第12話 次の炉はここにある
帰り道では、箱の鳴る音を数えていた。
車輪が段差を越すと、脚の下の袋が沈み、修理材の箱が小さく鳴った。レンは紐が緩んでいないか確かめようとして、指を滑らせた。
「こっちで見る」
ミオが歩きながら結び目を押さえた。
レンは手を引いた。荷物を任せると言ったばかりだった。今できるのは、膝を動かして余計に悪くしないことと、痛みが増せば伝えることだった。
途中、道の狭いところで皆が止まった。セナが先を調べに行き、ガドは荷車の脇で待った。裂けた手袋から指の節が覗いていた。
「ガド」
呼ぶと、男は振り返った。
「先に、言うべきだった」
ガドはすぐには返さなかった。風が排水路を抜け、底に溜まった灰を足元へ寄せた。
「次に何をするかで覚えておく」
それだけ言って、道の先へ目を戻した。
レンは頷いた。謝れば帳消しになるわけではない。それでも、黙って帰るよりは少し息がしやすかった。
燈杭の灯りが見えたころには、身体中が重かった。
セナが遮光板の紐を引いた。門が開くと、湿った暖かさと煮物の匂いが流れてきた。レンを見た門番は、前のようには槍を上げなかった。
「戻ったか。修繕場だな」
ガドが頷く。荷車は止まらずに門を越えた。
通路に干された小さな靴が、また目に入った。今度は片方だけ、新しい布で爪先を継いであった。
納品口で、隊員が箱を下ろした。係が規格と数を帳面へ記す。レンの膝に使う部材も、先に同じ机へ載せられた。
ミオが一つを指した。
「これを修理へ回す。残り二つは保管」
レンのために取りに行ったからといって、そのまま全部がレンのものになるわけではなかった。係が別の欄へ数字を書き、ミオが確認してから部材を受け取った。
修繕場では、寝台の脇に低い固定台が置かれていた。
ガドに支えられて移ると、ミオが膝の下へ布を敷いた。帰路で汗を吸った帯が外される。冷たい空気が鎧の隙間へ入り、脚が急に頼りなくなった。
「台が支えてる。自分で伸ばさないで」
ミオは壊れた外板を持ち上げた。小さな留め具を外すたび、皿に乾いた音がした。やがて細長い部材が抜き取られた。
溝は片側へ潰れ、端がめくれていた。
「これが引っ掛かってた」
レンはそれを見た。薄板を踏み抜いた、あの一歩が、曲がった金属になって皿に載っていた。
ミオは新しい部材を当て、合わない部分へ印をつけた。外して削り、拭って、もう一度当てる。何度も同じ作業を繰り返した。レンは途中で眠りかけ、工具が触れる振動で目を開けた。
窓が暗くなるころ、最後の留めが締まった。
「少しだけ曲げて」
レンはゆっくり膝を動かした。
途中で硬く止まる感触がなかった。低い駆動音が滑らかに続き、脚が思ったところまで動いた。
嬉しくなって、さらに曲げた。
膝の内側に痛みが走った。
息を呑むと、ミオが手で止めた。
「直したのは外の機械。中の傷が治ったわけじゃない」
彼女は動く範囲を狭く調整し直した。添え板を外した代わりに帯を巻き、足を床へ下ろすのは明日にしようと言った。
レンは痛みが引くのを待ちながら、皿に置かれた古い部材を見ていた。
まだ歩き続けられない。それでも、あれを身体に残したままではなくなった。
翌朝、指の感覚も少し戻っていた。
ミオが持ってきた明細を、今度は自分で受け取れた。回収の報酬から部材と加工の代価が引かれ、その下に、前からの貸しと返した分が並んでいた。
「これだけ残る。間違いがないか見て」
小さな熱札が二枚、寝台の縁へ置かれた。
数字の意味を一つずつ聞いた。まだ返し終えてはいない。けれど今日の食事と寝床は、仮配給を頼まなくても受け取れるという。
レンは札をつまみ、掌へ移した。
「鉤も、直せるか」
腰から外して預けた索は、作業台に置かれていた。曲がった爪の影が、ほかの二本と違う方向へ伸びている。
「調べる。戻しただけで折れやすくなる場合もあるから、まだ使わないで」
レンは頷いた。
外へ出るときは、ガドが横についてくれた。杖に体重を預け、右足を床へ置く。痛みはある。だが、機械が先に脚を突っ張らせることはなくなっていた。
配給所までの短い道を、自分で歩いた。
入口でセナと会った。彼女は空の椀を三つ重ねていた。
「今日は荷車じゃないんだ」
「ここまでなら」
「じゃあ、そこの席を取っておく」
レンは礼を言って窓口へ並んだ。
係の女は掌の熱札を見てから、レンを見た。
「粥でいい?」
「ああ。頼む」
椀を渡されるとき、初めてここへ来た日のような間はなかった。隣の男はレンの肩の板を避けて立ったが、列を離れはしなかった。
席につき、椀を置いてから兜の口元が開くのを待った。
この場所で朝を迎えることに慣れ始めている。そのことに気づいて、レンは視界の端を確かめた。第一証印は消えていなかった。
食べ終えるころ、ミオが帳面を抱えて入ってきた。
「昨日の図、確かめたいところがある。少し歩ける?」
ガドが立ち上がった。レンも杖を取り、二人について配給所の脇へ出た。
壁沿いの太い管が、奥の閉じた扉へ集まっていた。布靴を乾かしている管も、その一つから枝分かれしている。
ミオは扉の横の金属板を拭った。何度も上塗りされた保守標識の下から、数字と線が現れた。
「ここの人は中央炉って呼ぶ。古い番号は、普段の整備では使わない」
帳面が開かれた。
第一錨炉から写した線。その横にある第二の炉の設備番号。ミオは標識の番号と、一つずつ照らし合わせた。
「同じだ。配管の系統も合う」
レンは扉を見た。
「第二錨炉が、ここにある?」
「そう。この奥」
近すぎた。
帰ってきて、脚を直して、その次にまた道を探すつもりだった。次の証印は、寝台から歩いて来られる場所にあった。
レンは半歩進み、杖を止めた。
扉には二つの錠があり、その脇に保守担当以外の立ち入りを禁じる札が下がっていた。
「ここの核も、取り外せるのか」
ミオが帳面から顔を上げた。
「整備のときには。でも、炉を止める準備が要る。今のまま外したら、熱も防護網も止まる」
「防護網?」
「外壁の線。骸機を近づけないためのもの。あれもこの炉で動かしてる」
ガドが扉の前へ立った。レンを押し戻しはしなかったが、それ以上進める隙間はなかった。
「入るなら許可を取れ」
「分かってる」
レンは答えた。
今度こそ先に言う。まず接続して、証印を得る。その先のことも話さなければならない。
視界へ目を戻すと、推奨経路の文字があった。
〈各錨核を回収し、昇界門へ搬送〉
「ほかには、何と出てるの」
ミオが尋ねた。
レンは口を開いた。
配給所の列が、窓口からこちらまで伸びてきていた。両手で椀を持つ子供が、母親の袖を引いている。セナが脇を通り、湯気の立つ椀を、立ち上がれない老人の席へ運んだ。
文字の向こうを、人が歩いていく。
回収する。
その一言を、レンはまだ声にできなかった。




