千変万化
ポルターは螺旋階段を上り切り、通路を塞ぐ頑丈な扉を抜けて呻いた。
「あの野郎……」
地下より遥かに大きな洞窟にはあちこちに木箱が山積みにされており、大勢の男女が作業をしている。
そこは密輸組織の倉庫で、セーフハウス自体が組織の仕掛けた罠だったのだ。
「30人てとこか……マルヴァンテはどこだ」
ポルターは洞窟を進むとすぐに海に突き当たり、粗末な桟橋にボートが係留されている。その先には船室がついた小型の帆船が浮かび、マルヴァンテがその甲板で護衛らしき者たちと談笑しているのが見えた。
「作業をしているのは奴隷……始末するのは流石に不味いな。それに騒ぎを起こせば逃げられかねん。どうしたものか……」
ポルターは試しに海に入ったが、海底から船へは到底届かずすぐに諦めた。
「はあ。仕方ない、やるか……」
ポルターは壁際に置かれたランタン用の油壺をひとつまたひとつと影に紛れて船に運び、船尾に油を撒いていく。客室が死角になっているため気付く者はおらず、ポルターはもう一度深く溜め息をついて、船室の戸口に掛けられたランタンを高く持ち上げ叩き落とした。
―ガシャン
ガラスが割れる音と共に炎が上がり、船尾全体に一気に燃え広がり黒煙が立ち昇る。
「おい、火だ! 消せ!」
護衛は縄のついたバケツで海水を汲んでは消そうとしたが、船室が火に包まれたところで全員が海に飛び込んだ。
「マルヴァンテは!」
ポルターはマルヴァンテが溺れていないかと海面を見渡すと、護衛に支えられながら浮かんでおり、やがて桟橋を離れたボートに救出された。
「何をやってるのよ!」
ずぶ濡れになった夫人は桟橋で怒り狂い、跪く護衛の一人を海に蹴落として、着替えを出せと叫びながら洞窟の奥へと歩き始めた。
「ざまあないな」
炎を上げながら焼け落ちて沈んでいく船を背に笑うポルターは、騎士というより蛮族の王のようだった。
マルヴァンテは洞窟の一角に建てられた小屋に入っていった。着替えと言っていたためポルターは外で待ったが、洞窟の奥から叫び声が聴こえ、ポルターは胸がざわついた。
「捕まえたぞ! 捕まえた!」
走ってきた男の不穏な言葉にポルターは螺旋階段へ走ったが、扉から出てくる王女たちを見て立ち止まった。
「なんだ? どうなっている?」
ポルターの狼狽は血塗れのロッドが打ち消した。
―押し切られたのか
10人ほどの男が一団を取り囲み、王女らを湿った地面に座らせた。全員の無事を見て安堵するポルターだったが、同時に激しく後悔して唇を噛み締めた。
「くそっ、調子に乗って警戒を怠った」
カランと氷炎伯への絶大な信頼が油断を招き、味方を盾にした敵が追ってくるなど想定していなかったのだ。
「今日の作業は終わりだ! 地下から帰れ!」
作業員が帰され、静まり返る洞窟に残ったのは取り囲む男らとマルヴァンテの護衛が3人。ポルターは始末しにかかろうとしたが、弩が一団を狙っているのを見て思い留まった。
――どうする?
迷うポルターの背後から足音が近づき、黒のドレスに着替えたマルヴァンテが現れた。
「氷炎伯様、今日は互いに厄日ですね」
急いで纏めた髪はやや乱れ、煌びやかなドレスとアンバランスだが、却って妖艶さが増している。
「殺すものだと思っていたが何のつもりだ?」
「評判通りの野蛮さね。私はあなたとは趣味が違うのよ」
「それで、用件はなんだ?」
マルヴァンテは氷炎伯を無視して王女に顔を寄せた。
「王女殿下ご機嫌よう。床が冷たいでしょうから場所を変えましょう」
マルヴァンテが歩き出すと護衛が氷炎伯と王女を立たせて後に続く。
「そっちは縛り上げてから舟を取ってきて。何だか知らないけど燃えてしまったの」
護衛の一人が見張りを二人残し、他の男たちはカランらを後手に縛ってボートに向かった。
マルヴァンテが向かった洞窟の突き当たりには天幕が建てられており、王女と氷炎伯は中にしつらえた応接用の席に座らされた。
「随分と余裕だな。反撃するとは思わんのか?」
「王女をどうやって護るの?」
「……」
「縛り上げないのは私の誠意。 粗野な男が淹れたお茶で申し訳ないけど、どうぞ」
護衛の一人が茶を並べて王女の後ろに立った。
「なぜ殺さん?」
氷炎伯は改めて問う。
「殺す殺すって、本当に野蛮ね。さっきも言ったでしょう……趣味が違うの」
「ほう、どんな趣味だ?」
「……私は奪うのが好きなの。でもそれも少し飽きちゃったのね。で、ある日奪われた者の屈辱にゾクゾクするのを見つけちゃったのよ」
マルヴァンテは子供のように嬉々として告白した。氷炎伯が天然ならマルヴァンテは狡猾な人たらしなのだろう。
「そんな趣味が合うか。ゲスが」
「残念。それで、この先なんだけど知りたいでしょ?」
「話したければ勝手に話せ」
「まず、宣言します。両殿下もあなたも殺しません」
「……」
「王女殿下にはずーっと人質になってもらって、かの氷炎伯に首輪をつけて眺めるの」
マルヴァンテを睨む氷炎伯の隣から凛とした声が響く。
「無駄です。私は自害しますよ?」
「あらあら、王家のものが恥知らずな。臣下のために命を投げ出すなんて……子供の頃から変わらないそれ……大嫌いだったわ」
「私も、城に迷いこんだ娼婦のようなあなたが好きではありませんでした」
王女らしからぬ痛烈な応酬にポルターは舌を巻いた。
「無力な小娘が生意気な」
マルヴァンテが険しい表情で吐き捨てた。
氷炎伯は鬱陶しいと呟き、制した。
「まだ話が反れるなら、我は帰るぞ」
状況など構わず平然と席を立つ氷炎伯にさすがに驚いたのか、マルヴァンテが止めた。
「あなた、どういう状況か分かってるの?」
「貴様は我を殺さんと言った。両殿下は人質として貴様の手中だ。まだ我に用があるとは思えん」
「はあ? そんな勝手は許さない。座らなければ、手下を海に沈めるわ」
「生憎だが、我は王女ではない。臣下が主君の足を引っ張るなど論外だ」
「座らせなさい!」
護衛が肩を押さえつけようとすると氷炎伯はするりと躱し、マルヴァンテを羽交い締めにして囁いた。
「我に人質が通用すると思うなよ?」
続




