第29話 秀吉暗殺
「景直よ!」
不意に、明るい声が響いた。
二人が振り向く。
「秀吉様…」
羽柴秀吉が、廊下から顔を覗かせた。
「先ほどの書状じゃがな――」
そう言いながら、何の警戒もなく部屋へ入ってきた。
逹長の目つきが変わった。
目の前にいる。
羽柴秀吉。
その首を取るために、ここまで来た男だった。
秀吉は、見慣れぬ漁師姿の男に目を向けた。
「……何じゃ、お客人か?」
その瞬間だった。
秀吉の脇から、人影が現れた。
根来陣内。
いつからそこにいたのか、景直には分からなかった。
陣内は秀吉の腕を取ると、その身体を引き寄せた。
そして、懐から抜いた短刀を、秀吉の首元へ突きつけた。
「……!」
景直は息を呑んだ。
もう一人、潜んでいたのだ。
秀吉の身体が、一瞬強張った。
だが、すぐにその目が鋭くなった。
刃を動かさぬ陣内。
静かに立つ逹長。
言葉を失った景直。
秀吉は、三人を見渡した。
「……何者じゃ!」
「……菅逹長にございます」
景直が答えた。
秀吉は、眉を寄せた。
「菅逹長……?」
逹長が、一歩進み出た。
「菅平右衛門逹長にござる」
秀吉の目が細くなった。
「……洲本城の、菅逹長か」
「左様」
秀吉は、逹長の顔をじっと見つめた。
そして、自らの首元へ目を向けた。
短刀が、皮膚に触れている。
陣内の手に迷いはなかった。
「……なるほどのう」
秀吉は、静かに言った。
「わしの首を取りに来たというわけか」
「左様にございます」
景直は、二人の間に立つこともできず、ただ息を詰めていた。
廊下の向こうでは、兵たちの足音が聞こえる。
誰かがこの部屋へ入ってくれば、たちまち騒ぎになるだろう。
秀吉は、そんなことなど気にする様子もなく尋ねた。
「なぜじゃ」
逹長は答えた。
「淡路攻めの折、父を失いました。多くの仲間も失いました…」
逹長は首を横に振りながら続ける。
「ですが、それを恨みに、ここまで来たわけではございませぬ」
「ほう」
「‥…戦の一手にございます」
秀吉は、黙って続きを待った。
「秀吉殿の首を取れば、四国勢にも反撃の機会が訪れましょう」
「……なるほど」
秀吉は、わずかに頷いた。
「わし一人の命と、四国の戦を引き換えようというわけか」
「左様にございます」
「では、長宗我部が降伏したなら、お主はどうする」
逹長は、少し考えた。
「そのときは、ここへ参った目的も失います」
「……」
「しかし、まだ戦は終わっておりませぬ」
秀吉は、逹長を見つめた。
そして、一度目を閉じてから、静かに言った。
「……残念じゃが、今し方、長宗我部降伏の報を受けた」
逹長の表情が変わった。
「……何と」
「元親は降伏を決めた。四国の戦は終わりじゃ」
部屋に、沈黙が落ちた。
逹長は、秀吉を見つめていた。
長宗我部軍が降伏することは、予想していた。
四万の兵で、十万を超える軍勢を相手にする。
城が落ち、兵糧が尽き、やがて抗しきれなくなる。
だからこそ、その前に秀吉を討つ必要があった。
わずかな勝機だった。
だが、その勝機をつかむために、海を渡り、兵庫津へ潜り込み、こうして秀吉の前に立った。
そして今。
その勝機は、消えた。
逹長は、静かに息を吐いた。
「……左様でございましたか」
秀吉は何も言わなかった。
「元親殿が、お決めになったのであれば……」
逹長は、一度目を伏せた。
思い浮かぶのは、長宗我部元親の顔だった。
四国の国衆たち。
自らが育てた水軍の兵たち。
そして、阿波の海に残してきた池頼和と奥井。
――長宗我部軍が降伏したならば、水軍も降れ。
そう言い残してきた。
自分自身が、その判断に従わねばならない。
逹長は顔を上げた。
「……四国の戦は、終わりにございますな」
秀吉が頷いた。
「うむ」
陣内の刃は、なお秀吉の首元にあった。
誰も動かない。
逹長は、陣内へ目を向けた。
陣内もまた、逹長を見ていた。
紀州を失い、仲間を失い、なお逹長とともにここまで来た男だった。
逹長は、静かに頷いた。
陣内の手から、力がわずかに抜けた。
だが、短刀はまだ引かなかった。
秀吉は、その様子を見ていた。
「……菅逹長よ」
「はっ」
「一つ、聞かせよ」
「何なりと」
「お主、淡路攻めの折も、わしに抗ったそうじゃな」
「左様」
「勝てると思うておったのか」
逹長は、少し間を置いた。
「……いえ」
「では、なぜ抗った」
逹長は、黙った。
「勝てぬと分かっておって、兵を動かしたのか」
逹長は、ゆっくりと口を開いた。
「あのとき、淡路の国衆の多くは、秀吉様に従う道を選びました」
「うむ」
「それが間違いであったとは思いませぬ。戦わずに済むなら、それに越したことはございませぬ」
「ならば、お主も従えばよかったではないか」
「……あの時は、淡路として意思を持つことなく、取り合いの渦中に陥り、焼けていくことは避けたいと思いました…」
秀吉は、わずかに眉を上げた。
「……どういうことじゃ」
逹長は、秀吉を見た。
「強き者が現れれば従う。さらに強き者が現れれば、また従う」
「それを繰り返していれば、自ら考えることをやめてしまいましょう」
秀吉は黙って聞いていた。
「信長様に従わぬ者もおらねば、次の潮を選べずに流されるやも知れません」
景直は、逹長を見た。
その言葉を、初めて聞いた気がした。
岩屋城で。
そして、洲本城で。
逹長には降伏を勧めてきた。
そのたびに逹長は抗い、あるいは退き、別の道を探した。
景直には、理解できないことも多かった。
だが今、逹長は、その理由を語っていた。
「抗うという道もたしかにそこにあると、示しておきたかったのかも知れませぬ」
秀吉は、しばらく黙っていた。
そして、低い声で言った。
「……そのために、多くの者が死んだ」
「……はい。父も、仲間も」
「悔いてはおらぬのか」
逹長は、目を伏せた。
「悔いがないなどと、申せましょうか」
部屋の外から、遠く人の声が聞こえた。
「わしの判断で死んだ者もおります。あのとき別の道を選んでおればと、考えることもございます」
秀吉は、何も言わなかった。
「ですが、抗わなかったことが正しかったとも、思えぬのでございます」
秀吉は、逹長をじっと見つめた。
やがて、少し笑った。
「……お主、戦が好きなのであろう」
逹長も、わずかに笑った。
「……嫌いではございませぬ」
「ははっ。やはりのう」
「敵の裏をかき、仲間と知恵を絞り、勝ち筋を探す。胸が躍ることもございます」
「分かるぞ」
秀吉は、楽しげに頷いた。
逹長は続けた。
「ですが、それは戦でなくともよいのではないかと、近頃は思うのでございます」
「……ほう」
「人が死ねば、その者の想いも失われます」
「父にも、仲間にも、それぞれの明日があったはずでございます」
逹長は、少し目を伏せた。
囲炉裏を囲んだ家族の顔が浮かんだ。
淡路の畑。
海へ出る船。
城下で暮らす人々。
「妻も、子も、淡路の民も。皆、己の思う明日を迎えてほしい」
「それが叶うのであれば、戦など、せずに済む方がよいのでございます」
秀吉は、しばらく黙っていた。
やがて、小さく頷いた。
「……なるほどのう」
秀吉は、少し姿勢を変えた。
「……逹長よ」
「はっ」
「お主のことは、前から聞いておった」
逹長が顔を上げた。
「洲本城じゃ」
秀吉は、少し苦笑した。
「本能寺の変のあと、お主は間を置かずに動いたそうじゃな」
「……はい」
「わしが次の手を打つより早く、城を奪い取っておった」
秀吉は、思い出すように笑った。
「あれには、してやられたわ」
「……恐れ入ります」
「それに、今もそうじゃ」
秀吉は、逹長を見た。
「四国の勝ち目が薄いと見れば、海を離れ、わしのいる兵庫まで来てしまう」
「しかも、長宗我部の降伏を聞けば、たちまち戦の終わりを認める」
逹長は、静かに答えた。
「……戦の形が変われば、次の手も変えねばなりませぬ」
秀吉は、その言葉を聞いて目を細めた。
「……そうじゃな」
少しの沈黙があった。
秀吉は、どこか遠くを見るような目になった。
「……昔、越前の金ヶ崎でな」
景直が、秀吉を見た。
「浅井長政が、信長様に背いたことがあった」
「……金ヶ崎の退き口」
「うむ」
秀吉は、静かに語り始めた。
「前には朝倉、後ろには浅井。進めば挟み撃ちじゃ」
「信長様は、退くとお決めになった」
「それまで進めておった戦を、あっさりと捨てられたのじゃ」
逹長は、黙って聞いていた。
「わしは、金ヶ崎に残ることとなった。生きて帰れるかも分からぬ」
秀吉は、少し笑った。
「だがのう、不思議と、信長様の決断を疑う気にはならなんだ」
「……」
「あのお方は、負けることを恐れておられたのではない」
「負けると分かった戦に、いつまでもしがみついてはおられなんだ」
秀吉の声に、懐かしさが滲んだ。
「次に何をするか。それしか見ておられぬようなお方であった」
逹長は、静かに頷いた。
「そして、その次の一手が、また途方もない」
秀吉の表情が、少し明るくなった。
「わしはな、あのお方の後ろを追うのが、楽しくて仕方なかった」
「次は何をなさるのか。どこへ向かわれるのか。今度はどんな景色を見せてくださるのか」
「昨日まで誰も考えなんだことを、今日はもう始めておられる」
秀吉は、ふっと笑った。
「……お主を見ておると、少し思い出すのじゃ」
逹長は、驚いたように秀吉を見た。
「……信長様を、でございますか」
「うむ」
秀吉は頷いた。
「あのお方も、お主も、人の決めた道を歩くことが、よほど性に合わぬらしい」
逹長は苦笑した。
「……そのような大それたことは」
「ははは!」
秀吉は笑った。
「大それたことをしておる自覚がないところまで、似ておるわ」
景直は、二人を見つめていた。
逹長のことを、誰よりも長く知っているつもりだった。
だが、秀吉の言葉を聞いて、初めて見えてくるものがあった。
逹長は、ただ抗っていたのではない。
いつも、次の一手を探していた。
勝つために。
生きるために。
そして、自分の道を選び続けるために。
秀吉は、少し姿勢を正した。
「わしはな、逹長」
「はっ」
「信長様が亡くなられて道を失った。失って失って、わしはどうしたいのかとこの胸に尋ねた。」
「……わしにしかできぬことがあるやも知れん」
「天下太平の世造りを目指してみたい…」
秀吉は、はっきりと言った。
「戦のない世がつくれぬか、本気で試してみたい」
「国が違えば争い、主が違えば殺し合う。そのような世を、本気で終わらせてみようと思ったのじゃ」
逹長は、秀吉を見つめた。
「……それは、容易なことではございますまい」
「そうじゃ! まったくもって容易ではない!」
秀吉は、嬉しそうに笑った。
「だからこそ、やってみようと!」
「誰かができぬと言うなら、わしがやってみせると。誰かが立ちはだかるなら、何人でも越えてみせると」
「天下を相手に、大勝負がしてみたくなったのじゃ!」
逹長は、思わず息を呑んだ。
この男は、何を言っているのだ。
天下を一つにする。
戦のない世をつくる。
それを、夢物語のように語っているのではない。
本当に、やるつもりでいる。
「わしには、まだ見たいものがある。やりたいことがある」
秀吉は続けた。
「信長様が生きておられたなら、何をなさったか。そう考えることもある」
「だが、もう、わしがやるしかないのじゃ」
秀吉は笑った。
「わしにしかしできぬことがきっとある。それをやってみるまでよ!とな」
逹長の胸が、高鳴った。
自分は、淡路を守ろうと戦ってきた。
長宗我部のもとで、四国水軍を育ててきた。
その戦いの中で、何度も勝ち筋を探してきた。
だが、この男は違う。
天下を相手に、勝ち筋を探し続けているのだ。
その途方もなさに、思わず笑みがこぼれた。
「……はは」
秀吉が、眉を上げた。
「何がおかしい」
「……なんと、面白いお方かと」
秀吉は、満面の笑みを浮かべた。
「そうであろう!」
大きな笑い声が、部屋に響いた。
逹長も笑った。
首元には、まだ陣内の刃がある。
そのことすら忘れたかのように、秀吉は笑っていた。
逹長は思った。
兵の数でもない。
城の数でもない。
この男には、敵わぬ。
だが、悔しさではなく、自分が淡路に見てきたものを、
日の本全体に見ているのだと気付いた。
そして胸の奥から何か湧き上がるものを感じていた。
そのとき、景直が静かに口を開いた。
「……秀吉様」
「なんじゃ、景直」
「今のお話を伺い、ようやく一つ、分かった気がいたします」
「ほう?」
景直は、逹長を見た。
「逹長。お主、洲本城を去る折、文を残していったであろう」
逹長は、少し驚いた顔をした。
「……うむ」
「あの文にあった、四文字じゃ」
逹長は、静かに答えた。
「……孤高不羈」
「そうじゃ」
景直は、ゆっくりと頷いた。
「わしは長いこと、あれを、お主自身の覚悟を書いたものと思うておった」
逹長は、黙っていた。
「誰にも従わず、己の道を行く。そういう意味であろうと」
「間違いではない」
「うむ。だが、それだけではなかったのじゃな」
景直は、逹長を見つめた。
「城は奪えても、人の想いまでは奪えぬ……そういうことか」
逹長は、わずかに目を見開いた。
景直は続けた。
「淡路の民は、一つではない」
「北の者は明石を向いて暮らし、南の者は阿波を向いて暮らす」
「東浦の者は海から昇る朝日を見て目覚め、西浦の者は夕陽を見送って一日を終える」
景直は、遠くを見るように語った。
「同じ島に住んでおっても、見ておる景色が違う。思うことも、選ぶ道も違う」
逹長は、黙って聞いていた。
「お主は、淡路の者に、皆同じ道を歩けと言いたかったわけではないのじゃな」
「……うむ」
「従う者もおる。抗う者もおる。どちらも、淡路の者じゃ」
景直の声が、少し柔らかくなった。
「誰もが己の想いを持って生きられるならば、それでよい」
逹長は、静かに頷いた。
景直は続けた。
「わしは、秀吉様にお仕えして、多くの者に出会った」
「考えの違う者たちが、同じ天下をつくろうとしておる」
「その姿を見て、ようやく気づいたのじゃ」
「己の想いを持ち続けるために、必ずしも戦い続ける必要はないのではないかと」
逹長は、景直を見た。
「……景直」
「腹を満たし、家族と暮らし、己の考えを失わずに生きてゆく」
「生きてさえおれば、また次の時代を見ることもできる」
景直は、小さく笑った。
「わしは、そういう道を選んだのじゃ」
逹長は、しばらく景直を見つめた。
幼い頃から、ともに過ごしてきた男。
戦のたびに、違う道を選んできた男。
その景直が、今、自分の言葉で語っている。
「……そうか」
「うむ」
逹長は、少し笑った。
「……お主も、随分と考えたものじゃな」
景直も笑った。
「お主が、考えさせるのじゃ」
二人は微笑んだ。
秀吉は、満足そうにその様子を見ていた。
「……さて、逹長」
秀吉が口を開いた。
「はっ」
「長宗我部が降伏した今、お主も降伏ということでよいな」
逹長は、すぐには答えなかった。
秀吉は、その顔を見て、少し考えた。
そして、言い直した。
「……いや」
逹長が顔を上げる。
「わしに力を貸してくれぬか」
「……!」
「天下太平には、まだいくつもやることが残っておる」
秀吉は、逹長をまっすぐ見た。
「それを成し遂げるには、お主のような男が要る」
「どうじゃ」
「わしとともに、天下をつくってくれぬか」
逹長は、秀吉を見つめた。
思いもよらぬ言葉だった。
景直が、静かに声を掛けた。
「……逹長」
逹長は、景直を見た。
景直は、穏やかに微笑んだ。
「良き縁になったのう」
少しの間があった。
景直は続けた。
「……ここまでじゃ」
逹長は、目を閉じた。
一呼吸。
そして、秀吉へ向き直った。
「……有難きお言葉にございます」
秀吉が頷いた。
「うむ」
「ですが、二つございます」
「申してみよ」
逹長は、姿勢を正した。
「一つ」
「これからも淡路が危急の折には、その守りのため、いかなる命にも背くことをお許しいただきたい」
秀吉は、笑って頷いた。
「うむ」
逹長は、続けた。
「二つ」
秀吉を、まっすぐに見た。
「秀吉様の天下に異議を見たときは、またいつでも、そのお首に刃を向けるやもしれませぬ」
景直が息を呑んだ。
「逹長……!」
だが、逹長は目を逸らさなかった。
「それでもよいと仰るならば――」
「本領安堵じゃ!」
秀吉が、突然言った。
逹長は、言葉を止めた。
「淡路の旧領…」
秀吉は、にこりと笑った。
「元の通り、お主に任せる」
逹長は、秀吉を見つめた。
「それなら、文句はあるまい」
しばらくの沈黙。
そして――
逹長は、笑みを浮かべた。
「……ははっ!」
深く頭を下げた。
それを見た陣内も、ようやく秀吉の首元から刃を引いた。
短刀を収めると、腰を落とし、深く頭を下げた。
秀吉は、二人を見つめた。
そして、満足そうに頷いた。
「うむ」
それから、部屋を出ようとした。
だが、入口で足を止めた。
「……逹長」
「はっ」
秀吉は、振り向いた。
その顔には、先ほどまでの豪快な笑みとは違う、どこか懐かしそうな表情が浮かんでいた。
「……お主を、信長様に会わせたかったのう」
逹長は、何も言えなかった。
秀吉は、静かに微笑んだ。
そして、部屋を後にした。
部屋に静けさが戻った。
廊下の向こうから、遠く人の声が聞こえる。
逹長は、秀吉が去った方を見つめていた。
景直も、しばらく何も言わなかった。
やがて、景直が口を開いた。
「……逹長」
「なんじゃ」
「……お主という男は、まったく……」
逹長は、少し笑った。
「なんじゃ。まだ文句があるのか」
「……いや」
景直は、逹長を見つめた。
木津川で撃たれたあの日から、ずっと胸の奥に残っていたものがあった。
あの時、自分が兵を止めていれば。
もう少し早く、声を上げていれば。
あの男は、本当に逹長だったのか。
何度も考えた。
そして、今日。
目の前に、その男が立っている。
景直は、静かに言った。
「……生きておって、よかったのう」
逹長は、少し驚いたように景直を見た。
そして、穏やかに笑った。
「……うむ」
二人の間に、静かな時間が流れた。
もう、何も語る必要はなかった。




