第23話 封鎖した者
ヴァルクは帳面を持ってきた。
レンが最初に申請した日、引き出しへ戻されたものだった。角が折れ、表紙の下から色の違う紙が覗いている。
ガドが監視室の卓を空けた。ミオは条件を書いた紙と二枚の図を重ねて端へ寄せたが、片づけはしなかった。
ヴァルクは椅子へ座り、帳面の紐を解いた。
「地下の入口を閉じさせたのは俺だ」
レンは卓の下で右脚を少し伸ばした。
「今朝塞ぐ予定だった口ではない。門へ向かう旧線の点検路だ。あそこへ入るなと言ったのも、俺だ」
ミオが尋ねた。
「いつからですか」
「前の計画を止めたあとから」
帳面が開かれた。斜線で潰された外縁の図。その後ろに、細かい字の並ぶ紙が綴じられていた。
ヴァルクは一枚を指で押さえた。
「門側の応答を見るために、旧線へ給電した。使われていない系統だけを動かすつもりだった」
「シグと?」
レンが聞くと、ヴァルクは頷いた。
「あいつが門へ進むための計画だった。設備を動かす判断には、俺も加わった」
紙には操作の順と、針の振れを記した数字があった。その途中から字が大きくなり、別の筆跡が欄外へ重なっていた。
「戻ってくるはずの応答が揃わなかった。給電を続けたあとで、こちらの保護が落ちた。外縁の制御も巻き込まれた」
ミオは紙へ顔を近づけた。
「旧線だけ切れなかった?」
「当時は、切り分けたと思っていた。あとで追うと、補助系に共通の部分が残っていた」
火傷のある指が、一つの符号から隣へ移った。
「向こうで何が起きたかは、最後まで確かめられなかった。こちらの管と住居を戻す方へ人を回した」
レンは二つの符号を見た。昨夜、自分が回した弁とは違う場所だった。違う操作でも、知らない先へ力を送れば、使っている場所まで止まり得る。
「そのあと、線を切ったんですか」
ミオが言った。
「燈杭から旧幹線へ送る側を外した。入口を塞ぎ、現用の保守図からも外した。廃止した系統を、次の当番が生きた線と間違えないように」
「廃止した記録は、どこへ」
ヴァルクは開いた帳面を指した。
ミオはしばらく黙っていた。
「これを見せてくれれば、少なくとも、どこを切り分けて調べるべきか考えられた」
「線を見れば、またつなごうとする」
「危険な箇所を知らないまま考える方がいいんですか」
廊下で誰かが足を止め、また歩き出した。
ヴァルクはその音が遠ざかるまで答えなかった。
「止めれば済むと思った。記録を渡さなければ、計画もそこで止まると」
ミオの指は紙の端にあった。引き寄せず、離しもしなかった。
「私は、触らずに調べる申請を出しました」
「ああ」
短い返事だった。
レンは顔を上げた。あのとき見せていれば、と言葉が浮かんだ。ミオの話に続ければ、自分も同じ側に立てるような気がした。
だが彼女は、返事を待っていた。自分は、禁止の札を越えた。
「俺は、別に警告を聞いていた」
三人がこちらを見た。
「この記録を知らなくても、弁を閉じる前に止まれた」
ヴァルクは紙へ目を戻した。レンの言葉を打ち消す者はいなかった。
帳面の後ろから、折り畳んだ大きな図が出てきた。
「ここで読め。必要な箇所は写していい。持ち出すなら、写しだけだ」
ミオが両手で受け取った。折り目を一つずつ伸ばし、卓に載らない端をガドが支える。乾いた紙の臭いがした。
第一炉で写した図の符号があった。その先へ、線が続いていた。
ミオは同じ箇所を何度も往復した。古い日付と、追記の日付を読み分け、帳面の操作欄へ戻る。レンには短く見えた線も、頁を移るたびに別の設備を挟んでいた。
「ここで三つが揃う」
ようやく彼女が言った。
第三錨炉の近くに、四角い記号があった。三方から入った線が、その先で門へ向かっている。
「炉側の応答を合わせる制御器。これが働いているか分からないと、こっちで線だけ直しても判断できない」
「その場所は見に行けるのか」
ガドが尋ねた。
「入口までの古い点検路は載ってる。でも、今通れるかは別。セナにも道を見てもらいたい」
レンは四角い記号を見つめた。
「ここから少し送って、返事を見ることは」
「しない」
ミオとヴァルクの声が重なった。
ミオが指したのは、いま読んだばかりの操作記録だった。
「向こうの状態が分からないまま、もう一度同じ試し方はしない。端の装置と線を見る。どこを分ければ生活側へ影響が出ないか、確かめる。それから試験の方法を決める」
レンは頷いた。
「調査には、俺も行かせてほしい」
ガドはすぐには返事をしなかった。
「何をしに行く」
「表示を読む。第三炉かどうか、認証口がどこか。出た文字を全部伝える」
「つなぐのか」
「勝手にはつながない」
それは前にも言った言葉だった。口にしただけでは足りないことが、ガドの顔で分かった。
レンは図から手を引いた。
「ミオが装置を見て、何を調べるか決める。ガドが戻ると言ったら戻る。表示が出ても、触る前に読む。触っていいと言われるまでは、待つ」
ミオが空いた紙へ書き始めた。
「今回の目的は線と制御器の状態確認。核の回収も、現場で思いついた修理も入れない」
「未知の反応が出たら、そこで手を止める」
ガドが続けた。
「退路が保てなければ引く。脚がついてこなくなっても同じだ」
レンは右膝へ目を落とした。紙の上に条件を増やすほど、第三炉へ届かない場合が具体的になった。
「その条件で頼む」
ヴァルクが図を押さえた。
「補修に要る者を抜いてまで出すことはできん。避難先の配給も先だ。出発は、人と道具を揃えられるか見てから決める」
「分かった」
「借りも、昨夜の件も残る」
レンはもう一度頷いた。
ミオが書いた紙をガドへ渡した。男は最後まで読み、卓へ戻した。
「同行の責任は俺が持つ」
レンは顔を上げた。
「ただし、装置に触る前に必ず言え。何を見たか、何をするつもりか。俺たちが答える前に手を出すな」
レンは卓の上へ両手を置いた。左の指はまだ少し曲がったままだった。
「待つ」
ガドは紙を畳まずに持った。
扉の外には、まだ見張りがいた。




