百鬼夜行
マルヴァンテの暗躍を確認してから2日後に王女と氷炎伯が到着した。二人に続いて馬車からカランと…モエが降りてきた。
―え、なんで?
「おお。立派な宿」
「本来ならば、平民が泊まれるような場所ではないから気をつけよ」
「氷炎伯。自慢?」
「たわけ。迂闊に他の客と話すでないと言っておるのだ」
「分かった」
王女とモエは続き間に案内され、カランが側仕えとなった。
「モエ殿はしばらくここで私と寝食を共に。王女殿下、ご信頼いただくにはまだ足りないかと存じますが、誠心誠意お仕えさせていただきます」
「カラン。誤解は解けたのですから、お互い水に流しましょう。頼りにしていますよ」
「勿体ないお言葉痛み入ります」
「ロッドさんもしばらくお願いしますね」
「はっ!」
ロッドは、モエが早速散らかし始めたのを見て慌てて止めに入り、専用の部屋が用意されていると荷物を預かり連れ出した。
「ロッド。ここ全部使っていいの?」
モエは厨房脇の使用人の食堂を充てがわれて早速荷を広げ始めた。
「必要なものはこちらの下女に言えば揃えてくれます。氷炎伯様からはすぐに取り掛かるようご指示をいただいております」
「分かった。任せて」
モエはロッドを追い払って薬の調合を始め、下女に大量の小瓶を用意するよう伝えた。
「傷薬かな…戦いの支度なら氷炎伯もここで決着をつける気なのだな」
到着してすぐに執事と打ち合わせを始めた氷炎伯はすでにマルヴァンテについて知らされているだろう。マルヴァンテも承知で目立つ動きをしているのを見過ごすわけはないので近いうちに動きはあるはずだ。
「姫様たちの安全は確保されたし、氷炎伯にくっつくか」
ポルターは護衛があちこちに立つ2階の貴賓室で護衛と同じフード付きのマントに着替えた氷炎伯を見つけた。
―どこかに出掛けるのだろうか
氷炎伯は、王女の部屋を訪ねて着替えるよう指示した。
「今日の夕食は屋台を回るぞ」
「歩き回って大丈夫なのですか?」
「無論だ。ここで毒入りのスープを飲まされるよりマシであろう」
「えっ…」
王女は毒入りという言葉に一瞬驚いたが、警戒を怠らない氷炎伯を頼もしく思ったか、屋台が楽しみなのかウキウキとして隣室で着替えを始めた。
「カランはついでにドレスを買うか。装具が隠れるような丈が良かろう」
氷炎伯は気を遣っているわけではなく、弱点を晒したままなのが気に入らないのだ。それをすぐに理解したカランは素直に同意した。
「モエは急ぎの仕事を頼んだゆえ、土産だな…ロッド、3人で人混みに紛れておけ」
「はっ」
王女が着替え終わり、ロビーへと降りると執事が待ち構えていた。
「お出掛けですか。市長がご挨拶に来られるそうですが、如何致しましょう」
「遅くはならん。酒でも飲ませて待たせておけ」
「承知致しました。ではお気を付けて」
宿を出た三人はフードを深く被り賑やかな海岸通りを練り歩き、ポルターは尾行を警戒したがロッドたち以外は誰も三人を気にする者は居らず、買い物と買い食いを満喫した3人は夕闇が濃くなった頃に宿に戻り、執事に出迎えられた。
「では、我はここで。お主らはモエに土産を届けて好きな時に休め」
氷炎伯は、執事に貴賓室とは別の個室へと案内された。中では市長が待っていたが、テーブルの酒には手を付けていなかった。
「なんだ、酒が気に入らなんだか」
「いえ、辺境伯様にご挨拶するのに失礼があってはなりませぬから…」
「そうか、では乾杯から始めるか」
執事がテーブルに杯を用意して、下がると市長は、氷炎伯が掲げるのに合わせ杯を呷った。
「それで、市長。今日はマルヴァンテ夫人の使い走りか?」
いきなり踏み込む氷炎伯に市長は、目を白黒させた。
「とんでもございません!あの方とは懇意にしておりますが、そのような関係に見られるのは心外にございます」
「今は国の大事ゆえ、少々急いでおるのだ。素直になってくれると助かる」
「いやいや…そう仰られましても。ここは中立都市で私めはその市長。どこかに肩入れするなど許されぬ立場ですので…」
「中立、か。それは力持つ者のみが選べる立場だ。貴様にその力はなかろう」
「……ですが本当に…」
「我は国の大事と言ったはずだ」
氷炎伯の淡々とした口調に込められた剣呑さに市長は耐えきれず白状した。
「………その、こちらにいらっしゃった真意を探れと…」
「なぜ気にする?」
「それは………分かりません」
「王太子殿下であろう」
氷炎伯の一言はカマをかけたに過ぎないが市長は顔からボタボタと汗を垂らしながら俯いたきりだ。
「中立都市の市長が誘拐に加担。虚偽の証言が発覚すれば裁判中の拷問が許されるが、明日にでも評議会に訴えてみるか」
「……加担など…私はただ見かけたら保護してくれと頼まれただけで…」
「そうか、市長はあの毒婦に騙されたのだな。さあ、もう一杯飲め。そして飲み干したら我の敵か味方か選べ」
「………」
氷炎伯は市長の杯になみなみと酒を注ぎ、顎で促した。市長は毒を飲まされるかのように長く躊躇ったが、震える手を抑えてどうにか飲み干した。
「…王太子殿下の行方は本当に知りません。恐らく船にでも隠したのでしょう」
「生かす理由がわからんな…貴様は知らんだろうが、マルヴァンテは王家を乗っ取るために両殿下の抹殺を企んでおる」
「ええっ!まさかそんな…」
市長の驚きは本物だ。王太子は敵対する王女を捕らえる誘い餌とでも聞かされているのだろう。
「王太子殿下は我に手紙を寄越したのだ。ここへ来たのは殿下を保護するためだ」
市長は自分がしでかした事の重大さに呆然とした。国家転覆に加担したのが明るみに出れば中立都市の条約は全て消し飛ぶのだ。
「……私は、処刑されるのでしょうか」
「知らん。だが、この先マルヴァンテに与するのは、進んで断頭台の階段を登るようなものだ」
「私はどうすれば…」
「職を辞して身を隠すのだな。だが、その前に協力して罪を償え」
「……マルヴァンテ夫人は辺境伯様と取引を考えているようでした」
「大方、殿下を人質にして静観しろとでも言ってくるのだろうな。船を全て検めることはできんのか?」
「お恥ずかしい話ですが、憲兵にもマルヴァンテ夫人の息のかかった者が多数おりまして私の力だけではどうにもならないのです」
「組織というやつか。ならば、こちらは捜索のために軍を入れる。評議会に伝えよ」
「承認には少々お時間がかかりますが…分かりました」
「噂だけでもマルヴァンテは先に動かざるを得まい。取引とやらを急いで貴様を通じて接触してくるであろう」
「確かに…それで私は、その…お目溢しいただけるのでしょうか」
「言う通りにしていれば、な?」
「それは勿論です!」
「互いに用件は済んだな。執事に送らせよう」
市長は馬車に乗るまで生きて帰されることを疑っている様子だった。それを見送るポルターは苦々しい表情で呟いた。
「クソッ。また、船かよ…」
続




