刀光剣影
ポルターがヘイブンに着いたのは夜遅くだった。先遣隊は着いておらず、明日だと踏んでポルターは散策を始めた。
「ボルソたちは姫様が来れば会えるとして、まずは地理を叩き込むか」
王都でやったように一晩中駆けずり回る地道な作業を終えたポルターは、灯台守が家路につく後ろ姿を見送って灯台から街を見下ろした。
「庁舎は分かったが、どこに逗留するのかは先遣隊待ちだな」
決して広くはないこの港町は至る所に宿泊施設が立ち並び、街中は観光や貿易の客で人が溢れている。大小合わせて100は下らない帆船が湾内に停泊し、港の倉庫街は昼夜を問わず盛んに積み下ろしが行われていた。
「先回りしたはいいが、この人混みでは先遣隊を探すのも一苦労だな」
ポルターは執事を頼りに街道で待ったが、度々似たような貴族の一団が通り過ぎるのを見て庁舎で待つことにした。
昼を過ぎた頃、執事が馬車から降りたのを見つけたが、役人に書状を渡した執事はさっさと庁舎を後にしたため、ポルターは慌てて後を追った。
「てっきり、市長と会談でもするかと思ってたわ」
馬車はよく手の行き届いた庭園に入り、豪華な建物の前で停まった。執事は支配人らしき人物に出迎えを受け、旧知の間柄なのか砕けた調子で話して一団を招き入れた。
先遣隊は夕刻まで外には出ず、ポルターはついて回って警備の概要を頭に入れた。
「あとは武器か…」
ポルターは、日暮れを待ち、昨夜漁港で目星をつけていた。魚を捌く工場が建ち並ぶ路地に向かい、無造作に置かれたナイフを少しずつ拝借して木箱に集め、深夜に建物に戻ってあちこちに隠した。
「これで良し」
翌日、先遣隊は周辺の偵察に出掛け執事の元へ市長がやってきた。
「わざわざお越しくださり、恐縮にございます」
「こちらこそ、ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
中立都市が有事は氷炎伯の庇護下に入ることを知っていたポルターは市長のへりくだった態度に違和感は抱かなかったが、王女の訪問についてやたらしつこく聞くことが気になって市長をつけることにした。
ポルターは、執務室で淡々と業務をこなす市長を日暮れまで退屈そうに見張った後にようやく成果に出会う。
帰り支度をした市長が庁舎の玄関に差し掛かったのを見計らって近づく女性、王太子の私室で見た妖艶な顔がそこにあった。市長は迷惑そうにしたが、諦めた様子で迎えの馬車に乗り込んで庁舎を出た。
「マルヴァンテ…やはりここで待ち構えているのか…」
ポルターはゆっくりと進む馬車を追った。やがて、歓楽街に入っていき塀に囲まれた建物の前で馬車は停まり、二人は中へと入っていった。
―私邸で食事、か
市長は席につくなり不満をぶち撒けた。
マルヴァンテは息巻く市長に笑みを崩さない。
「あのように庁舎に来られるのは、困りますな」
「あら、待たされるのは性に合わない市長に気を利かせたのに心外だわ」
皮肉の籠もった返答に苦々しい顔をした市長は、周囲を気にしながら小声で呻くように返した。
「…今は氷炎伯に見張られているのですぞ?」
「堂々となさっていれば、何も問題はない。ここも安全だから心配し過ぎ、ね?」
「ふん、それはさておき…此度は、王女殿下が知人を訪ねてくるとかで逗留なさるそうです」
「へえ。それ、誰だか知ってる?」
「さあ。教会には元の従者が勤めておりますが、戦の最中にそれだけで来るのは変だと言われれば、変ですな」
「密会、ではなさそう。出国の手続きとかしてないの?」
「まったくありません」
「うちの連中の網にもかからない。すると私かアレに気づいたかな…」
「おい!騒ぎだけはダメだ。いつものように味方できる相手ではないんだぞ?」
「大丈夫よ。アレを押さえている限り取引きになっても断れやしないわよ」
「さっきから、不敬な…」
市長はそれ以上聴きたくないと大仰に手を振った。マルヴァンテは、市長の焦りなど意に介さず飄々としたまま打ち切った
「いいわ、食事にしましょう。引続きお願い、ね?」
タイミングを見てマルヴァンテを始末する気だったポルターは、取引やアレと言う謎の言葉で思い留まった。
食事を終えた後、マルヴァンテは市長を馬車に乗せて従者を連れて歓楽街に向かい、貴族と美術品の商談を始めて深夜に先の建物とは別の建物に移動し、就寝した。
ポルターはひとまずと、建物から出たところで先遣隊の一人とすれ違った。
「早くも見張りがついたか。ここは任せて執事らの周辺を警戒するとしよう」
マルヴァンテが取引と言った以上、決定的な場は必ず訪れる。ポルターは、騎士の誇りを捨てるのに暫く時間をかけたが、世が明けきるころには不可視の暗殺者として決着をつける覚悟を整えて王女の到着を待つことにした。
続




