死屍累々
王女たちの一団は、宙に浮かんで揺れるポルターのランタンの灯りが見える距離を保ちながら、静かに後ろをついていく。カランが分析した通り、姿なきポルターと言えど、一行にとって最大の脅威は暗闇から放たれる矢だった。
「♪キッシー、キッシー、伝説のキッシー〜」
緊張感の欠片もない怪しげな歌を心の中で口ずさみながら進んでいたポルターだったが、不意にランタンを足元へ静かに置いた。
「気配が二人。灯りに気づいたな」
暗闇の先で、一人がクロスボウに矢をつがえながら慎重に近づいてくる。もう一人は短剣を構え、警戒気味に後ろを気にしていた。弓の男が仕留められたら、奥の仲間に応援を呼びに走る腹づもりだろう。
ポルターは音もなく弓を構えた男の背後に回ると、氷炎伯から授かったナイフでその首筋を一気に掻っ切った。
「ッ――!?」
男は声も出せず、血を噴き散らしながら一瞬で崩れ落ちた。
短剣の男は相棒の突然の死にパニックを起こし、進むべきか逃げるべきか迷っている。ポルターはそれを見逃さず、足元のランタンを引っ掴むと、猛然とダッシュした。
暗闇の中から、ものすごい勢いで自分に向かって迫ってくる孤立した灯り。男は恐怖に悲鳴を上げ、脱兎のごとく踵を返して逃げ出した。
ポルターは再びランタンを路面に置いて、男のを猛追した。
「ハッ、こっちは毎日毎晩、暗闇を走り込んでるんだよ!」
先に灯りが見え、いつの間にか地下道は緩やかな上り坂へと変わっている。
「て……敵だーッ! 敵が来たぞ!!」
男は叫んだのを合図に、足がもつれ、その場に膝をついた。ポルターは男を追い抜いて灯りの漏れる広場へ飛び出すと、そこは広い天然の洞窟になっており、二十人近い武装した男たちが焚き火を囲んで溜まっていた。
「敵だと……!?」
「来たか。しゃあねえな、仕事だ」
男たちはめんどくさそうに弓や槍を拾い上げ、地下道の出口へ向けて散開した。
全員が洞窟の闇を鋭い目付きで凝視する中、先ほど逃げてきた短剣の男が息を切らせて戻ってきた。
「 ッ……! 数は不明だが……ワームがやられた……!」
「おいおい、見張りくらいちゃんとこなせよな」
「……うるせえ!」
舌打ちした男が地下道を下り始めると、ポルターは闇から忍び寄り、即座にその首を仕留めた。ドッと倒れた男に驚き、駆け寄ってきた仲間たちも、何が起きたか分からぬまま折り重なるように次々と倒れていく。
「……おい!? 一体どうなってやがる!?」
「弓じゃねえ……! 全員、一突きで殺されてる……!」
「な、なんだよこれ……やべえぞ……!」
ポルターはパニックに陥る残党を一人、また一人と闇の中から始末していき、最後の一人となった短剣の男の太ももを鋭く切り裂いた。
―こいつは道案内だ
激痛に悲鳴を上げ、血を流してのたうち回る男を放置し、ポルターは置き去りにしていたランタンのもとまで戻った。それを軽く上下に振って前進の合図を送り、ゆっくりと歩き始めた。
やがて追いついてきた盾持ちの護衛が、通路に転がる死体の山を見回して戦慄の呻き声を漏らした。
「……これはまた……凄まじいな……」
ポルターは、死んだ振りを決め込んで息を潜めていた男の尻をナイフで突き、甲高い悲鳴を上げさせた。
「捕らえよ!」
氷炎伯の鋭い一声で、護衛が即座に飛びかかり男を抑え込んだ。
「……うう……ひぃっ! 一体なんなんだよ、あんたらは……!?」
「この先には何がある?」
カランがすかさず前に出ると、冷酷な目で尋問を開始した。
「階段…その先は……大きな洞窟だ……船を隠すためのな……」
「上にはあと何人いる?」
「……知るかよ!」
カランは迷わず手斧の平で男の耳を強打した。
「ギャアアアァッ!?」
「聴こえなかったか?あと何人いる?」
「ご、五人だ! 五人いる! そ、それと……ボスが……!」
カランがチラリと氷炎伯を見やると、氷炎伯がそのまま尋問を引き継いだ。
「ボスの名前を言ってみろ」
「……マ、マルヴァンテ様だ……!」
「ほう。貴様らは、なぜここで待ち伏せをしていた?」
「ここに……王女が逃げてくるから……捕らえろと命じられて……」
「やはり罠だったか。貴様、えらく素直に吐くではないか」
「…へっ……どうせお前らは、ここから生きて逃げられやしないんだよ……船がなけりゃ、ここは完全な袋小路だ……! 海から増援が来たら、お前ら全員終わりなんだよ!!」
悪態をつく男に興味を失って氷炎伯が立ち上がる。
「素直に話した褒美を与える」
直後、カランの手斧が男の喉元へ一閃された。
後ろで王女が小さく悲鳴を上げたが、モエがすっと前に立ち、その凄惨な光景を見せないように遮った。
「これで決着へと言いたいところだが、マルヴァンテの命は取らん。王太子の居場所を吐かせ、処刑台へ送らねばならんからな」
氷炎伯は、姿なきポルターに聞こえるよう、あえて堂々宣言した。――「生捕りにしろ」という指示だ。
「お任せあれ」
ポルターは心の中で短く返事をすると、上り階段の入口にランタンを静かに置いた。
そして、その先へと続く薄暗い螺旋階段を、姿なき暗殺者として一人静かに登っていくのだった。
続




