↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奈落の帰還者 ― 黒鎧の門  作者: 山本田38ページ
第1章 黒い目覚め
12/48

第12話 次の炉はここにある

 帰り道では、箱の鳴る音を数えていた。


 車輪が段差を越すと、脚の下の袋が沈み、修理材の箱が小さく鳴った。レンは紐が緩んでいないか確かめようとして、指を滑らせた。


「こっちで見る」


 ミオが歩きながら結び目を押さえた。


 レンは手を引いた。荷物を任せると言ったばかりだった。今できるのは、膝を動かして余計に悪くしないことと、痛みが増せば伝えることだった。


 途中、道の狭いところで皆が止まった。セナが先を調べに行き、ガドは荷車の脇で待った。裂けた手袋から指の節が覗いていた。


「ガド」


 呼ぶと、男は振り返った。


「先に、言うべきだった」


 ガドはすぐには返さなかった。風が排水路を抜け、底に溜まった灰を足元へ寄せた。


「次に何をするかで覚えておく」


 それだけ言って、道の先へ目を戻した。


 レンは頷いた。謝れば帳消しになるわけではない。それでも、黙って帰るよりは少し息がしやすかった。


 燈杭の灯りが見えたころには、身体中が重かった。


 セナが遮光板の紐を引いた。門が開くと、湿った暖かさと煮物の匂いが流れてきた。レンを見た門番は、前のようには槍を上げなかった。


「戻ったか。修繕場だな」


 ガドが頷く。荷車は止まらずに門を越えた。


 通路に干された小さな靴が、また目に入った。今度は片方だけ、新しい布で爪先を継いであった。


 納品口で、隊員が箱を下ろした。係が規格と数を帳面へ記す。レンの膝に使う部材も、先に同じ机へ載せられた。


 ミオが一つを指した。


「これを修理へ回す。残り二つは保管」


 レンのために取りに行ったからといって、そのまま全部がレンのものになるわけではなかった。係が別の欄へ数字を書き、ミオが確認してから部材を受け取った。


 修繕場では、寝台の脇に低い固定台が置かれていた。


 ガドに支えられて移ると、ミオが膝の下へ布を敷いた。帰路で汗を吸った帯が外される。冷たい空気が鎧の隙間へ入り、脚が急に頼りなくなった。


「台が支えてる。自分で伸ばさないで」


 ミオは壊れた外板を持ち上げた。小さな留め具を外すたび、皿に乾いた音がした。やがて細長い部材が抜き取られた。


 溝は片側へ潰れ、端がめくれていた。


「これが引っ掛かってた」


 レンはそれを見た。薄板を踏み抜いた、あの一歩が、曲がった金属になって皿に載っていた。


 ミオは新しい部材を当て、合わない部分へ印をつけた。外して削り、拭って、もう一度当てる。何度も同じ作業を繰り返した。レンは途中で眠りかけ、工具が触れる振動で目を開けた。


 窓が暗くなるころ、最後の留めが締まった。


「少しだけ曲げて」


 レンはゆっくり膝を動かした。


 途中で硬く止まる感触がなかった。低い駆動音が滑らかに続き、脚が思ったところまで動いた。


 嬉しくなって、さらに曲げた。


 膝の内側に痛みが走った。


 息を呑むと、ミオが手で止めた。


「直したのは外の機械。中の傷が治ったわけじゃない」


 彼女は動く範囲を狭く調整し直した。添え板を外した代わりに帯を巻き、足を床へ下ろすのは明日にしようと言った。


 レンは痛みが引くのを待ちながら、皿に置かれた古い部材を見ていた。


 まだ歩き続けられない。それでも、あれを身体に残したままではなくなった。


 翌朝、指の感覚も少し戻っていた。


 ミオが持ってきた明細を、今度は自分で受け取れた。回収の報酬から部材と加工の代価が引かれ、その下に、前からの貸しと返した分が並んでいた。


「これだけ残る。間違いがないか見て」


 小さな熱札が二枚、寝台の縁へ置かれた。


 数字の意味を一つずつ聞いた。まだ返し終えてはいない。けれど今日の食事と寝床は、仮配給を頼まなくても受け取れるという。


 レンは札をつまみ、掌へ移した。


「鉤も、直せるか」


 腰から外して預けた索は、作業台に置かれていた。曲がった爪の影が、ほかの二本と違う方向へ伸びている。


「調べる。戻しただけで折れやすくなる場合もあるから、まだ使わないで」


 レンは頷いた。


 外へ出るときは、ガドが横についてくれた。杖に体重を預け、右足を床へ置く。痛みはある。だが、機械が先に脚を突っ張らせることはなくなっていた。


 配給所までの短い道を、自分で歩いた。


 入口でセナと会った。彼女は空の椀を三つ重ねていた。


「今日は荷車じゃないんだ」


「ここまでなら」


「じゃあ、そこの席を取っておく」


 レンは礼を言って窓口へ並んだ。


 係の女は掌の熱札を見てから、レンを見た。


「粥でいい?」


「ああ。頼む」


 椀を渡されるとき、初めてここへ来た日のような間はなかった。隣の男はレンの肩の板を避けて立ったが、列を離れはしなかった。


 席につき、椀を置いてから兜の口元が開くのを待った。


 この場所で朝を迎えることに慣れ始めている。そのことに気づいて、レンは視界の端を確かめた。第一証印は消えていなかった。


 食べ終えるころ、ミオが帳面を抱えて入ってきた。


「昨日の図、確かめたいところがある。少し歩ける?」


 ガドが立ち上がった。レンも杖を取り、二人について配給所の脇へ出た。


 壁沿いの太い管が、奥の閉じた扉へ集まっていた。布靴を乾かしている管も、その一つから枝分かれしている。


 ミオは扉の横の金属板を拭った。何度も上塗りされた保守標識の下から、数字と線が現れた。


「ここの人は中央炉って呼ぶ。古い番号は、普段の整備では使わない」


 帳面が開かれた。


 第一錨炉から写した線。その横にある第二の炉の設備番号。ミオは標識の番号と、一つずつ照らし合わせた。


「同じだ。配管の系統も合う」


 レンは扉を見た。


「第二錨炉が、ここにある?」


「そう。この奥」


 近すぎた。


 帰ってきて、脚を直して、その次にまた道を探すつもりだった。次の証印は、寝台から歩いて来られる場所にあった。


 レンは半歩進み、杖を止めた。


 扉には二つの錠があり、その脇に保守担当以外の立ち入りを禁じる札が下がっていた。


「ここの核も、取り外せるのか」


 ミオが帳面から顔を上げた。


「整備のときには。でも、炉を止める準備が要る。今のまま外したら、熱も防護網も止まる」


「防護網?」


「外壁の線。骸機を近づけないためのもの。あれもこの炉で動かしてる」


 ガドが扉の前へ立った。レンを押し戻しはしなかったが、それ以上進める隙間はなかった。


「入るなら許可を取れ」


「分かってる」


 レンは答えた。


 今度こそ先に言う。まず接続して、証印を得る。その先のことも話さなければならない。


 視界へ目を戻すと、推奨経路の文字があった。


〈各錨核を回収し、昇界門へ搬送〉


「ほかには、何と出てるの」


 ミオが尋ねた。


 レンは口を開いた。


 配給所の列が、窓口からこちらまで伸びてきていた。両手で椀を持つ子供が、母親の袖を引いている。セナが脇を通り、湯気の立つ椀を、立ち上がれない老人の席へ運んだ。


 文字の向こうを、人が歩いていく。


 回収する。


 その一言を、レンはまだ声にできなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。