7 ガイウスの凋落
馬蹄が、平原を揺るがしていた。
数百の騎士が、煌びやかな鎧を纏い、陣を組んで進軍している。旗印が風にはためき、魔剣の光が列の端から端まで輝きの帯を作っていた。
その先頭に、ガイウスがいた。
白銀の鎧は新調され、宝石の装飾が朝日を反射してきらびやかに輝いている。腰には『灼獄の牙』。赤銅色の刀身が脈動し、炎の紋様が蠢いている。
ガイウスは馬上であくびをした。
「退屈だな」
隣を行く取り巻きの騎士が、愛想笑いを浮かべた。
「ガイウス様の力を以ってすれば、魔族など恐るるに足りません」
「当然だ。この『灼獄の牙』を前にすれば、魔族の雑兵など藁束も同じ」
ガイウスは魔剣の柄を軽く叩いた。
「そういえば——」
ふと、思い出したように呟いた。
「あのグレイのような無能がいなくて清々する。奴がいたら足手まといだったな」
取り巻きたちが笑った。
「素振りしか取り柄のない男でしたからな」
「剣を振ることしかできないのに、魔獣相手に何ができるという話です」
笑い声の中、ガイウスは前方を見た。
遠くの空だけが、不自然に黒かった。
平原に、影が見え始めた。
魔族の軍勢。
黒い甲冑を纏った兵士の群れが、地平線を埋め尽くすように広がっている。その中央に——巨大な影。角を持ち、深紅の目を光らせた、大魔族ザルヴァドルク。
ガイウスは笑みを浮かべた。
「丁度いい。ここで魔族を蹴散らせば、騎士団長の座は確実だ」
魔剣を抜き放った。赤銅色の刀身が白熱し、炎が噴き出した。
「全軍——突撃!」
ガイウスは渾身の力で魔剣を振った。
——何も起きなかった。
炎が出ない。
刀身は赤銅色のまま、光を失い、脈動も止まっている。ただの、重い鉄の棒。
「……は?」
ガイウスの顔が歪んだ。もう一度振った。何も起きない。もう一度。何も。
「どうして炎が出ない!? 壊れたのか!?」
周囲で、同じことが起きていた。
騎士たちが掲げた魔剣の光が、一斉に消え失せた。雷の剣。風の剣。氷の剣。全ての魔剣が、ただの鉄くずに変わっていた。
そして——もう一つ、異変が起きた。
重い。
魔剣が、突然重くなった。
ガイウスの腕が震えた。今まで片手で軽々と振れていた『灼獄の牙』が、両手でも持ち上げられないほどの重量に変わっている。
魔力による重量軽減が——消えていた。
ガイウスの腕の筋が引き攣り、剣を取り落とした。
赤銅色の刀身が、地面に突き刺さった。泥が跳ねた。
頭上を見た。空がドーム状の暗闇に覆われている。禍々しい紫色の紋様が空間に浮かび、脈動していた。
結界。
魔力封じ(アンチマジック)の広域結界。
大魔族ザルヴァドルクが、巨大な体躯を揺るがして笑った。
「愚かな人間ども。貴様らの魔剣とやらが、どれほど空虚な玩具であるか——身をもって知るがいい」
魔族の下級兵士たちが、ゆっくりと歩み寄ってきた。
騎士たちは——戦えなかった。
魔力による筋力補助が消え、重い鎧を着たまま立っているのがやっとだ。剣を振ろうにも、基礎的な体力すら残っていない。何年も魔剣の自動発動に頼り切り、素振りの一つもしてこなかった者たちだ。
最初の騎士が、あっけなく斬り捨てられた。
悲鳴が上がった。
パニック。
騎士たちが逃げ始めた。だが、重い鎧が足枷になり、三歩走っては転び、立ち上がってはまた転んだ。魔族の兵士が追いつき、背中から刃を突き立てた。
「な——何が——何が起きてるんだ——!」
ガイウスは叫んだ。
◇
ガイウスは走っていた。
剣を捨てた。鎧の留め具を外し、胸当てを脱ぎ捨てた。少しでも軽くなるために。
だが——走れなかった。
足が動かない。重い鎧の下半身を着けたまま、泥濘を走ることなど、体力的に不可能だった。今まで鎧の重量は魔力で軽減されていた。それが消えた今、ガイウスの素の筋力では——グレイが毎日振っていた、あの分厚い鉄剣よりもはるかに軽いはずの自分の魔剣すら、持ち上げることができなかった。
泥に足を取られた。
転んだ。顔から泥に突っ込み、口の中に泥と血の味が広がった。
立ち上がろうとして、背後に影を感じた。
振り返った。下級魔族が、剣を構えて立っていた。
「嫌だ——」
ガイウスは、這い蹲った。泥水の中で、プライドも体面も投げ捨てて、四つん這いになった。
「嫌だ、死にたくない! 俺は次期騎士団長だぞ! こんなところで——」
声は震え、鼻水と涙が泥に混じった。
魔族の刃が振り上げられた。
ガイウスは目を閉じた。




