↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逹長と景直 〜洲本城陥落〜  作者: 熱田大
兜を沈める日
PR
4/30

第4話 炎の白巣城

天正九年十一月十八日 早朝 白巣城。



まだ夜露の残る刻限だった。


山裾に張られた陣へ、一人の伝令が転がり込む。


「殿!」


息は切れ、声は裏返っている。


「都志に……!」


達長が振り返る。


「都志港に秀吉軍が着岸しております!」


その場の空気が凍った。


「もうか。」


昨日の軍議では、一週間。


早くとも二、三日。


そう見積もっていた。


まさか翌朝とは。


冬秀は立ち上がるや否や、大声を張り上げた。


「急げ!」


家臣たちが駆け出す。


「筍皮を運べ!」


春から蔵に積み上げていた大量の筍の皮。


村人たちには笑われた。


「殿は何を集めておられる。」


そう囁かれていた。


だが冬秀だけは信じていた。


山道とは、人より足が決める。


足を奪えば、敵は止まる。


皮は次々と山道へ撒かれていく。


狭い尾根。


急な坂。


岩肌。


敵が踏みしめるであろう場所だけを選び、丁寧に敷き詰めていく。


「急げ!」


「まだ足りぬ!」


「あと一俵!」


城中が慌ただしく動き始めた。




一方、達長もすぐに我へ返る。


「兵に飯を食わせろ!」


「武具を確認!」


「矢を前へ!」


命令は途切れない。


「それから。」


若い足軽を呼び寄せる。


「庄田へ走れ。」


「船越殿へ。」


「敵来襲と伝えよ。」


もう一人呼び寄せる。


「山田原へ。」


達長は少しだけ声を落とした。


「父上へ。」


使者たちは飛ぶように駆けていった。


達長は空を見上げる。


まだ朝だ。


まだ日も高くない。


それなのに。


まるで半日が過ぎたような疲労を感じていた。


(秀吉……。)


あの男は待たない。


毛利が動く前に。


長宗我部が船を出す前に。


すべてを終わらせる気だ。


淡路そのものを、数日で呑み込もうとしている。


その覚悟が、達長には痛いほど伝わっていた。




やがて見張りが叫ぶ。


「敵!」


谷沿いの細道。


朝霧の向こうに旗が現れる。


一列。


二列。


三列。


渓流に沿った細い谷間を、秀吉軍が蟻の列のように進んでくる。


「まだ布陣しておりませぬ!」


家臣が叫ぶ。


達長も目を見張る。


「布陣しない……?」


その意味を悟るより早く、敵兵は走り始めた。


「攻めてきます!」


「早い!」


白巣城へ向かって、一気に駆け上がる。


だが。


「あっ!」


敵兵が滑った。


一人。


また一人。


坂道で足を取られ、そのまま後続を巻き込んで転げ落ちる。


筍の皮だった。


踏み込んだ足が滑る。


支えようとした兵も滑る。


そこへ。


岩陰から冬秀の兵が飛び出した。


槍。


石。


丸太。


矢。


狭い山道では十分だった。


敵は思うように登れない。


「今だ!」


達長が太刀を抜いた。


「続け!」


北側街道に潜ませていた兵が、一斉に飛び出す。


敵の側面へ。


槍が唸る。


悲鳴が響く。


先頭の兵が倒れる。


押し返される。


だが後ろから、さらに敵が押し寄せる。


「止まれ!」


前の兵は叫ぶ。


「押すな!」


しかし後続には見えない。


山道は狭い。


後ろは前へ進むしかない。


押され。


押され。


押され。


敵兵は半ば押し出されるように城前へ現れる。


達長はそこを狙った。


突撃。


離脱。


突撃。


離脱。


決して深追いしない。


敵が体勢を立て直す前に消える。


また別の場所から現れる。


その繰り返し。


「殿!」


「敵百余討ち取りました!」


だが。


また百。


また百。


敵は尽きない。


谷の向こうから、なお旗が現れる。


達長は息を整えながら苦笑した。


「きりがない。」


兵たちの肩が上下している。


疲れが見え始めていた。


「一度下がる。」


兵は岩陰へ身を寄せ、水を飲んだ。


誰もが肩で息をしている。


その時だった。


「火だ!」


誰かが叫ぶ。


達長は振り返る。


白巣城の山腹。


細い山道から、煙が立ち上っていた。


「……城が。」


いや。


まだ違う。


本丸ではない。


山道だ。


炎は尾根を舐めるように登っていく。


秀吉軍は、筍皮に気付いたのだ。


ならば。


山ごと燃やす。


それが最も早い。


「火攻めか。」


冬秀の策を。


逆に利用した。


達長は歯を食いしばった。


「まだ間に合う!」


再び兵を率いて飛び出す。


火を放つ敵兵へ襲いかかる。


何人も倒した。


だが。


今度は違った。


敵は厚い。


千。


いや二千。


後続まで含めれば際限がない。


押しても。


押しても。


押しても。


新たな兵が現れる。


達長の兵は次第に押し返された。


槍が折れる。


矢が尽きる。


ついに。


「退け!」


大きく後退するしかなかった。


その時。


白巣城の本丸に火が移った。


黒煙が空へ伸びる。


炎は朝日より赤かった。


達長は馬上で立ち尽くす。


「……冬秀殿。」


城はまだ戦っている。


それでも。


もう助けられない。


達長は目を閉じた。


そしてゆっくりと太刀を納める。


「北へ。」


家臣たちが顔を上げる。


「山田原へ退く。」


街道の先には、父が待つ城がある。


菅家代々の居城。


幼き日、走り回った山。


見慣れた谷。


故郷。


だが。


達長の胸は重かった。


(帰る……。)


帰るというのに。


心は少しも安らがない。


山田原を守っても。


白巣より堅いわけではない。


兵は減り。


援軍はまだ見えない。


秀吉は止まらない。


その現実だけが、重く肩にのしかかる。


北街道をゆく達長軍の背後では、白巣城が激しく燃え続けていた。


その炎は、一つの城の終わりではなく。


秀吉が淡路を飲み込もうとする、その圧倒的な速さを物語る烽火でもあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。