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奈落の帰還者 ― 黒鎧の門  作者: 山本田38ページ
第2章 熱を奪う者
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第22話 運ばずにつなぐ

「この紙、預かっていい?」


 ミオは二つの語から指を離した。


 レンは頷いた。自分にしか見えない文字が、卓の上にある。紙を持っていかれても、兜の内側から消えるわけではなかった。


「何か、分かったのか」


「前に写した図と比べたい。ここだけ読んで答えを出したくない」


 ミオは紙を折らず、板に挟んだ。戸口の隊員へ行き先を告げ、出ていった。


 レンは筆を置いた。


 接続と回収。書いたときには、どちらも同じ行き先へ進むための言葉に見えていた。今は横線が、その間に残っていた。


 左手を開いた。指は動いたが、小指の先がまだ鈍かった。水の容器を持つのは右手にした。


 廊下を荷が通った。布の擦れる音と、ここではなく奥へという声がした。レンは扉へ目を向けたが、呼ばれなかった。


 ミオが戻ってきたとき、腕には油紙で包んだ帳面があった。ガドも一緒だった。盾は持たず、椅子を戸口に寄せて座った。


「まず、見たことを合わせる」


 ミオは帳面を開いた。端に、第一錨炉の認証口の形が描いてあった。


「一つ目で接続したとき、出力計は前後で変わらなかった。これは私が読んだ値」


 その隣にレンの紙を置く。


「二つ目は、あんたとシグが見た。針が同じ目盛にあった。数字は書いてない」


「蓋を閉じたあとも見た。水を飲んで、座ってからも」


「弁を触る前までね」


「そうだ」


 ミオは余白に書き足した。


「印を得ることと、動力を取り出すことは、少なくともこの二回では別に起きてる」


 レンは頷きかけ、止めた。


「それなら、やっぱり接続だけは――」


「今は、許可の話をしていない」


 ガドが言った。


 レンは口を閉じた。ミオの筆は止まらなかった。


「見た範囲では出力が落ちなかった。だから次も絶対に大丈夫、とは書かない。ほかの計器や、離れた場所の変化まで見たわけじゃないから」


 帳面の紙を一枚めくった。


 線が何本も走る図が現れた。第一錨炉の壁で見たものだった。炉から伸びた太い線が折れ、端にある昇界門という文字の方へ集まっている。


「これは覚えてる?」


「門につながってると言ったら、昔は、と言われた」


「今も通ってるかは、まだ分からない」


 ミオは条件を書いた紙を図の下へ滑らせた。


「二番目を読んで」


「三基から昇界門への接続を同時に成立させる」


「ここには、核を炉から外せとは書いてない」


 レンは文字を追い直した。


「運んで門につなぐ。そのやり方なら、この条件を満たせるんだと思う。でもそれは、下に書いてある推奨経路の方」


 ミオの爪が、図の太い線をなぞった。


「炉に置いたまま、この線を使えたら?」


 レンは顔を上げた。


「運ばなくていいのか」


「その可能性を調べる意味がある」


 卓へ掛けた右手に力が入った。


 核を外さなくてよい。中央炉を失わずに済む。あの隔離弁をもう一度閉じて、トワのいた場所を冷やす必要もないかもしれない。


「それなら、俺は」


 言いかけて、何を続けようとしたのか分かった。


 まだ帰れる。


 胸の中が軽くなるのと一緒に、救護所の寝具を掴んでいた手を思い出した。道が別にあったとしても、あの脚が元へ戻るわけではなかった。


 レンは卓から手を離した。


「線を、直すのか」


「直せるか調べるところから」


 ミオは図の途中を指した。


「途中で切れていれば、それを見つけないといけない。見た目が繋がっていても、信号が届くとは限らない。炉の側で応答を返す装置も要る」


「通ったら、門は開く?」


「何をもって接続成立とするか、私は知らない。図に線があるだけじゃ、この文字が求めてる状態かは決められない」


 レンは兜の内側を見た。白い文字は、それ以上を説明しなかった。


 ミオは図の隅へ筆の尻を当てた。


「外部給電断時、開放保持時間短縮。これも写してきた。外からの給電を使う仕組みはあったはずだけど、何秒保つかは読めなかった」


 数字のあるべき場所は、空けてあった。


「そこを都合のいい長さで埋めるわけにはいかない」


 レンは空白を見た。昨夜、確かめていない時間を、自分が戻すまでの猶予にした。


「今ここから、試せることは」


「紙を合わせること。現物に触る試験は、その場所と方法を決めてからだ」


 ミオは別の紙を出した。燈杭の配管を直すために使う区画図だという。小さな四角の中に中央炉があり、そこから生活区画へ細い線が伸びていた。


 門の図とは大きさも向きも違った。


 ミオは二枚をそのまま重ねず、共通する設備の符号を探して別紙へ書いた。分からない箇所には何も足さない。レンが見ている間に、短い線が三本と、空白ができた。


 戸口から係がガドを呼んだ。交換する配管材を倉から出すため、人手が要るらしかった。


「今いる者で二人回す。残りは戻った隊と合わせろ」


 ガドが答えた。


 レンは、図の線を埋めるために誰が歩くのか考えた。ミオは今も眠そうな目をしている。ガドの隊員は昨夜、自分の代わりに索を引いた。


「俺が案内できるのは、入ったところだけだ」


 レンは言った。


「照合盤までなら、道を覚えてる」


「あの床を、また通らせるつもりはない」


 ガドが卓へ戻った。


「調査の道は、こちらで確かめる。お前を出すかも、まだ決めていない」


 レンは頷いた。図の上なら一本の線でも、自分一人で行って帰れる距離ではなかった。


 ミオが区画図の端を押さえた。


「この符号から先がない。今の保守用の図には、使っている線しか載せてないのかもしれない」


 第一炉で写した図には、その符号から門側へ続く線があった。ただし、途中をどう通るか読み取れるほど細かくは描かれていない。


 レンには、その空白が大きく見えた。


 ガドが椅子を寄せ、区画図を覗いた。


「地下の旧線路か」


「ここを通ってたなら。扉の場所は知ってる?」


「板で塞いだ入口を知ってる。荷の逃がし道に使えるか聞いたことがある」


「誰に」


「ヴァルクだ。封鎖を解くなと言われた」


 ミオが顔を上げた。


 レンは、昨夜の旧保守口を思い浮かべた。ガドは首を振った。


「お前たちが入った口とは別だ。もっと前から閉じている」


 卓の上で紙が擦れた。


 ミオは条件文を図面の上へ戻し、二枚を揃えた。


「その先の保守記録が要る」


 ガドは立ち上がった。今度は廊下の作業員ではなく、管理室の方を見た。


 レンは椅子に残った。


 図面の線が途切れる場所には、彼がまだ見たことのない、塞がれた入口があった。


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