第24話 向こうから呼ぶ声
翌朝、監視室の卓に置かれた紙には、管理長の印があった。
第三錨炉周辺の線路と制御器の状況確認。核の回収、幹線への給電、修復工事は含めない。
レンは最後まで読んだ。同行者の欄に自分の名があった。その上にガド、その下にミオとセナ。回収隊から二人が加わることになっていた。
「道具と食料が揃えば、明朝に出る」
ガドが言った。
「今日は近場の点検までだ。そこで問題が出れば、出発を延ばす」
レンは紙を返した。
救護係が膝の帯を解いた。腫れは少し引いたと言われたが、押された奥には痛みが残った。左手は布を掴んで引かれても離さずに済んだ。細い紐を結ぼうとすると、薬指が遅れた。
「物を握れるのと、長く使えるのは別だよ」
係は紐を取った。
「休む場所を決めておいて。脚を引きずる幅が大きくなったら、先へ進まないこと」
ガドが頷いた。レンも同じ返事をした。
部屋を出る前に、刀と索が運ばれてきた。
ミオが鉤を広げた。三本の爪を指で示し、留めの動きを確かめさせる。索の導通は取り直し、目立つ割れもなかったという。
「刃も見た。新しい欠けはない。でも薄くなったところは元へ戻らない」
レンは右手で鞘を受け取った。
隊員が保管の紙へ書き足す。ガドはレンが帯へ留めるところを見ていた。
「持たせるのは調査に同行するためだ。外へ出るときは俺に言え。戻ったらまた預かる」
腰に重さが戻った。以前と同じ刀と索だったが、これで好きな方へ歩けるわけではなかった。
準備の荷は、配給所の脇に並べられていた。
セナが二つの箱の間に座り、乾いた食料の包みを数えていた。レンを見ると、台の隅を指す。
「そこに座って。こっちは救護所、こっちは調査の分」
救護所の箱には多くの札がついていた。トワの名もあった。三人分の欄に、食料と替えの布の印が並んでいる。
係が箱を持ち上げた。
「足りない布は午後に回す。包みは先に届ける」
トワは来なかった。レンはその箱が廊下の向こうへ運ばれるまで見ていた。
セナが調査用の包みを一つ減らした。
「これで人数分。余りは戻す」
「道は、決まったのか」
「途中までは回収に使ってる。図の入口へ下りるところは、最近通ってない。崩れてたら引き返す」
セナは古い図に小石を置いた。
「近いのはこっち。でも、その脚じゃ段差を下りられないと思う。大回りして、休める場所を通る」
レンは小石の位置を覚えた。自分の歩く速さが、全員の食料と時間に入っていた。
ミオが計器の箱を持ってきた。ガドは点検場所を読み上げ、装置の判断はミオ、道の案内はセナ、自分の合図で退くことを隊員にも確かめた。
「俺に文字が出たら、そのまま読む」
レンが言った。
「触る前に言う。答えを待つ」
ガドが頷いて、荷を分けた。
地下の点検口は、内郭の倉の裏にあった。
板を打ちつけた入口には、煤の筋が何本も垂れていた。レンとシグが入った排水口とは違う。こちらの釘は頭まで錆び、木に深く食い込んでいた。
技師が二人、ヴァルクの指示書を確かめてから板を外した。ガドが灯りを差し入れる。短い階段の底に、小部屋と鉄の扉があった。
「今日は扉の先へ行かない」
ミオが言った。
レンは手すりを使い、一段ずつ下りた。膝を曲げるたび帯が張る。下には椅子がなく、ガドが運ばせた低い腰掛けへ座った。
空気は冷たく、濡れた石の臭いがした。壁の箱へ入る太い線は、端が外されて覆いを掛けられていた。別に細い線が一本、扉の向こうへ続いている。
技師は図と符号を照合した。太い線と生活側の線が切り離されていることを計器で確かめ、結果をミオへ見せた。
「幹線には送らない。ここの点検器だけ、小さい電源で起こす」
ミオは携帯の電源箱を床へ置いた。
「細い線から何が返るかを見る。流れが予定を超えたら切る。返事がなくても、出力は上げない」
技師が復唱した。
ヴァルクは階段の下で、開いた記録を持っていた。レンはその紙と、まだ繋がれていない端子を見た。
自分なら、早く返事を確かめたくなっただろう。今は一つ確かめるごとに、次の手が止まった。誰かが見て、言葉にしてから進んだ。
ミオがガドを見た。
「この範囲で始める」
頷きを受けて、技師が小さな切替器を倒した。
箱の内側で、乾いた音がした。
針が上がり、止まった。太い線の側の針は動かなかった。ミオが数字を読み、もう一人の技師が紙へ書いた。
壁に掛けられた受話器が鳴った。
呼び鈴ではなかった。砂を擦るような細い雑音だった。
レンは腰掛けの縁を掴んだ。
「何か聞こえる」
ミオは受話器へ手を伸ばす前に、計器を見直した。技師へ保持するよう言い、耳元へ持ち上げた。
すぐに、その顔が動かなくなった。
「音声がある。ここで聞ける?」
技師が脇のつまみを回した。小さな格子から雑音が漏れた。第一炉の点検室にあった箱と、似た形だった。
『……保守員、エダ。応答を』
レンは息を止めた。
言葉の頭が欠けていた。低い声で、男とも女とも決められなかった。
『第三……照合、待機。エダ、応答を』
続いて、短い息のような音がした。
ミオは返事をしなかった。片手で紙を押さえ、聞こえた言葉を書いた。
「針は?」
「変わらない」
技師が答えた。
雑音が少し強くなった。ガドが切る合図を出し、技師が電源を落とした。声も止まった。
誰もすぐには話さなかった。
レンはヴァルクを見た。男は帳面を閉じず、頁を繰っていた。
「知ってる名か」
「ここを受け持っていた保守員だ」
ヴァルクは一枚の表で手を止めた。
「エダ。名はここにある」
ミオが紙を覗いた。レンからも、指の脇にある二文字が見えた。その行の後ろに、死亡と記されていた。
昨日や今日の日付ではなかった。
「前の門の計画より、前だ」
ヴァルクが言った。
レンは壁の受話器を見た。
「今、その人を呼んだ」
「声が今流れた。いつ呼んだものかは、分からない」
ミオは書いた言葉を指で確かめた。
「第一炉でも、残った手順を繰り返してた。これも記録かもしれない。どこの装置が返したのかも、まだ言えない」
第三、照合、待機。
レンは途切れた言葉を頭の中でつないだ。つなげれば、向こうで待っている誰かが現れる気がした。だが、聞こえなかった部分まで埋めるのはやめた。
「もう一度は?」
「今日はここまで」
ガドが言った。
レンは受話器へ伸ばしかけた右手を、膝へ戻した。
技師が電源を外し、端子へ覆いを戻した。ミオは太い線の針が動かなかったことも記録した。門へつながったわけではない。炉を動かす線は、外れたままだった。
階段を上がる前に、レンは鉄の扉を振り返った。
今の声は、人の返事を待っていた。
呼ばれた人間は、もうここへ来ない。
ミオが音声を書いた紙を図に挟んだ。その下に、第三錨炉の制御器へ続く線が見えた。
レンはガドが前へ進むのを待ち、杖を次の段へ置いた。




