奇想天外
ポルターの朝は、モエとフォンがカランの脚を支える装具を開発していた驚きから始まった。
「フォン。そっち調整して」
「はい…カラン殿、きつくないですか?」
「大丈夫です。外側を少し伸ばしていいでしょうか」
幅広な添え木のような器具は膝から腿にかけて固定され、地面を添え木が直接支える構造になっている。
「カラン。高さは靴を先に履いてから」
専用に作られた革靴は、厚底にすることで真っ直ぐ立てるように考えたようだ。
3人があれやこれやと試して納まると、カランが歓声を挙げた。
「これは良い!」
膝の曲げは多少犠牲になるものの、カランはカツカツと音を立てながらスムーズに歩き、最後にくるりと回ってみせた。
「フォン。音がうるさい」
「確かに。先に革を巻きましょうか」
「内側はもう少ししなりが欲しい」
「モエ殿、十分ですよ……」
「カラン。口出し禁止」
モエのこだわりに苦笑するカランと、もはや助手と化している氷炎伯自慢の治癒師の姿を、ポルターもまた苦笑いしながら見守った。
やがて氷炎伯がやってきた。
「軍議を始めるぞ! ん、なんだそれは?」
「フォンの新作。カラン?」
モエの意を汲んだカランは歩き回ってひざまずいた。
「おお、やるではないかフォン」
「ありがとうございます。ですが、モエ殿のお知恵にございます」
「そうか、これは兵士の役に立つぞ。予算をくれてやるから量産できるよう煮詰めよ」
「はっ」
モエがすかさず手揉みしているのを見て氷炎伯は溜め息を吐き、褒美は考えておくと言ってカランを連れて出ていった。
軍議の始まりに氷炎伯は昨日の宿題の解答を披露した。
「決めたぞ。王女を連れて5日ほど逗留する」
「それはまた大胆な……」
「もはや王女を隠すまでもない。王女の元従者がヘイブンに居るのだ。我らはその護衛として街へ入る」
「なるほど。しかし、これ幸いと仕掛けてくるのでは」
「それも織り込み済みだ。誰ぞ執事を連れて安全確認を理由に先遣隊を送れ」
「はっ」
「市長への書状は王女が書いておる。受け取り次第出発せよ」
「はっ」
「畏れながら……」
カランが割り込むのは分かりきっていたと言わんばかりに、氷炎伯は手で制した。
「分かった、とは言わん。だが、足手まといは不要」
「必ずお役に立ちます!」
「ほう、ならば昼から訓練場で試してやる。それまで好きに支度しておけ」
「はっ」
カランに戦士の目が戻っていた。一礼して下がる足取りはややぎこちなかったが、もはや誰の手を借りる必要もない。
その後の軍議は主に接敵した際のルール策定に費やされ、昼になったところで終了した。
「俺は先遣隊について武器を仕込むかな……でも、カランと氷炎伯の試合は見たいな」
ポルターは王女の書状を受け取り次第出発と言っていたのを思い出し、部屋を訪ねると文官が控える中、書いては捨ててを繰り返す王女の姿があった。
ポルターは悪戦苦闘する王女をそっと応援してその場を離れて訓練場に向かった。
「フォン。やっぱりそっち」
「いえ、ここを少し削りましょう」
急ごしらえの氷炎伯討伐隊が念入りに装具の調整を重ねている。モエはひたすら筆を走らせてはフォンにあれこれ注文を出し、フォンの部下がひっきりなしに出入りして部品を加工し組み直す。
「カラン。どう?」
「はい。元の脚の感覚に近くなりました」
「むう。満点じゃない」
カランが不満そうなモエを宥めているうちに、氷炎伯と王女の従者に指名されていたロッドが入ってきた。
「まずはロッドと打ち合え」
「こちらでお願い致します」
ロッドがカランに差し出したのは木剣だ。
「二人共籠手をつけよ。怪我をさせるとモエが怒る」
「仕事増やさないで」
「ふふ、では始めよ」
二人が訓練場の中央に対峙した。
ロッドは気を遣っているのか、試すように軽く仕掛けてカランの動きを見る。カランも上半身を使って突きを躱し、感覚を取り戻そうとしているようだ。そこからロッドが自分が持つ型を一通り試し、カランが全て受けきったところで降参した。
「え?」
「我と交代だ。貴様の息が整ったら始めよう」
「はっ」
モエとフォンが装具を確認してあれこれ質問責めを始めた。どこまで装具にしか関心がない態度でベルトを締め直したりする二人を眺める氷炎伯に殺気など皆無だ。
「さて、始めるか。我からは打ち込まんから一本とってみせよ」
「はっ」
これは試合ではなく、カランの回復を仕上げるための儀式だとポルターは悟った。軽々とカランの攻撃を打ち払う氷炎伯は手を抜いているわけではないが、万全を以てしても勝てなかったカランがハンデを負っていては勝負にすらならないのだ。
息が上がったカランに氷炎伯が終わりを告げた。
「まあ、合格だ。ロッドと共に出発まで鍛錬を欠かすな」
「ありがとうございます!」
しがらみを捨てたカランは謙虚に力強く返事をした。
氷炎伯は、その後ロッドと打ち合いを始めてロッドの頭にコブができたところでモエに叱られて訓練場を立ち去った。
「カランが姫様を護る日がくるなんて考えもしなかったなあ……俺もこうしちゃいられない」
ポルターはそう呟くと、ヘイブンに向けて一目散に駆け出した。
「はぁ、走るのももう飽きてきたな。今更だけど、どこかに馬の幽霊でも落ちてないもんかねぇ……」
続




