清濁併呑
次の日、氷炎伯は執務室でカランに暇を与え、王太子の側仕えに戻した。
「すぐにあやつを連れて湯治に行け。下女はつけぬから貴様が世話をしてやれ」
「はい……」
「なんだその気の抜けた返事は」
「も、申し訳ございません! その…どこまでも甘えてよいものかと」
「知るか。貴様らのせいで屋敷が息苦しいのだ。さっさと支度して出ていけ」
「はっ!」
深く頭を下げたカランの目から涙が落ちて、カランの感謝の気持ちを静かに伝えていた。
「まあ、氷炎伯の半分は本音だろうがな」
広い屋敷とは言えひとつ屋根の下ではいつ出くわすかわからない。気掛かりは当人たちだけではないのだ。
氷炎伯は王太子とカランを屋敷から追い出した後、王女を訪ねて顛末を話した。
「私から会いに行った方が宜しいでしょうか」
「だとしても、やつが折れてからだな」
「はい」
「とにかく屋敷は今まで通りだ。花壇でも何でも好きにしておれ」
「御心遣い、ありがとうございます」
部屋を出た氷炎伯は執務室には戻らず、屋敷の裏手にある隧道を奥へ奥へと進んでいく。出口は鉄格子で塞がれていたが、氷炎伯が番兵に声をかけるとすぐに脇の扉が開いた。
「なんだ、ここは?」
山肌を削って作られた空き地に古い石造りの家が立っている。窓は全て鉄格子が嵌め込まれ、切り立った崖から流れる水を受け止める小さな貯水池の脇には作業台が並ぶ小屋がある。
―獣の解体所か
「やつを連れてこい」
氷炎伯は小屋に向かいながら戸口の番兵に命じると、小屋から木の椅子を引っ張り出してきて空き地で腰掛けた。
やがて番兵がマルヴァンテを連れてきた。
「住心地はどうだ?」
涼しい顔で聞く氷炎伯に手枷を嵌めたマルヴァンテが憎憎しげに口を開く。
「こんな扱いをして、覚えておきなさいよ!」
「思ったより元気で安心した。だが、臭うな」
氷炎伯は水桶を取りに行き、マルヴァンテの頭からかけた。
「……ッ!! ぶはっ……! ゲホッ、ゲホッ……!」
「これでマシになった。話を続けるぞ」
マルヴァンテは怒りなのか寒さなのかわからないが震えながら氷炎伯を睨んでいる。
「王太子殿下は保護した。貴様が吐かぬから二人ほどダメになったがな」
「……なら、もういいでしょ。さっさと王都に引き渡しなさいよ」
ポルターは、一見本音で話しているように見えるマルヴァンテの子供っぽい態度が作りものだと思った。無力さを滲ませて強者に取り入る磨きあげた処世術なのだろう。
「何を言っている? 貴様は我が領地で裁かれるのだ。我を嵌めた罪でな」
「そんなの伯爵が許さないわ」
「だが、我が国の法はそうはなっておらん。それにメロ伯爵ももう長くない」
「え?どういう意味よ?」
「我が逆賊として討つ」
「はあ? 逆賊の証拠なんてないでしょ」
「幸い今は乱世、我が動くのに証拠など無用だ」
「そんなこと……! 王太子だって無事じゃ済まないわよ。裁判で道連れにしてあげるわ」
「ほう。それが貴様の切り札か」
「せっかく助けたのに残念でした」
「確かに貴様は入れ知恵の張本人で、貴様の意のままに悪事の証拠や証人は出てくるのだろうな」
「そういうこと。伯爵の息子にも全て教えてあるから私を始末しようが無駄なのよ」
「それで?」
「それでって何よ。あんたはなんだかんだ言いながら王太子を保護したじゃない。見捨てられないんでしょ?」
「いや、戦を収めるのに必要なだけで、あとは自業自得だ」
「ふふ、強がらないで。兄妹仲良くなんて甘いこと言ってたじゃない」
マルヴァンテは氷炎伯が王太子を見捨てるとは考えておらず、合理的な提案なら乗ってくると踏んでいる。
「ちなみに何が望みなのだ?」
「伯爵の息子の居場所を教える。代わりに私を国外に放免なさい。もうこの国に居場所はないから強請ることもしない。どう?」
「ふむ。王太子に話しておこう」
「早めにね。あんたも、中央のドロドロには関わらない主義だったでしょ?」
「大して面識はないはずだが、まあいい。一度預かる」
氷炎伯は番兵に合図して面会の終了を告げて立ち去った。
ポルターは、氷炎伯が王太子の意志を尊重する姿に少しモヤモヤとした。即決即断で周りに有無を言わせない理想像から外れているからだ。
「でも、処刑されたら姫様も悲しむだろうからなあ……」
ポルターは番兵に色目を使いながら家に戻されるマルヴァンテの首を刎ねてやりたくなったが、いつか自分が口にした言葉を思い出して呟いた。
「違うな。俺の使命はこれじゃない」
続




