第13話 許可のない道
「核を、門まで運ぶ」
言い終えると、配給所の音が近くなった。椀を重ねる音。湯を注ぐ音。壁の管からは、湿った鉄の匂いがした。
ミオは帳面を胸へ寄せた。
「ここのも?」
「三つとも。それが進め方として出てる」
レンは二つの錠を見た。いま言ったことが、扉の向こうから人の暮らしを引き抜く話になってしまった気がした。
「でも、今すぐ外すんじゃない。先に証印だけ取る。第一錨炉では、それで何も止まらなかった」
「こっちでも同じかは、調べないと分からないよ」
「だから、調べてほしい」
ミオがガドを見た。ガドは扉の前を離れず、少し顎を引いた。
「管理長へ話す。ここでは触るな」
レンは杖を引いた。
管理室へ行く通路は、中央炉の脇から折れていた。壁には交換を待つ管が並び、床の隅に水を受ける浅い皿が置かれている。小さな滴が落ちるたび、灯りが水面で揺れた。
入室を待つ間、レンは壁際の椅子へ座った。右膝が熱を持っていた。部品を替えれば長く歩けると思っていたのに、配給所からここまででも休みたかった。
ミオは隣で帳面を開いた。第一炉の出力を書いた頁を確かめ、紙片を挟んだ。
「数字は私から言う。あなたは、何をしたいかを」
「触って証印を取るだけだ」
「その先も。途中で話が変わったら、判断できないから」
レンは頷いた。
扉が開き、中から作業着の男が出てきた。両手に部品の載った盆を持っていた。レンの兜に目を留めたあと、ミオへ小さく頭を下げて通り過ぎた。
「入れ」
ヴァルクの声がした。
机の上には、湯の冷めた杯と、幾冊もの薄い帳面があった。壁の図には紙が貼り重ねられ、古い線の上に新しい線が引かれている。炉から来る低い振動で、杯の縁が小さく鳴った。
ガドが入口に立ち、ミオが帳面を机へ置いた。レンは椅子を勧められ、杖を脇に立てた。
「中央炉へ入らせてほしい」
ヴァルクは返事をせず、続きを待った。
「核の認証口につないで、証印を取る。第一錨炉では取れた。ここでも必要なんだ」
「そのために、この先どうする」
「三つ揃えて、核を門へ運ぶ。門衛を止めて、開いた門を通る」
自分で言うと、あまりに遠い手順だった。それでも、既に一つ目は取っている。
「運ぶ方法はまだない。まず接続だけを認めてほしい」
ミオが帳面をヴァルクの前へ押した。
「第一炉の出力です。触れる前も、離れたあとも同じでした。認証口は動力の留めとは別についています」
ヴァルクは数字を読んだ。頁をめくり、認証口の略図へ指を置いた。
「何を送ったかは分かるか」
「いいえ。出力に変化がなかったところまでです」
「何を受け取ったかは」
レンは左手首を上に向けた。
「証印だ。取得したと出た」
「それは、お前にしか見えない」
「ミオにも見てもらった。炉は止まってない」
「止まらなかった。第一炉ではな」
ヴァルクは帳面を閉じなかった。そのまま指を机へ移し、木の擦れたところをなぞった。
「中央炉は、ここの熱と外縁の防護を動かしている。試して違ったとき、止まる先に人がいる」
「だから見ながらやればいい。おかしかったら、すぐ離す」
「離せば元へ戻ると、誰が確かめた」
レンは手首を下ろした。
答えはなかった。だが、一度うまくいったことを、もう一度試す話だ。何も知らずに核を持ち上げようとしているのではない。
「触りもしなければ、分からないままだろ」
「分からないものを、ここへ入れるわけにはいかん」
ヴァルクの声は変わらなかった。
ミオが、略図の端を指した。
「認証口を調べるところからなら。接続しないで、系統を確認します。試験をするかどうかは、そのあと決めれば」
「今の保守以外は許可しない」
机の脇で、ガドが腕を組み直した。
「何を調べれば許可できるかは、出してやれ」
ヴァルクはガドを見た。
「前にも、そうやって始めた」
部屋が静かになった。
レンは二人の顔を見比べた。ガドは目を逸らさなかったが、続きを促しもしなかった。
「前って、いつだ」
ヴァルクが机の横の引き出しを開けた。角の折れた帳面を取り出し、一枚の図を広げる。
外縁の区画が描かれていた。通路を横切る太い線。その先に、斜線で潰された長方形がいくつも並んでいる。
「門へつなぐ計画があった。使われていない設備だけを動かすという話だった」
火傷の残る指が、斜線の端に置かれた。
「外縁の防護が落ちた。ここの管が壊れ、住居を移した。戻せた区画もある。戻せていない場所もある」
ミオが図へ身を寄せた。
「この補修跡、そのときの?」
「そうだ」
「何を動かして、どこで落ちたんですか」
ヴァルクは図の上へ掌を置いた。
「同じことをさせるために見せたんじゃない」
「同じかどうか調べるためです」
ミオは手を引かなかった。
「操作の記録を見せてください。認証口と関係があるなら、それも分かる」
「記録は出さん」
レンは椅子の縁を握った。
「失敗した理由を知らないで、全部駄目にするのか」
「俺は理由を知っている」
「俺たちは知らない」
ヴァルクは図を畳んだ。帳面ごと引き出しへ戻し、鍵を掛けた。
小さな金属音が、ひどく大きく聞こえた。
「核を持ち出す計画には協力しない。認証のための接続も認めない。これが今の判断だ」
レンは立ち上がろうとして、膝の痛みに止められた。杖をつかみ、左足へ体重を移してから立った。
「俺は、ここで暮らし続けたいわけじゃない」
「働いて借りを返す約束は、そのままだ。帰る望みまで捨てろとは言っていない」
ここにある道を塞いでおきながら、望みは持っていていいという。
レンは言い返そうとした。入口でガドが、先に扉へ手を掛けた。
「レン。答えは聞いた」
その声で、第一錨炉の前で交わした言葉を思い出した。
次に何をするかで覚えておく。
レンは顎を引いた。
「分かった。勝手には入らない」
ミオが自分の帳面を取り戻した。ヴァルクの図と違って、その頁は閉じられずに彼女の腕に載っていた。
「観測の記録はまとめ直します。接続せずに調べられることも、こちらで挙げます」
ヴァルクは短く頷いた。許可とは言わなかった。
部屋を出ると、通路で子供が皿の水を捨てていた。空になった皿を管の下へ戻し、こちらを見上げてから走っていく。
レンは扉の脇で止まった。
怒ったまま出れば、もう話せなくなる気がした。
「いつ、もう一度聞けばいい」
開いた扉の向こうで、ヴァルクが顔を上げた。
「まず記録を出せ」
「出したら、いつ判断する」
ヴァルクは机の帳面へ視線を落とした。
「今は、日を約束できん」
レンはしばらく待った。別の言葉が続くかもしれないと思った。
壁の管から滴が落ちた。
空にしたばかりの皿に、水が溜まり始めていた。




