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奈落の帰還者 ― 黒鎧の門  作者: 山本田38ページ
第2章 熱を奪う者
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第23話 封鎖した者

 ヴァルクは帳面を持ってきた。


 レンが最初に申請した日、引き出しへ戻されたものだった。角が折れ、表紙の下から色の違う紙が覗いている。


 ガドが監視室の卓を空けた。ミオは条件を書いた紙と二枚の図を重ねて端へ寄せたが、片づけはしなかった。


 ヴァルクは椅子へ座り、帳面の紐を解いた。


「地下の入口を閉じさせたのは俺だ」


 レンは卓の下で右脚を少し伸ばした。


「今朝塞ぐ予定だった口ではない。門へ向かう旧線の点検路だ。あそこへ入るなと言ったのも、俺だ」


 ミオが尋ねた。


「いつからですか」


「前の計画を止めたあとから」


 帳面が開かれた。斜線で潰された外縁の図。その後ろに、細かい字の並ぶ紙が綴じられていた。


 ヴァルクは一枚を指で押さえた。


「門側の応答を見るために、旧線へ給電した。使われていない系統だけを動かすつもりだった」


「シグと?」


 レンが聞くと、ヴァルクは頷いた。


「あいつが門へ進むための計画だった。設備を動かす判断には、俺も加わった」


 紙には操作の順と、針の振れを記した数字があった。その途中から字が大きくなり、別の筆跡が欄外へ重なっていた。


「戻ってくるはずの応答が揃わなかった。給電を続けたあとで、こちらの保護が落ちた。外縁の制御も巻き込まれた」


 ミオは紙へ顔を近づけた。


「旧線だけ切れなかった?」


「当時は、切り分けたと思っていた。あとで追うと、補助系に共通の部分が残っていた」


 火傷のある指が、一つの符号から隣へ移った。


「向こうで何が起きたかは、最後まで確かめられなかった。こちらの管と住居を戻す方へ人を回した」


 レンは二つの符号を見た。昨夜、自分が回した弁とは違う場所だった。違う操作でも、知らない先へ力を送れば、使っている場所まで止まり得る。


「そのあと、線を切ったんですか」


 ミオが言った。


「燈杭から旧幹線へ送る側を外した。入口を塞ぎ、現用の保守図からも外した。廃止した系統を、次の当番が生きた線と間違えないように」


「廃止した記録は、どこへ」


 ヴァルクは開いた帳面を指した。


 ミオはしばらく黙っていた。


「これを見せてくれれば、少なくとも、どこを切り分けて調べるべきか考えられた」


「線を見れば、またつなごうとする」


「危険な箇所を知らないまま考える方がいいんですか」


 廊下で誰かが足を止め、また歩き出した。


 ヴァルクはその音が遠ざかるまで答えなかった。


「止めれば済むと思った。記録を渡さなければ、計画もそこで止まると」


 ミオの指は紙の端にあった。引き寄せず、離しもしなかった。


「私は、触らずに調べる申請を出しました」


「ああ」


 短い返事だった。


 レンは顔を上げた。あのとき見せていれば、と言葉が浮かんだ。ミオの話に続ければ、自分も同じ側に立てるような気がした。


 だが彼女は、返事を待っていた。自分は、禁止の札を越えた。


「俺は、別に警告を聞いていた」


 三人がこちらを見た。


「この記録を知らなくても、弁を閉じる前に止まれた」


 ヴァルクは紙へ目を戻した。レンの言葉を打ち消す者はいなかった。


 帳面の後ろから、折り畳んだ大きな図が出てきた。


「ここで読め。必要な箇所は写していい。持ち出すなら、写しだけだ」


 ミオが両手で受け取った。折り目を一つずつ伸ばし、卓に載らない端をガドが支える。乾いた紙の臭いがした。


 第一炉で写した図の符号があった。その先へ、線が続いていた。


 ミオは同じ箇所を何度も往復した。古い日付と、追記の日付を読み分け、帳面の操作欄へ戻る。レンには短く見えた線も、頁を移るたびに別の設備を挟んでいた。


「ここで三つが揃う」


 ようやく彼女が言った。


 第三錨炉の近くに、四角い記号があった。三方から入った線が、その先で門へ向かっている。


「炉側の応答を合わせる制御器。これが働いているか分からないと、こっちで線だけ直しても判断できない」


「その場所は見に行けるのか」


 ガドが尋ねた。


「入口までの古い点検路は載ってる。でも、今通れるかは別。セナにも道を見てもらいたい」


 レンは四角い記号を見つめた。


「ここから少し送って、返事を見ることは」


「しない」


 ミオとヴァルクの声が重なった。


 ミオが指したのは、いま読んだばかりの操作記録だった。


「向こうの状態が分からないまま、もう一度同じ試し方はしない。端の装置と線を見る。どこを分ければ生活側へ影響が出ないか、確かめる。それから試験の方法を決める」


 レンは頷いた。


「調査には、俺も行かせてほしい」


 ガドはすぐには返事をしなかった。


「何をしに行く」


「表示を読む。第三炉かどうか、認証口がどこか。出た文字を全部伝える」


「つなぐのか」


「勝手にはつながない」


 それは前にも言った言葉だった。口にしただけでは足りないことが、ガドの顔で分かった。


 レンは図から手を引いた。


「ミオが装置を見て、何を調べるか決める。ガドが戻ると言ったら戻る。表示が出ても、触る前に読む。触っていいと言われるまでは、待つ」


 ミオが空いた紙へ書き始めた。


「今回の目的は線と制御器の状態確認。核の回収も、現場で思いついた修理も入れない」


「未知の反応が出たら、そこで手を止める」


 ガドが続けた。


「退路が保てなければ引く。脚がついてこなくなっても同じだ」


 レンは右膝へ目を落とした。紙の上に条件を増やすほど、第三炉へ届かない場合が具体的になった。


「その条件で頼む」


 ヴァルクが図を押さえた。


「補修に要る者を抜いてまで出すことはできん。避難先の配給も先だ。出発は、人と道具を揃えられるか見てから決める」


「分かった」


「借りも、昨夜の件も残る」


 レンはもう一度頷いた。


 ミオが書いた紙をガドへ渡した。男は最後まで読み、卓へ戻した。


「同行の責任は俺が持つ」


 レンは顔を上げた。


「ただし、装置に触る前に必ず言え。何を見たか、何をするつもりか。俺たちが答える前に手を出すな」


 レンは卓の上へ両手を置いた。左の指はまだ少し曲がったままだった。


「待つ」


 ガドは紙を畳まずに持った。


 扉の外には、まだ見張りがいた。


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