めの動きを確かめさせる。索の導通は取り直し、目立つ割れもなかったという。


「刃も見た。新しい欠けはない。でも薄くなったところは元へ戻らない」


 レンは右手で鞘を受け取った。


 隊員が保管の紙へ書き足す。ガドはレンが帯へ留めるところを見ていた。


「持たせるのは調査に同行するためだ。外へ出るときは俺に言え。戻ったらまた預かる」


 腰に重さが戻った。以前と同じ刀と索だったが、これで好きな方へ歩けるわけではなかった。


 準備の荷は、配給所の脇に並べられていた。


 セナが二つの箱の間に座り、乾いた食料の包みを数えていた。レンを見ると、台の隅を指す。


「そこに座って。こっちは救護所、こっちは調査の分」


 救護所の箱には多くの札がついていた。トワの名もあった。三人分の欄に、食料と替えの布の印が並んでいる。


 係が箱を持ち上げた。


「足りない布は午後に回す。包みは先に届ける」


 トワは来なかった。レンはその箱が廊下の向こうへ運ばれるまで見ていた。


 セナが調査用の包みを一つ減らした。


「これで人数分。余りは戻す」


「道は、決まったのか」


「途中までは回収に使ってる。図の入口へ下りるところは、最近通ってない。崩れてたら引き返す」


 セナは古い図に小石を置いた。


「近いのはこっち。でも、その脚じゃ段差を下りられないと思う。大回りして、休める場所を通る」


 レンは小石の位置を覚えた。自分の歩く速さが、全員の食料と時間に入っていた。


 ミオが計器の箱を持ってきた。ガドは点検場所を読み上げ、装置の判断はミオ、道の案内はセナ、自分の合図で退くことを隊員にも確かめた。


「俺に文字が出たら、そのまま読む」


 レンが言った。


「触る前に言う。答えを待つ」


 ガドが頷いて、荷を分けた。


 地下の点検口は、内郭の倉の裏にあった。


 板を打ちつけた入口には、煤の筋が何本も垂れていた。レンとシグが入った排水口とは違う。こちらの釘は頭まで錆び、木に深く食い込んでいた。


 技師が二人、ヴァルクの指示書を確かめてから板を外した。ガドが灯りを差し入れる。短い階段の底に、小部屋と鉄の扉があった。


「今日は扉の先へ行かない」


 ミオが言った。


 レンは手すりを使い、一段ずつ下りた。膝を曲げるたび帯が張る。下には椅子がなく、ガドが運ばせた低い腰掛けへ座った。


 空気は冷たく、濡れた石の臭いがした。壁の箱へ入る太い線は、端が外されて覆いを掛けられていた。別に細い線が一本、扉の向こうへ続いている。


 技師は図と符号を照合した。太い線と生活側の線が切り離されていることを計器で確かめ、結果をミオへ見せた。


「幹線には送らない。ここの点検器だけ、小さい電源で起こす」


 ミオは携帯の電源箱を床へ置いた。


「細い線から何が返るかを見る。流れが予定を超えたら切る。返事がなくても、出力は上げない」


 技師が復唱した。


 ヴァルクは階段の下で、開いた記録を持っていた。レンはその紙と、まだ繋がれていない端子を見た。


 自分なら、早く返事を確かめたくなっただろう。今は一つ確かめるごとに、次の手が止まった。誰かが見て、言葉にしてから進んだ。


 ミオがガドを見た。


「この範囲で始める」


 頷きを受けて、技師が小さな切替器を倒した。


 箱の内側で、乾いた音がした。


 針が上がり、止まった。太い線の側の針は動かなかった。ミオが数字を読み、もう一人の技師が紙へ書いた。


 壁に掛けられた受話器が鳴った。


 呼び鈴ではなかった。砂を擦るような細い雑音だった。


 レンは腰掛けの縁を掴んだ。


「何か聞こえる」


 ミオは受話器へ手を伸ばす前に、計器を見直した。技師へ保持するよう言い、耳元へ持ち上げた。


 すぐに、その顔が動かなくなった。


「音声がある。ここで聞ける?」


 技師が脇のつまみを回した。小さな格子から雑音が漏れた。第一炉の点検室にあった箱と、似た形だった。


『……保守員、エダ。応答を』


 レンは息を止めた。


 言葉の頭が欠けていた。低い声で、男とも女とも決められなかった。


『第三……照合、待機。エダ、応答を』


 続いて、短い息のような音がした。


 ミオは返事をしなかった。片手で紙を押さえ、聞こえた言葉を書いた。


「針は?」


「変わらない」


 技師が答えた。


 雑音が少し強くなった。ガドが切る合図を出し、技師が電源を落とした。声も止まった。


 誰もすぐには話さなかった。


 レンはヴァルクを見た。男は帳面を閉じず、頁を繰っていた。


「知ってる名か」


「ここを受け持っていた保守員だ」


 ヴァルクは一枚の表で手を止めた。


「エダ。名はここにある」


 ミオが紙を覗いた。レンからも、指の脇にある二文字が見えた。その行の後ろに、死亡と記されていた。


 昨日や今日の日付ではなかった。


「前の門の計画より、前だ」


 ヴァルクが言った。


 レンは壁の受話器を見た。


「今、その人を呼んだ」


「声が今流れた。いつ呼んだものかは、分からない」


 ミオは書いた言葉を指で確かめた。


「第一炉でも、残った手順を繰り返してた。これも記録かもしれない。どこの装置が返したのかも、まだ言えない」


 第三、照合、待機。


 レンは途切れた言葉を頭の中でつないだ。つなげれば、向こうで待っている誰かが現れる気がした。だが、聞こえなかった部分まで埋めるのはやめた。


「もう一度は?」


「今日はここまで」


 ガドが言った。


 レンは受話器へ伸ばしかけた右手を、膝へ戻した。


 技師が電源を外し、端子へ覆いを戻した。ミオは太い線の針が動かなかったことも記録した。門へつながったわけではない。炉を動かす線は、外れたままだった。


 階段を上がる前に、レンは鉄の扉を振り返った。


 今の声は、人の返事を待っていた。


 呼ばれた人間は、もうここへ来ない。


 ミオが音声を書いた紙を図に挟んだ。その下に、第三錨炉の制御器へ続く線が見えた。


 レンはガドが前へ進むのを待ち、杖を次の段へ置いた。


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