騒霊騎士
隠れ家の広間は、重苦しい空気に包まれていた。
しんがりのロッドたちが一向に戻らず、セーフハウスの存在が敵に露呈している以上、このまま未知の地下道を進むのはあまりにもリスクが高すぎる。
氷炎伯は王女に長椅子を譲って横にならせると、自身は広間の木箱に腰を下ろし、隣に立つカランへ尋ねた。
「ここに立て籠もって増援を待つか、それとも進むか……」
「地下道の先は、一体どこへ通じているのですか?」
「分からん。知っていたのは殉職したグリーンだけなのだ」
「そうですか…進むとしても敵の弓が厄介ですね。ランタンを掲げて闇を進めば、格好の的にされてしまいます」
「敵…と言えばさっきの通路の死体、どうも妙だったな」
「はい。一見すると仲間割れか同士討ちに見えますが……狙撃手の命を奪ったあの矢が、一体どこから飛んできたのか……」
「モエ、あの狙撃手の死体を検めよ」
「分かった」
モエは一切の躊躇なく死体に歩み寄ると、拳を振り上げたり腕を突き出したりしながら、傷口の角度と弾道を真剣に計算し始めた。
「すまん、モエ。密室殺人現場を作ったのは俺なんだ」
ポルターは、声なき声で心の中で深く侘びた。モエは現場を丹念に歩き回り、やがて自信満々に推理を披露した。
「三人目がいる。狙撃手は背後から一突き」
「つまり、仲間割れか?」
「違う。その前に確認したいことがある」
「何だ?」
「カラン。幽霊見たよね?」
「……えっ!? は、はい……」
「多分、犯人はそれ」
「モエも幽霊を見たのか?」
驚くカランの隣で、氷炎伯は興味深く眉をひそめ、長椅子に横になっていた王女も身を起こした。
「見てない。でも、前に助けてもらったかも」
「カランを迎えに行った時に話していた、あの『黒地竜』の件か……。王女はどう思う?」
「ここにいらっしゃる皆様は……きっと、守護霊様に護られているのではないでしょうか」
「我らの部隊ならば姿を見せて合流するであろうが……いや、確かめようがないな」
暗闇の中で会話を聞いていたポルターは、ものすごく葛藤していた。
「見えざる者につけ回されている」という恐怖を相手に与えないため、これまで存在を隠し続けてきたが、この幽霊生活が始まって以来の最大の危機に、この呼びかけに応えるべきかどうか――。
「カラン、お前の暗器をテーブルに置け」
「はい」
カランが小刀をテーブルの上に静かに置いた。
――カタリ。
「守護霊!……いや、騒霊よ! 居るならば、その暗器を手に取ってみせよ!」
ポルターはまだ決めかねていた。幽霊として名乗りを上げるのは、流石に軽率ではないか…?
「そうか。ならば褒美付きでどうだ? 貴殿が我が問いに応えてくれるならば、『救国の騒霊騎士』の称号を授け、その誉れを歴史に刻み未来永劫語り継ぐことを約束しよう」
「えっ……マジで!?!?」
これまで単なる「怪奇現象」としか認識されず、王女の護衛騎士すら臨時採用に過ぎなかったポルターにとって、「救国の騎士として伝説になる」というのは願ってもない最高のご褒美なのだ。
妄想に溶かされそうかポルターは、最終判断を天に問う。
「天使様、ダメなら雷をください!」
広間は変わらず静寂と沈黙が支配している。
「いいんですね?撤回禁止ですよ? では、遠慮なく!!」
ポルターが、テーブルの上の暗器をフワリと宙に浮かび上がらせた。それを見た一同からどよめきが上がる。
「来たか……! 一騎当千の騎士よ!」
ここぞとばかりに持ち上げる氷炎伯は、まさに天然の人たらしであった。カランは二度目の体験だが、目の前で浮遊する刃に怯えている。
「氷炎伯。これどうするの?」
「騎士殿、我らの窮状は見ての通りだ。先に地下道へ進み、露払いを頼めるか? 応じてくれるなら、その暗器を元に戻してくれ」
ポルターは素直に従い、暗器をテーブルへ静かに降ろした。
「 では、貴殿がランタンを地面に置いた時は『止まれ』の合図とし、先行してもらえるか?」
「モエも試したい。分かったなら暗器もう一回拾って」
ポルターは苦笑しながら、再び暗器をフワフワと持ち上げた。
「カラン。なんかこれ、楽しい」
「そ、そうですか……?」
「王女よ、具合はどうだ?」
「奇跡のおかげで滾っております!」
「よし、騎士殿、これを使われるがいい」
氷炎伯は、自身の紋章が刻まれた美しく精巧な細身のナイフをテーブルに置いた。
「大剣でなく申し訳ないが、今の貴殿には目立たぬ小刃の方が使いやすかろう」
―恐悦至極に御座います
「よし、では出陣だ!」
ポルターは氷炎伯のナイフとランタンを宙に浮かせ、「いざ出陣!」と大いに気合いを入れた。
……しかし、誰も地下道への固い扉を開けてくれず、仕方なくポルターは浮かかせたランタンの底で扉を「コンコン」とノックした。
「いつも、肝心なところで締まらないんだよなぁ……」
続




