左顧右眄
翌朝、王太子を誘拐していた船が港に曳航されてきた。救出された王太子は憲兵に担架で運ばれ、港で待ち構えていたカランと感動の再会を果たした。ポルターは、これが使命の終点ではないのを分かっており、カランのために少し離れた場所から見守っていた。
カランが辺境の暮らしで得た心境の変化は、彼女の死を遠ざけただけで未来を確定させたわけではない。王太子の意志がカランと同じ境地に至らない限りは、使命は終わらないのだ。
「そういえばカランは、船で故郷を案内したいと願ってたっけ…」
ポルターは、船に乗り込み旅に出る二人を想像した。それを見届けるのがポルターが使命を果たす瞬間なのだろうとぼんやりと考えた。
ポルターは、王太子が逃げずに王女と和解することを見守るしかないが、王太子にはカランが付いている。
「きっと何もしなくてもうまくいくんだろうな…よし、姫様と帰ろう」
ポルターは王太子を乗せた幌馬車の列から離れて王女の元へ向かった。
館は既に撤収が始まっていた。王女とモエは馬車に乗り込み出発を待っている。氷炎伯は戦士長と立ち話をしていたが、ポルターが近づく間もなく馬車に乗り込んでしまい、近衛を先頭に車列が動き出した。
「凱旋なんだから、ゆっくりと頼むぞ」
そんなポルターの願いは聞き届けられず、土煙を上げながら走る車列からぐんぐんと離され、昼近くには完全に見失っていた。
「やっぱこうなるよな。あれ、そういえばこの辺りで呪詛吐いて雷で打たれたな。なんて言ったんだっけ」
ポルターは、ろくでもない旅情に浸りながら歩く。本来であれば郷愁に感傷的になっても良さそうな風景だが、孤独感を煽らないよう軽口で誤魔化したのかもしれない。
「よーし。到着」
氷炎伯の屋敷に着いて真っ先に王女の部屋を訪れたポルターは、王女の湯浴みに出くわして一目散に執務室に駆け込んだ。中では氷炎伯と戦士長が話をしていた。
「―メロ伯爵の軍勢が公爵の最終防衛線を打ち破ったと報告を受けております」
「存外早いな。ギデンズ侯を欠いて士気が落ちたか…」
「王都に軍を進めますか?」
「いや、公爵城とて簡単には落ちまい。騎士団長に密使を送って王太子を迎えに来るよう諭すのはどうだ?」
「信用しますかな」
「ヘイブンの騒ぎは、じきに耳に入るはずだ。メロ伯爵がいいように触れ回る前に王都の軍を封じるにはそれなりの証人が必要だろう」
「では、私が直接参りましょう。人質として逗留すれば向こうも断れますまい」
「自分の使いどころを心得ておるな。では明日までに書状を用意しておくから、貴様は馬から落ちぬよう早めに休め」
「はっ」
氷炎伯は、戦士長が下がらせ一人になると机に溜まった書類に溜め息をついた。
―バカンスは終わりか
ポルターはマルヴァンテがどうなっているか気になったが、誰も口にすらしないまま
3日が経ち、王太子とカランが屋敷に到着した。
一緒に戻った執事がヘイブン評議会からの書簡を届け、文官の会議がすぐに開かれたが、今は王太子だ。
貴賓室には王太子の他に、カランとモエが居た。
「おお、そなたがカランを治療してくれたのか!」
モエはさすがに空気を読んで深くお辞儀をしたが、すぐにいつもの調子に戻った。
「カラン。なんて話したの?」
「大層無礼な恩人とお伝えしました」
「むう。なら無礼でいい?」
「いやっ!それは、できれば…」
「構わんぞ。人でなしの俺でもカランの恩人の首は刎ねん」
「また首の話。やっぱり夜逃げを考える」
「モエ殿…」
王太子は憑き物が落ちたかのように柔和な振る舞いを見せていたが、氷炎伯が訪ねて来ると以前と同じ険しい態度で威厳を保たんとしていた。
「二人は下がれ」
氷炎伯の冷酷な物言いで空気は一転し、モエはそそくさと部屋を出てカランは少し躊躇いながら下がった。
「……まずは、助けてくれた礼を言う」
「それはいい、臣下の義務だ。ところで二人には伏せるよう命じていたが王女殿下は今この屋敷におる。無理にとは言わんが、戦を止めるためにはお主らの和解が必要なのだ」
「……マルヴァンテはどうした?」
「捕らえてある。が、今やつを突き出したところで水掛論が始まるだけだろう」
「…今更和解などできるだろうか」
「知らんわ。なんなら王女に鞭でも持たせるか」
「馬鹿を言え。過ちとは言え妹に俺を裁く権利はない」
「王妃陛下のことか…だが、そこを越えるのがお主の試練だ。我に言えるのはただ一つ、『誠実であれ』だ」
王太子は深く溜め息をついて黙りこくった。
「気が変わったら言え。王女はすでに覚悟はできておる」
そう言い残して氷炎伯は出ていった。
王太子はベッドに身を投げ出して天井を見つめた。
「誠実とは手厳しい…王家の立場では無理な話だぞ………」
続




