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逹長と景直 〜洲本城陥落〜  作者: 熱田大
兜を沈める日
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第5話 出立庄田城

同日の朝方、庄田城の景直に使者が到着していた。


使者は馬を降りるなり、懐から一通の書状を取り出した。


「菅様より、急ぎのお書状にございます」


景直は黙って受け取った。


封を切る。


書状には、短い言葉が並んでいた。



ーー岩屋城は放棄した。


ーー信長軍の数が多く、城を守り切ることは難しいと判断した。


ーーこちらは白巣城北側に布陣している。


ーーついては、庄田城からも兵を出してほしい。


ーー白巣城を中心に、南北から敵を挟み撃ちにする。


最後に、逹長の名が記されていた。


景直は、しばらく書状から目を離せなかった。


「……岩屋を捨てたか」


隣にいた家臣が、息を呑む。


「菅様は、白巣城へ移られたのですか」


「そう書いてある」


景直は書状を握り直した。


岩屋城は、淡路の東の海を押さえる城だった。


そこを放棄したということは、信長軍がすでに淡路へ上陸したということだ。


しかも、逹長は白巣城で戦うつもりでいる。


庄田城から兵を出せば、白巣城を中心に南北から敵を挟撃できる。


書状の言葉だけを見れば、理にかなった策だった。


だが――


兵を出した瞬間、庄田城もまた、信長軍に敵対することになる。


「殿」


家臣が声をかけた。


景直は返事をしなかった。


窓の外へ目を向ける。


庄田城の城下では、いつもと変わらぬ暮らしが続いていた。


薪を運ぶ者。


井戸へ向かう女たち。


城壁の上で、遠くを見張る兵。


この者たちを戦に巻き込むのか。


景直は、書状を持ったまま立ち上がった。


「評定を開く」


⸻


集まった家臣たちは、書状の内容を聞くと、それぞれに顔を見合わせた。


「岩屋城を捨てたとなれば、信長軍は相当な数かもしれませぬ」


「しかし、白巣城へ兵を出せば、我らも戦う意思ありと見なされましょう」


「逹長様を見捨てるわけにもいきますまい」


「見捨てるのではない。無用な戦を避けるのだ」


意見は割れた。


景直は、誰の言葉にもすぐには答えなかった。


頭の中では、先日の長宗の言葉が繰り返されていた。


信長軍は、淡路をただ脅すために来るのではない。


それなりの兵を揃え、島を制するつもりで来ている。


長宗の言いぶりは、そう受け取るほかなかった。


もし、信長軍が大軍であれば、白巣城で抗ったところで勝ち目は薄い。


庄田城から兵を出せば、白巣城が落ちたとき、庄田城も同じ運命をたどる。


それでも、降伏の意思を示せば、本領を安堵される可能性は高い。


信長は、敵対しない者まで無用に滅ぼす男ではない。


少なくとも、淡路を治めるためには、降った者を利用するはずだった。


ならば――


兵を出すよりも、逹長を説得するべきではないか。


白巣城を守るのではなく、城を明け渡し、降伏の意を示す。


それが、逹長自身と城兵、そして淡路の民を救う道ではないのか。


景直は、ようやく口を開いた。


「兵は出さぬ」


家臣たちの間に、ざわめきが起きた。


「では、菅様を見捨てるおつもりですか」


「そうではない」


景直は低い声で答えた。


「わし自身が白巣へ向かう」


「殿が?」


「逹長を説得する」


景直は書状を見下ろした。


「白巣城で戦えば、庄田も岩屋も、淡路の城々も、いずれは巻き込まれる。ならば、戦う前に降るべきだ」


「しかし、白巣へ向かえば、信長軍と鉢合わせになるやもしれませぬ」


「それでも行く」


景直は立ち上がった。


「逹長に、もう一度言わねばならぬ。降りよ、と」


その言葉を口にしたとき、景直の胸には重いものが沈んでいた。


逹長は、簡単には首を縦に振らない。


それでも、行かなければならなかった。


説得するにしても、戦うにしても、白巣城へ向かわなければ何も始まらない。


「出陣の仕度をせよ」


家臣たちが動き始める。


景直は一人、城外へ目を向けた。


海の向こうから来るものは、もう止められない。


ならばせめて、これ以上、失うものを増やしてはならなかった。


⸻


庄田城を出た一行は、山間の道を進んだ。


兵の数は多くない。


戦うためではなく、逹長を説得するための行軍だった。


だが、誰もが腰に刀を帯びている。


道の両側には、冬枯れの木々が並んでいた。


馬の蹄が土を踏む音だけが、山中に響く。


景直は、ほとんど口を開かなかった。


白巣城へ着いたら、まず逹長に会う。


岩屋を捨てた判断は正しい。


だが、白巣で戦う必要はない。


信長軍の規模を伝え、降伏を促す。


逹長が聞き入れなければ、そのときは――


その先を考えるたび、景直の胸が痛んだ。


幼い頃から知る弟分。


共に海を眺め、戦の話をし、淡路の行く末を語った男。


その逹長に、城を捨てよと迫る。


それは、逹長の誇りを踏みにじることになるかもしれない。


だが、誇りだけで兵は救えない。


城も、領民も守れない。


景直は手綱を握り直した。


山道を抜ける。


木々の間から、遠くに白巣城が見え始めた。


その瞬間だった。


白巣城の上空に、黒い煙が立ち上っていた。


煙は風に流され、空を大きく覆っている。


城の一角から、赤い炎が見えた。


景直の顔から血の気が引いた。


「殿……」


部下の一人が、震える声を上げる。


「白巣城が……燃えております」


誰も答えなかった。


景直は馬を止めた。


遠くで、白巣城が炎に包まれている。


間に合わなかった。


逹長に降伏を説くことも。


兵を出すかどうかを決めることも。


すべてが、もう遅かった。


「どうしますか」


部下が尋ねた。


景直は、燃え上がる白巣城を見つめた。


その目には、怒りも悲しみもあった。


だが、それ以上に深い苦悩が浮かんでいた。


やがて、景直はゆっくりと口を開いた。


「……間に合わなかったか」


誰に言うでもなく、呟く。


そして、苦しげに目を伏せた。


「やむを得ない」


景直は馬首を返した。


「引くぞ!」


一行は、来た道を戻り始めた。


背後では、白巣城の黒煙が、いつまでも空に残っていた。

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