表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔剣に選ばれなかった凡人剣士、辺境で『素振り』を極める  作者: 汐見 ゆゑ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/9

8 辺境の山頂(最終組手)

 朝焼けが、雲海を赤く染めていた。


 辺境の山頂。切り立った岩場の上に、二人の剣士が向かい合っている。足元は切り立った崖で、一歩踏み外せば百尺の谷底だ。


 グレイと、ダグラス。


 師弟は、無言で対峙していた。


 風が吹いた。岩場の端に生えた枯れ木から、木の葉が一枚、剥がれ落ちた。


 葉が地面に触れた——その瞬間、二人が動いた。


 音はなかった。


 踏み込みの音すら消えていた。岩を蹴る足が空気を切り、二つの影が交差した。


 鉄剣と鉄剣が交わった。だが——金属がぶつかる音は鳴らなかった。


 代わりに聞こえたのは、空気が高速で切り裂かれる、鋭い悲鳴のような高音。


 ダグラスの横薙ぎが、山頂の岩を削った。刃が通過した軌道に沿って、岩の表面が紙を裂くように剥がれ落ちた。


 グレイはそれを——避けなかった。


 師匠の剣の軌道に、自身の剣を沿わせた。逆らわず、受け止めず。刃が描く弧に自分の刃を重ね、力の流れの中に滑り込む。


 ダグラスの目が光った。


 連撃。上段から振り下ろし、そのまま切り返して横薙ぎ、さらに突き。三連撃が、人間の目では追えない速度でグレイを襲った。


 グレイは全てを捌いた。


 剣が剣に触れるたびに、高音が鳴る。空気が切り裂かれる音だけが、朝焼けの山頂に響いた。


 最後の突きを、グレイの剣が横から払った。払った勢いのまま、体を回転させ——首筋に、切っ先を寸止めした。


 朝日が、二人を照らした。


 ダグラスの首筋から、指一本分の距離に、グレイの鉄剣が止まっていた。


 静寂。


 ダグラスが、息を吐いた。


「……届いたか」


 低い声。どこか——寂しそうな。


 剣を下ろし、グレイの顔を見た。老いた顔に、微かな笑みが浮かんだ。


「お前はもう、空でも斬れるだろうよ」


 グレイは剣を引いた。言葉が出なかった。


「下山しろ、グレイ」


 ダグラスは背を向けた。雲海を見下ろし、朝日に目を細めた。


「儂が教えることは、もう何もない」




 辺境の村の広場に、血相を変えた行商人が駆け込んできた。


「大変だ——! 王国軍が——全滅する——!」


 グレイは、村の井戸の傍に立っていた。ダグラスから免許皆伝を受け、山を下りてきたところだった。背中には分厚い鉄剣を背負い、使い込まれた旅装を纏っている。


 行商人は息を切らしながら、途切れ途切れに状況を伝えた。


 王国の平原で、大魔族が結界を張った。魔力が一切使えなくなる結界。騎士たちの魔剣が全て鉄くずになり、一方的に殺されている。このままでは——国が滅ぶ。


 村人たちがざわめいた。恐怖に顔を青ざめさせる者、泣き出す子供。


 グレイは、黙って聞いていた。


 魔力が使えない結界。


 つまり——魔剣が無力化される空間。


 かつて自分を追放した連中。「素振りしかできない案山子」と嘲笑した者たち。


 救う義理は——あるだろうか。


 グレイは空を見上げた。遠く、王都の方角の空だけが、不自然な暗闘に覆われている。


 怒りはなかった。復讐心もなかった。使命感すら、明確にはなかった。


 ただ——一つだけ、考えた。


「魔力が使えないなら——俺の得意分野だな」


 淡々と。まるで天気の話をするように。


 村人たちに向き直った。


「留守を頼む」


 それだけ言って、背中の鉄剣を確かめた。ヒビ一つない、使い込まれた分厚い刃。ダグラスから渡された、魔力を一切帯びない、ただの鉄の塊。


 歩き出した。


 王都の方角へ。一人で。鉄剣一本を背負って。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ