第20話 差し出す刃
救護係は、トワの問いに首を振った。
「まず脚を動かさずにいられる場所を決める。仕事の話は、そのあとだ」
トワは天井へ目を戻した。添え木を結ぶ布が引かれると、寝具の端を握った。
レンは椅子から立とうとして、ガドに止められた。
「お前も脚を見せろ」
右膝の帯が解かれた。装甲の隙間を押され、息が詰まる。救護係は熱を確かめ、これ以上歩き回らないよう言った。左手は指を一本ずつ曲げられた。触れられているのは分かるが、どの指か答えるまでに間があった。
新しい布を膝へ巻かれるあいだ、入口から人が入ってきた。
負傷者ばかりではなかった。寝具を抱えた家族が、壁に沿って座る場所を探していた。部屋の奥で寝返りを打った男が、そのたびに肩を押さえた。
「戻れないのか」
子供を抱えた女が入口の係に尋ねた。
「防護は戻った。でも配管を止めてる。床も片づいてない。朝まではこっちで待って」
女は壁を見た。空いている場所は、レンの椅子のすぐ横しかなかった。
レンは足元の水の容器を右手で拾った。女が座れるだけの場所を空けると、ガドが杖を渡した。
「手当てが済んだなら来い」
廊下では、濡れた袋が二つ、板の上に置かれていた。裂け目から穀粒がこぼれている。係が乾いた分を浅い容器へ移していたが、底の方は灰色の水を吸って塊になっていた。
「これは分けられない。捨てる分へ」
片方の袋が運ばれていった。中から落ちた粒を、係が靴で踏まないよう避けた。
ガドはレンを廊下の壁際へ座らせた。見張りの隊員を呼び、短く話す。隊員は頷いたあとも、その場を離れなかった。
「刀と索を預かる」
レンは左の腰へ手を伸ばした。
指が留めに掛からなかった。右手で鞘を腿に載せ、帯からゆっくり外す。抜かずに、柄を自分へ向けたまま差し出した。
ガドは鞘の中央を持った。
次に索を外した。巻かれた輪の中に、修理の跡が残る鉤があった。ミオに戻してもらってから、まだ一日しか経っていない。
「鉤は点検前だ」
「分かってる」
ガドは刀と索を隊員へ渡した。隊員が二つを布の上へ置き、数を紙に記した。
腰が軽くなった。杖と水の容器は残った。
「修繕場には戻さない。今夜は監視室に入れ。出るときは必ず呼べ」
レンは頷いた。
ガドが肩を貸した。武器を取った手で、歩幅の遅れる身体を支えた。レンはその腕に重さを掛けなければ、廊下の段差を越えられなかった。
監視室は管理室の奥にあった。小さな卓と寝台が一つずつあり、扉には外から覗ける四角い窓がついていた。
座ると、ガドは水を卓へ置いた。
「話を聞く者を呼んでくる」
扉が閉じた。向こうで隊員が椅子を引いた。
レンは左手を卓に置き、指を動かした。薬指だけが遅れた。さっきトワを支えられなかった手だった。
壁の管は暖かかった。
この部屋には、まだ熱が来ている。
しばらくして薄い粥が運ばれてきた。器と匙を置いた係は、食べ終わったら扉を叩くよう言った。レンは口元を開け、右手で匙を持った。
腹は空いていた。二口目を急いで飲み、喉を焼いた。
食べられなくなればよいわけでもなかった。器を膝へ落とさないよう、卓へ近づけた。
ガドが戻ったとき、粥は半分残っていた。後ろからヴァルクと、紙を持った係が入った。
「シグはどこだ」
レンが尋ねると、ガドは扉を閉めた。
「いない。炉に来た技師には、流れが戻ったところまで見届けたと聞いた。そのあと外へ出た。誰も行き先を聞いていない」
向かいの椅子は空いていた。そこにシグが座れば、どこまで同じ説明をするだろうと思った。
「お前の話を聞く」
ヴァルクが椅子を引いた。
「最初に、いつ炉へ入った」
「夕食のあとだ。修繕場の掃除を終えてから出た。時刻は見てない」
係の筆が動いた。
レンは排水口からの道を話した。立入禁止の札、沈んだ床、照合盤。シグには反応せず、自分が触れたときだけ文字が出たことも話した。
「その盤で開いたのか」
「開かなかった。シグが手動の軸を回した。脇の低い戸から入った」
「誰かに許可されたと言われたか」
「言われてない」
「お前は、許可が必要だと知っていた」
「知ってた」
レンは卓の木目を見た。小さな焦げ跡が一つあった。そこを見続けていれば顔を上げずに済んだが、ガドの方を向いた。
「ミオには、外の空気を吸うとだけ言った」
ガドは答えなかった。
認証口へ接続したこと、二つ目の証印を得たことを話した。接続の前と後で計器を見た。蓋を閉じ、水を飲んで脚を休めた。そのあいだも針は変わらなかった。
「数値は残したか」
「書いてない。同じ目盛にあったのを見ただけだ」
係は紙へ書き足した。
「弁を閉めたのは、そのあとか」
「そうだ。シグが回収の準備を確かめようと言った。今夜運ぶんじゃなく、供給を切れるかだけだと」
「それで閉めたのか」
レンは息を吸った。
「一度は、戻ろうと言った」
口にした途端、その言葉だけを紙へ残してほしい気がした。
だが、戻らなかった。
「そのあと俺が、表示を見たらすぐ戻すと決めた。シグは確認窓のところにいた。弁を閉じたのは俺だ」
ヴァルクが腕を卓へ置いた。
「何が止まると考えていた」
「制御の補助機関。防護線にも関わると知ってた」
「どこで聞いた」
「トワに。人を移して、補修口を塞いで、予備へ切り替える。現場の確認も要ると」
紙を擦る音が止まった。
「外縁の蓄えは当てにできないとも聞いた。でも、短ければ戻せると思った。シグは前には猶予があったと言った。今の記録は見ていないとも」
ヴァルクはしばらくレンを見た。
「確認していないと聞いて、それでもやった」
「ああ」
弁の指標が閉へ着いたこと、外縁灯が消えたこと、警報と同時に戻し始めたことを話した。何秒閉じていたかは答えられなかった。係が、警報の記録と技師の報告を照合すると言った。
レンは頷いた。短かったはずだと言い足すのをやめた。
ヴァルクは紙を受け取り、目を通した。
「補修区画の配管は分岐を閉じた。あそこは今夜、暖められん。備蓄を出して内郭で食わせる。脚を折った者の分の仕事も、誰かが受け持つ」
レンは左手を引こうとして、指先を卓の縁へぶつけた。
「俺にできる仕事を――」
「任せられるかを、こちらが決める」
ヴァルクは紙を伏せた。
ガドが戸口へ目を向け、見張りの位置を確かめた。レンの刀はもう、この部屋にはなかった。
「救助に加わったことも聞いている」
ヴァルクが言った。
「だが、助けた人数を数えても、今夜の被害は減らん」
レンは返事をした。小さな声だったが、聞き返されなかった。
卓の端には、まだ粥の入った器があった。




