第22話 運ばずにつなぐ
「この紙、預かっていい?」
ミオは二つの語から指を離した。
レンは頷いた。自分にしか見えない文字が、卓の上にある。紙を持っていかれても、兜の内側から消えるわけではなかった。
「何か、分かったのか」
「前に写した図と比べたい。ここだけ読んで答えを出したくない」
ミオは紙を折らず、板に挟んだ。戸口の隊員へ行き先を告げ、出ていった。
レンは筆を置いた。
接続と回収。書いたときには、どちらも同じ行き先へ進むための言葉に見えていた。今は横線が、その間に残っていた。
左手を開いた。指は動いたが、小指の先がまだ鈍かった。水の容器を持つのは右手にした。
廊下を荷が通った。布の擦れる音と、ここではなく奥へという声がした。レンは扉へ目を向けたが、呼ばれなかった。
ミオが戻ってきたとき、腕には油紙で包んだ帳面があった。ガドも一緒だった。盾は持たず、椅子を戸口に寄せて座った。
「まず、見たことを合わせる」
ミオは帳面を開いた。端に、第一錨炉の認証口の形が描いてあった。
「一つ目で接続したとき、出力計は前後で変わらなかった。これは私が読んだ値」
その隣にレンの紙を置く。
「二つ目は、あんたとシグが見た。針が同じ目盛にあった。数字は書いてない」
「蓋を閉じたあとも見た。水を飲んで、座ってからも」
「弁を触る前までね」
「そうだ」
ミオは余白に書き足した。
「印を得ることと、動力を取り出すことは、少なくともこの二回では別に起きてる」
レンは頷きかけ、止めた。
「それなら、やっぱり接続だけは――」
「今は、許可の話をしていない」
ガドが言った。
レンは口を閉じた。ミオの筆は止まらなかった。
「見た範囲では出力が落ちなかった。だから次も絶対に大丈夫、とは書かない。ほかの計器や、離れた場所の変化まで見たわけじゃないから」
帳面の紙を一枚めくった。
線が何本も走る図が現れた。第一錨炉の壁で見たものだった。炉から伸びた太い線が折れ、端にある昇界門という文字の方へ集まっている。
「これは覚えてる?」
「門につながってると言ったら、昔は、と言われた」
「今も通ってるかは、まだ分からない」
ミオは条件を書いた紙を図の下へ滑らせた。
「二番目を読んで」
「三基から昇界門への接続を同時に成立させる」
「ここには、核を炉から外せとは書いてない」
レンは文字を追い直した。
「運んで門につなぐ。そのやり方なら、この条件を満たせるんだと思う。でもそれは、下に書いてある推奨経路の方」
ミオの爪が、図の太い線をなぞった。
「炉に置いたまま、この線を使えたら?」
レンは顔を上げた。
「運ばなくていいのか」
「その可能性を調べる意味がある」
卓へ掛けた右手に力が入った。
核を外さなくてよい。中央炉を失わずに済む。あの隔離弁をもう一度閉じて、トワのいた場所を冷やす必要もないかもしれない。
「それなら、俺は」
言いかけて、何を続けようとしたのか分かった。
まだ帰れる。
胸の中が軽くなるのと一緒に、救護所の寝具を掴んでいた手を思い出した。道が別にあったとしても、あの脚が元へ戻るわけではなかった。
レンは卓から手を離した。
「線を、直すのか」
「直せるか調べるところから」
ミオは図の途中を指した。
「途中で切れていれば、それを見つけないといけない。見た目が繋がっていても、信号が届くとは限らない。炉の側で応答を返す装置も要る」
「通ったら、門は開く?」
「何をもって接続成立とするか、私は知らない。図に線があるだけじゃ、この文字が求めてる状態かは決められない」
レンは兜の内側を見た。白い文字は、それ以上を説明しなかった。
ミオは図の隅へ筆の尻を当てた。
「外部給電断時、開放保持時間短縮。これも写してきた。外からの給電を使う仕組みはあったはずだけど、何秒保つかは読めなかった」
数字のあるべき場所は、空けてあった。
「そこを都合のいい長さで埋めるわけにはいかない」
レンは空白を見た。昨夜、確かめていない時間を、自分が戻すまでの猶予にした。
「今ここから、試せることは」
「紙を合わせること。現物に触る試験は、その場所と方法を決めてからだ」
ミオは別の紙を出した。燈杭の配管を直すために使う区画図だという。小さな四角の中に中央炉があり、そこから生活区画へ細い線が伸びていた。
門の図とは大きさも向きも違った。
ミオは二枚をそのまま重ねず、共通する設備の符号を探して別紙へ書いた。分からない箇所には何も足さない。レンが見ている間に、短い線が三本と、空白ができた。
戸口から係がガドを呼んだ。交換する配管材を倉から出すため、人手が要るらしかった。
「今いる者で二人回す。残りは戻った隊と合わせろ」
ガドが答えた。
レンは、図の線を埋めるために誰が歩くのか考えた。ミオは今も眠そうな目をしている。ガドの隊員は昨夜、自分の代わりに索を引いた。
「俺が案内できるのは、入ったところだけだ」
レンは言った。
「照合盤までなら、道を覚えてる」
「あの床を、また通らせるつもりはない」
ガドが卓へ戻った。
「調査の道は、こちらで確かめる。お前を出すかも、まだ決めていない」
レンは頷いた。図の上なら一本の線でも、自分一人で行って帰れる距離ではなかった。
ミオが区画図の端を押さえた。
「この符号から先がない。今の保守用の図には、使っている線しか載せてないのかもしれない」
第一炉で写した図には、その符号から門側へ続く線があった。ただし、途中をどう通るか読み取れるほど細かくは描かれていない。
レンには、その空白が大きく見えた。
ガドが椅子を寄せ、区画図を覗いた。
「地下の旧線路か」
「ここを通ってたなら。扉の場所は知ってる?」
「板で塞いだ入口を知ってる。荷の逃がし道に使えるか聞いたことがある」
「誰に」
「ヴァルクだ。封鎖を解くなと言われた」
ミオが顔を上げた。
レンは、昨夜の旧保守口を思い浮かべた。ガドは首を振った。
「お前たちが入った口とは別だ。もっと前から閉じている」
卓の上で紙が擦れた。
ミオは条件文を図面の上へ戻し、二枚を揃えた。
「その先の保守記録が要る」
ガドは立ち上がった。今度は廊下の作業員ではなく、管理室の方を見た。
レンは椅子に残った。
図面の線が途切れる場所には、彼がまだ見たことのない、塞がれた入口があった。




