報恩謝徳
豪奢な車列がミース村の入口で静かに停車すると、村長と村役と思しき老人たちが整然と膝をつき、新女王となった王女に向かって深々と平伏した。
「王陛下……! この度は遠路はるばり、このような何もない僻地にお越しくださり、誠に恐縮に存じます」
「ボルソ。村長に石像を建立する場所を案内してもらい、すぐに作業を始めなさい」
「御意にございます、陛下」
ボルソは召し抱えた技師たちを伴い、村長らの案内のもと、緩やかな丘へと続く小径を登っていった。
「……ほう、なかなか堂に入った振る舞いではないか、姫よ」
「氷炎伯、私は王陛下。不敬ですよ」
「ふん、目が笑っておるゆえ前言撤回だ」
車列の脇に立つ氷炎伯と王妃のやり取りを横目に、少し離れた位置にいたモエが、王女の傍らでそっと声を潜めた。
「陛下。誰か来る」
一人の村人の女性が、恐れ多くもおっかなびっくりといった足取りで、車列の方へと近づいてくるのが見えた。だが、王女には確信があったのか供を手で制して自ら歩み寄った。
「――ああ、私の方からお伺いしようと思っていましたのに!」
「な、なんと畏れ多い……! 陛下の尊いお靴が汚れてしまいます!」
「良いのです。あなたが、あの騎士様の…お母上ですね?」
―あれが、俺の……母さん、なのか……!?
「陛下、あちらにお席をご用意いたしました。母君、どうぞ私にお手をお貸しください」
騎士団長がそっと手を差し伸べ、ポルターの母親の体を優しく支えて歩き始めた。その足取りはどこか重く、長年の農作業で膝や腰を酷く痛めているのが一目で分かった。
「どうですかポルター。何か思い出しましたか?」
王妃の静かな問いかけにも上の空で、ポルターは吸い寄せられるように母親の隣へと駆け寄った。深く刻まれたシワと愛おしいその顔を見つめながら、ポルターは顔をくしゃくしゃにして感涙した。
立ち込めていた霧が晴れるように、生前の記憶の全てが鮮やかによみがえったのだ。
「さあ、こちらにお掛けください」
騎士団長は木陰にしつらえた上質なテーブルへと案内し、静かに椅子を引いた。
「ありがとうございます。ですが、このまま陛下のお越しをお待ちいたしますので、どうかご容赦くださいませ……」
「承知いたしました。我が陛下は、形ばかりの礼儀よりも『誠実さ』を何より尊ばれる御方です。どうぞ臆することなく、存分にお話しなさってください」
騎士団長はそう優しく耳打ちすると、そっと後ろへ退いて控えた。母親は痛む足腰の痺れに耐えながら、精一杯胸を張り、女王の到着を待った。
「モエさん、治せそうですか?」
「診てみないと分からないけれど、やる」
「あとで、どうか診てあげてください」
「陛下。御意」
氷炎伯はこうした湿っぽい場が苦手なのか、少し離れた場所から石像を広場へと運び入れる作業を黙って見守っていた。気がつくと、王妃の姿もどこかへ消えて見当たらなくなっていた。
侍女を伴って席へと歩み寄ってきた王女は、侍女が恭しく引いた豪華な椅子を「結構です」と断ると、迷わず母親のすぐ隣の椅子へと腰掛けた。
「さあ、私のすぐ隣にお掛けください。騎士団長は、下がりなさい」
「はっ!」
騎士団長が母親を優しく椅子に座らせて後ろへ下がると、王女は丘一面に咲き誇るオレンジ色の花畑を遠目に見つめながら、穏やかな声で話し始めた。
「実は私、あの美しい花がご縁で、息子さんと大変仲良くなったのですよ」
「そうでしたか。うちは代々、あの花を育てることで細々と暮らしてまいりましたゆえ、あの子もてっきり家業を継ぐものと思っておりました。それがまさか、ある日突然家を飛び出したかと思えば、いつしか陛下に仕える立派な騎士になっていたとは……思いも寄りませんでした……」
「……お母上。……本当に、本当に申し訳ございませんでした……ッ!!」
突如、王女は椅子から滑り落ちるように地に膝をつくと、涙をボロボロと溢れさせながら、ポルターの命を救えなかった罪を何度も何度も詫びた。
「へ、陛下!? お止めくださいませ! なんと畏れ多いことを……っ!」
驚いて駆け寄ろうとした侍女たちを、いつの間にか後ろに立っていた氷炎伯が威厳ある手つきで制した。
「寄るな。……これは陛下のお心だ。任せよ」
膝をついて母親に抱きつき、子供のように号泣する女王の姿に、感極まった母親も溢れる涙を止められず、声を上げて泣き伏した。傍らで見守っていた硬派な騎士団長までもが、目頭を熱く湿らせていた。
「……姫様……母さん……」
ポルターの家は、花を栽培しては氷炎伯の城下町へと出荷し、親子三人で静かに暮らしていた。
ポルターが15歳になった頃、一人で花を配達するために街へ行くようになり、そこで出会った兵士に誘われ、家計を助けるための給金欲しさに軍へと飛び込んだのだ。数年の月日が流れ、一人前の兵士となったポルターは公爵に才能を見出され、やがて王女の身辺を護る護衛騎士へと抜擢されたのだった――。
「……取り乱してしまい、大変失礼いたしました。……そうだ、お母上。一緒に『手紙』を読みましょう」
「……お恥ずかしい話なのですが、私は貧しさゆえに学ぶ機会がなく……字が読めないのです……」
「……あっ! ご、ごめんなさい! 私……重ね重ね、失礼なことを……っ!」
「失礼などと、とんでもないことでございます。どうか愚かな私をお笑いくださいまし……」
「どれ、我が読み上げてやろう」
「ひ、氷炎伯様……!?」
突然の領主からの思いがけない申し出に、母親は仰天して「畏れ多い」と何度も繰り返しながら大地に平伏した。
「母上、顔を上げよ。そなたの息子はこの我にとってもの大恩人なのだ。ここはどうか、我に読ませてはくれぬか?」
「ええっ? 氷炎伯様にもお仕えしていたのですか……?」
「うむ。だが、その話はまたの機会だ。陛下、その手紙をこちらへ寄こすがいい」
続




