九分数功
―ポルターはフラフラと岸を離れる舟を心配そうに見送ってから地下道を駆け抜けた。
セーフハウスの中庭には氷炎伯の重装歩兵が陣取っており、路地にも通りにも兵がうろついている。昨日の騒乱で大規模な侵攻が行われたのだろう。館まで戻ると立入禁止となっており、こちらは憲兵で溢れていた。
「執事さんは…庁舎かな」
庁舎に着くと、軍が完全制圧しており、役人は皆拘束されている。
ポルターは雑然とした中で市長と執事に加えて不機嫌さを隠さず話す戦士長を発見した。
「―我が領主を謀殺しようとは、とんでもないことをしてくれましたな」
「……私は…!」
市長を遮った戦士長が、憲兵隊が素直に吐いたと告げると市長は崩れ落ちた。
結局市長はマルヴァンテを裏切れなかったらしい。
大して心配はしていなかったが、王女らと合流できないポルターは少し落ちつかない。
「地下道の長さからしてそんなに離れていないと思うが、姫様大丈夫かな…」
昼近くに戦士長の元へ伝令が駆け込み、戦士長を伴って庁舎裏の公園広場に駐屯する軍の司令部へと案内した。
「無事だったあ…」
天幕の中で、王女はまだ興奮覚めやらぬのかカランを相手に新たな冒険譚を紡ぎだしている。モエは…氷炎伯に遠慮なくもたれて眠っている。
ポルターは戦士長の後ろで長い長い溜め息を吐いた。
「大捕物でしたな」
「うむ。さすがに疲れた」
「すぐに部屋を用意致しますゆえここでお待ちください」
「マルヴァンテはどうだ?」
「はい。手足を縛り上げて猿轡を噛ませて檻に入れてあります」
「すぐに領内に連れて行け。檻に近づく者は外交官であれ問答無用で殺せと通達せよ」
「はっ」
一同は、馬車に乗せられ、軍事パレードのよような規模で移動してすぐ近くの館に入った。
「使用人までは手配できませんでしたが、何卒ご容赦を」
出迎えた兵士の言葉は、氷炎伯にではなく王女への気遣いだ。
「構わん。皆、一先ず休むぞ」
近衛に厳重に警護された館を夕陽が朱色に染めた頃、氷炎伯が部屋から出てきて戦士長を館のサロンへ呼んだ。
「貴様は少し休め。代わりに王太子捜索の進捗が分かる者を寄越せ、急がずとも良い」
「はっ」
日が落ちる頃、ヘイブンの評議会議長と数人の文官がやってきた。
「この度は、本当に申し訳ございませんでした!」
全員が床に頭を擦り付けて赦しを乞う。
―この地方の文化なのだろうか
「まだ赦しはせんが、今は殿下について報告を聞きたい」
「はい!現在、お教え頂いた船を追跡しておりますので一両日中にはなんとか…」
「分かった。用が済んだら軍は退くが、それまでは港や国境の出入りは諦めよ」
「承知致しております!それで…市長はいかがされますか?」
「我らが保護し、国際裁判で証言を終えたらうちの税務局で引き取りたいが、宜しいか?」
「……左様でございますか…」
「平時であれば、貴様らの悪事などどうでも良いがこうなったら覚悟はしておけ」
議長は消え入りそうな声で了承し、氷炎伯は良い報せを待つと告げて追い払い、控えていた兵士に目を向けた。
「お食事の用意が整いました」
「よし!皆を叩き起こしてここへ呼べ」
「ですが、王女殿下は、宜しいのですか?」
「軍の食事を学ばせる良い機会だ」
中庭で開催された氷炎伯の食育は過激だった。魚介を煮込んだシチューはともかく、オオトカゲの丸焼きを毟って渡された王女は皿でも呑み込んだような顔をして長い間観察をしていた。
「王女。味は鶏」
「ええ…?」
モエに好物と同列にされて、より複雑な顔になったが、思い切って口にした王女は究極の愛想笑いを浮かべた。
「カラン、明日には殿下に会えそうだぞ?」
「ほほほ、本当ですか?!」
「まあ、生死まではわからんがな」
しれっと意地の悪い言葉で返した氷炎伯は、挙動不審なカランにニヤリと笑いかけ、大丈夫だと肩を叩いた。
「王女はどうする?」
「……私は、皆さんが落ち着いてからにします。すぐに会えば兄も貸し借りだと言い出しかねません」
「なるほど。一理あるな」
「何より戦を治める話ですから…」
「戦は我に任せよ、お主らは王家の未来を考えて語らうが良い」
「氷炎伯。優しい」
「茶化すな馬鹿者。だが、貴様の首が繋がっておるということは、我も変わったのかもしれんな」
「うん。夜逃げしなくて良かった」
赤々と揺れる焚き火に照らされる四人は、まるで何年も共に修羅場をくぐり抜けてきた往年の戦友のように笑い合っていた。
暗闇からその温かな光景を見守るポルターは、いよいよ間近に迫った自分の使命の終わりに思いを馳せていた。明かされるであろう未練の正体に淡い期待を抱きつつも、目の前にいる大切な仲間たちの笑顔をいつまでも見ていたいという、少し切なく寂しい感情に包まれていた。
続




