雨過天晴
2日後、ポルターは街道を全力で走っていた。
「畜生、よりによって!なんで馬なんだよ!」
朝方にカランが屋敷を訪れて王太子と王女の会談を申し入れ、氷炎伯と王女が一緒に馬で出掛けたのだ。
「ええと、確かこっちに曲がったぞ」
木立を抜けると谷間に向かう道の彼方に三人を見つけ、ひたすら追跡する。
幸いにもまだ乗馬に慣れていない王女のおかげで見失うことなく到着した先は、高い塀で囲まれた白亜の館だった。
3人は庭先に馬をつないで中に入るとホールで王太子が出迎えた。
「ただいま戻りました」
「ご苦労であった」
「兄上……」
王太子はちらっと王女を見たが、氷炎伯に近づいて小声で告げた。
「初めは付き合えよ」
氷炎伯は情けないとかなんとか首を振りながらついていくと、王太子は広間ではなく、テラスのベンチに陣取った。
「カラン、茶を頼めるか。俺にはワインを」
「はい。すぐにご用意致します」
「すでに新婚気分を楽しんでおるな」
「ふざけるな」
「ふふ、照れておるわ。殿下、座っても宜しいか?」
「ああ、そうか。侍女がおらぬのは何かと不便だな」
気が利かなかったと詫びないのは、育ちであって悪意はない。
王女と氷炎伯が一人掛けのソファにそれぞれ腰掛けるとカランが飲み物を用意してきた。
「それで、その……妹よ、久しいな」
「またお会いできて光栄にございます」
「うむ……氷炎伯?」
「気持ちは分かるが、我は口を出さん」
「そうか。では妹よ、まずは聞くが、俺を恨んでいるだろう?」
「別に。兄上こそ私を憎んでいらっしゃいますよね?」
王女が精一杯ぞんざいな物言いで迎え討つと王太子はワインを煽って王女を睨みつけた。
「お前、見ないうちに変わったな……」
「それはもう。幾度も追われれば変わりますよ」
「ふん。こいつは、やはり恨んでおるわ」
「おい」
氷炎伯は思わず口を挟んだが、王女は手で制した。
「これが我ら兄妹なのです。兄は誰であれ尊大に振る舞うよう躾けられ、私は自由奔放に育てられたのです。ですよね?」
「……クソッ。お前は……いや、俺はどうして……!」
後ろに控えるカランがうなだれる王太子の肩にそっと手を置いた。
「カランやるじゃん!」
ポルターはカランが側仕えでなくなっていることに思わず声をあげた。
「兄様。今日は和解と聞いて飛んでまいりました。その気でなければ私はここには来ておりませんよ」
「分かっている……俺が問題なのだ……」
「母上のことは水に流してはいただけませんか?」
「……本当は、そうしたい……だが、それは母の無念を裏切るのではないかと思えてならんのだ」
氷炎伯が無言で立ち上がり庭へと消え、カランも静かに離れた。
「今のお言葉で十分です。私はそれだけの過ちを犯しました」
「いや、違うぞ……俺は父に復讐を遂げて終わりにするべきだった。だが……」
王女は王太子が抜け出せない袋小路を導くのではなく壊した。
「もう、全てマルヴァンテの責任にしませんか?」
「お前……」
「私たちに罪があるのは否定しません。ですが、それは、あの毒婦を見抜けなかった罪。母上も父上も皆、あの欲の怪物に……怪物に……」
王女は突然泣き出し、王太子は長い間狼狽えてやがて覚悟を決めた。
「…結局は俺もその怪物だったのかもしれん。お前に罪をなすりつけ、言われるままに濡れ衣を着せたのは、俺自身の玉座への妄執だったのだ……」
「……ううっ……」
「妹よ、俺は今の今まで不誠実だった。お前への憎しみは己の欲を誤魔化す言い訳だというのに、お前に罪を背負わせようとするとはとことん救いがない愚者だ」
「兄様……」
「いくら詫びても許されまいが、まずは王家の責任は果たさねばならん」
「…どうなさるおつもりですか?」
「王都に戻り戦を止める」
「お一人で?」
「お、おい!話の腰を折るな。氷炎伯! 貴様は俺に手を貸す気はあるか!」
氷炎伯とカランがゆったりと戻ってきた。
「まったく、お主は借りてばかりではないか。王には向かんから玉座は諦めよ」
「手厳しいが、返す言葉もないな。それで、どうなのだ?」
「是非もない。うちの戦士長が王都からまだ戻らんのだ。急ぎ軍を進めるから付いて参れ」
「いいだろう、殿は任せよ」
「たわけ。引きずって連れていくぞ」
―終わった……のか?
ポルターに使命を果たした合図、目眩が訪れた。だが、これまで経験したこともない激しい目眩と浮遊感が襲い、世界がグニャリと歪みながら、意識が遠のいていく。
「うわあ……なんだこれ……! 気持ち悪い……何か……おかしい……」
ポルターは、記憶の風景ではなく闇に呑まれた。
続




