如釈重負
「まずは、最前線からですね。ポルター、どうしましたか?」
ポルターはなぜかうずくまっている。
「気分が悪いのですか?」
「いえ、あの……俺が今まで駆けずり回ってたのは何だったのかと思いまして……」
「人の身に余る力などに憧れる必要はありません」
身に余る力を自在に使う王妃に説得力はないが、ポルターは考えないようにして立ち上がった。
「あれは、氷炎伯……」
氷炎伯を先頭に、数え切れないほどの騎馬隊が地響きを立てて目の前を通過して、少し遅れて馬車が駆け抜けていった。
「あの子たちの馬車です」
「いくらなんでも出陣が早くないですか?」
「ああ、あなたの意識が戻ったのは、5日目なのです」
「え?」
ポルターは睡眠不要の自分が5日間も気を失っていたとは想像もできなかった。王妃は説明する気がないのか解説を続けた。
「ここは王都南部の平原です。そして向こうに見えるのが氷炎伯軍の本隊です」
西に向けて銀の軍勢が白波のように進んでいく。
「公爵城へ向かっているのですか?」
「そうです。すでにメロ伯爵の背後を突いて交戦は始まっていますが、じきに決着するでしょう」
「王都の軍は動かないのですか?」
「戦士長が人質となったのが効を奏しています。あとは息子が着けば収まるでしょうね」
「これは…つまり、俺を安心させるために見せてくださっているのですね」
「あなたは時折飲み込みが悪いので。では、王都に参りましょう」
「酷い……」
王妃はポルターの手を取り今度は王都の本陣へと移動した。天幕では騎士団長と戦士長が談笑しており、やがて早馬が着いた。
「――伝令! 辺境伯軍がこちらに向かっております!」
「砦には間違っても手を出すなと伝えよ。私もすぐに出る!」
騎士団長は、戦士長に一礼して天幕を飛び出して支度された馬で駆けていった。
「この後、王太子はどうなるのでしょうか……」
「残念ながら処刑は覚悟せねばなりません。氷炎伯がうまくやってくれると良いのですが……」
「マルヴァンテとの取引でしょうか?」
「あれなら息子が一蹴しましたよ。あの子は裁きから逃げるつもりはありませんでした」
―王家の責任を果たすというのは、丸く収めることではなかったか
「もはや、祈る他ないですね」
そこから数時間が経ち、氷炎伯と王太子が姿を現して、天幕の戦士長は解放された。
騎士団長と共に真の賊はメロ伯爵と宣言して、出陣の支度を命じた王太子は氷炎伯の元に戻った。
「我らはこれからメロ伯爵の領地へ向かう。王都を預けて良いか?」
「いいだろう。任せよ」
「うむ。騎士団長、すぐに出発だ! 陣は氷炎伯にそのまま預けよ!」
「はっ!」
東に向かう軍の隊列の中間に馬に跨る王太子が居た。王妃は、成長した子をただ慈しむような眼差しで見送りしばらく動かなかった。
「さて、娘はこれからどうするのでしょうか」
「氷炎伯は、姫様を王に推挙なさるおつもりですよ」
「ポルター。私はあなたと共に娘を見てきましたが、あの子は根が優し過ぎるのです」
ポルターは、どうするの意味を取り違えたことを慌てて謝罪した。
「申し訳ありません。いつも見守っていらっしゃったのを失念していました」
「良いのです。ただ、あの子は期待に応えようと無理をしていないか心配なのです。これは、過保護ですかね」
「姫様なら大丈夫ですよ。誠実さとは何かを心よりご理解されていますから!」
―ピシャリ!
「痛っ! って……いきなり何を…なさるのですか」
「少しモヤリとしました。これは嫉妬のようなものですかね」
「勘弁してくださいよ……」
「娘は城へ向かいましたね。私たちも戻りましょうか」
王妃はさっと身を翻すと門に向けて歩き始めた。
「あれ、飛んでいかないのですか?」
「ポルター、胸を張りなさい。これはあなたと私の凱旋なのです」
王妃はまたニコリと笑い、ポルターを率いて威風堂々と王都に足を踏み入れた。
続




