第30話 泰平の時代
淡路の海が、妙に静かだった。
風はある。
だが、波は低い。
岩屋城の見張り櫓からは、播磨灘が広がって見える。
海の向こうには、畿内がある。
京があり、大坂があり、そして――
豊臣秀吉がいる。
かつて、この海の向こうから、織田の大船団が押し寄せた。
幾千もの兵を乗せた船が、海を埋め尽くした。
城には、戦を知らせる声が響いた。
兵は武具を取り、城門を固め、海の向こうを睨んだ。
思えば、この岩屋城の最後の攻防の主は、この時の菅逹長であった。勝てぬと知りながら抗い、勝機を失えば退いた。
そして、幾度となく戦場へと戻っていった。
それから四年後の天正十三年。
秀吉による四国平定が成り、ほどなく岩屋城はその役目を終えて廃城となった。城を守る兵も、海の向こうの船影を数える見張りも、姿を消していった。
淡路島には長らくの泰平が訪れたのだ。
秀吉の本陣が兵庫津にあったことも、
逹長が秀吉暗殺のために潜入したことも、
根来陣内の名前さえも、記録には残されていない。
しかし、秀吉が四国攻めを遠く差配していたこと、
そして逹長が本領安堵となった記録だけは残っている。
淡路島が戦いに翻弄された時代に、この海を見つめた菅逹長と船越景直。
戦いのない時代へと変わっても、二人が見つめた海は、今も変わらずそこにある。
朝には潮が満ち、夕には引く。
風が吹けば波が立ち、いつかはやがて静まる。
海はいつまでも終わらない。
そして時代は進んでいく。
豊臣秀吉が天下泰平を目指し、実現した後の世…
天正二十年。四月。
逹長と景直の戦いはまだ終わってはいなかった。
泰平の世において、逹長は何に異議を唱え、景直は何に巻き込まれていくのか…
二人のあらたなる潮の流れの物語は、
また別の機会に語られることになる。




