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逹長と景直 〜洲本城陥落〜  作者: 熱田大
岸和田合戦
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18/30

第18話 淡路者

天正十二年三月十八日。



(大坂城内。慌ただしく行き交う兵の足音)


大坂城では、出陣の準備が急ピッチで進められていた。


兵糧。


鉄砲。


弓。


馬。


次々と運び込まれていく。


その喧騒の中、船越景直も陣立ての確認に追われていた。


「鉄砲隊はこちらへ」


「弓隊は先に出す」


「兵糧は三日分を別にしておけ」


景直が次々と指示を出していく。



その時――


(早足で駆けてくる足音)


「申し上げます!」


「何事か!」


「森殿より……!」


使者が息を整える。


「森可成殿の軍、敗れました!」


(ざわめき)


景直の表情が変わる。


「敗れた?」


「はい」


「家康勢に押し返され、兵を引いております!」


周囲が慌ただしくなる。


「秀吉様へ!」


「すでにお伝えしております!」



その報せを受けた秀吉は――


しばらく何も言わなかった。


そして、


「……そうか」


ただ一言、そう呟いた。



(場面転換)


しばらくして。


出陣準備の一角。


景直が最後の確認を終える。


一息ついて腰を下ろすと――


少し離れたところに、秀吉がいた。


腰掛けて、遠くを見ている。


城内は慌ただしい。


だが秀吉だけは、妙に静かだった。


景直が近づく。


「秀吉様」


「……景直か」


「はい」


「少し座れ」


「はっ」


景直が腰を下ろす。


秀吉は、しばらく何も言わなかった。



やがて――


「どうして人というものは――」


「こうも周りで起こることに、右往左往するものかのう」


景直は黙っている。


「信長殿がお亡くなりになった」


「信雄殿が焦るのも、分からぬではない」


秀吉は遠くを見たまま続けた。


「だが、腰を据えておればよいものを」


「信長殿亡き後の世をどうするかなど、やれることをやるしかない」


「それを焦るから撃ちに出る」


「そして――」


秀吉は苦笑した。


「こちらも、撃ち返さねばならなくなる」


景直は、先ほどの報せを思い出していた。


「森殿も……」


「そうだ」


秀吉は頷く。


「森殿も功を急いだ」


「欲を出したところを、家康殿に突かれた」


「そもそも――」


秀吉はため息をつく。


「わしが出向く必要など、なかったのだ」


「右往左往が重なると、余計な仕事が増える」


景直の口元に、わずかな笑みが浮かんだ。


秀吉がそれを見る。


「何がおかしい?」


「いえ……」


景直は頭を下げる。


「ただ、秀吉様ほどの御方でも、余計な仕事と思われることがあるのだなと」


「当たり前だ」


秀吉は笑った。


「誰もわしを呼びたいわけではなかろうに」


「わしだって、好き好んで戦場へ出るわけではない」


「だが、人が右往左往するから――」


「わしまで右往左往することになる」


秀吉は、ふっと息を吐いた。


そして――


景直を見る。


「そこへいくと、お主ら淡路者は少し違う」


「淡路者……」


「よく働く」


「だが、媚びぬ」


「余計な気遣いもしない」


「わしを喜ばせようとして、余計なことを言わぬ」


景直は苦笑した。


「それは、褒めていただいているのでしょうか」


「褒めておる」


秀吉は笑った。


「だから妙に信用してしまう」


「野口長宗もそうだ」


景直が顔を上げる。


「長宗は、仕事を任せれば黙って仕上げる」


「普請を任せても、余計なことをせぬ」


「だが、言うべきことは言う」


「……」


「お主もそうだ」


景直は深く頭を下げた。


「ありがたきお言葉にございます」


秀吉は遠くを見た。


「だからな――」


「まだ見ぬ菅逹長だが、少し分かる気がする」


景直が顔を上げる。


「逹長のことを?」


「うむ」


秀吉は少し笑った。


「お主も、そう思ったか?」


「はい」


景直は答えた。


「淡路者、と仰った時から、もしやと思っておりました」


「そうか」


秀吉は笑う。


「逹長にはな――」


「潔さのようなものを感じる」


景直は黙って聞く。


「信長様がお亡くなりになった」


「わしは、わしなりに必死で明智を討ちに向かった」


「その時――」


秀吉は少し遠くを見る。


「すでに逹長は、洲本城を落としていた」


景直の表情が変わる。


「今だから言えるがな」


秀吉は苦笑した。


「あの時、わしは少し覚悟した」


「覚悟……ですか」


「ああ」


「これから向かう先に――」


「わしが考えもしなかった敵が現れるかもしれぬ、と」


「……」


「信長様が亡くなった」


「明智が動いた」


「ならば、他にも動く者がおる」


「その中で、すでに洲本城を落とした男がいる」


秀吉は静かに言った。


「嫌なものだぞ」


「自分が向かっている先に、何が待っているのか分からぬというのは」


景直は黙っている。


「だが――」


秀吉の声が少し変わる。


「そういう時に、自分で考えて敵へ向かっていける将というのは、なかなかおらぬ」


「逹長は、それをやった」


「はい」


「しかも、あの時は結果として――」


秀吉は苦笑する。


「わしの考えより先に動いておった」


一瞬の沈黙。


「少し褒めすぎかもしれぬがな」


秀吉は景直を見る。


「わしは淡路者に、一目置いておるぞ」


景直は頭を下げた。


「ありがたきお言葉にございます」


「だが――」


秀吉が笑う。


「敵は敵だ」


「褒めたからといって、手加減するわけではない」


「もちろんにございます」


「逹長も、今頃どこかでそう思っておろう」


景直は思わず笑った。


「おそらく」


秀吉も笑う。


「そういうところだ」


「……?」


「淡路者は、敵になっても妙に気持ちがよい」


秀吉は立ち上がった。


「さて」


「出陣を急がねばならないな…」


景直も立ち上がる。


「はっ」


秀吉が歩き出す。



しかし、数歩進んだところで、ふと振り返った。


「景直」


「はい」


「もし逹長に会うことがあれば――」


少し間を置いて、


「わしが褒めておったと伝えておけ」


景直が笑う。


「それを伝えれば、また洲本城を奪われるやもしれませぬ」


秀吉は一瞬、真顔になった。


そして――


「……それは困るな」


二人は笑った。


だが、その笑いの直後――



羽柴秀吉は、家康との戦いへ向かおうとしていたその出陣を


ーー取りやめねばならなくなる。

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