慚愧懺悔
その後の軍議には税務局長ゴルダースも加わり、カランの証言を裏付けながら、王太子の足取りの予測を地図上へと書き込んでいった。
「誰も信用できない孤立無援の状況となると、殿下はまず中立都市ヘイブンを目指しておられるでしょうな」
税務局長は周辺の勢力図と、カランが示した潜伏ルートを照らし合わせ、王太子が中立都市を経由して国外へ亡命・退避する可能性が高いと導き出した。
「ならば、直ちにヘイブン市長へ殿下の保護を求める申し入れをいたしますか?」
「それはおすすめ致しません」
将官の言葉を、税務局長が即座に制し、一同が不思議そうに首を傾げる。
「マルヴァンテ夫人は、あそこの裏組織と深く通じております。税務局では、夫人は関わりどころか組織の首魁であり、市長すらもすでに籠絡されていると見た上で監視しているのです」
どよめく諸将を手で制し、静かに成り行きを見守っていた氷炎伯が口を開いた。
「つまり……マルヴァンテは中立都市ヘイブンで、王太子を待ち伏せて仕留める、と言うのだな?」
カランは落ち着きなさげだが、臣下という重しが効いているのか固唾を呑んで見守っている。
「おそらく。王太子殿下が裏組織と夫人の繋がりに気づいておられねば、極めて危険ですな」
「だが……他国との約定がある以上、我が軍をヘイブンへ直接踏み込ませるわけにはいかん。……よし、何か適当な理由を作って、我が街に入ろう。護衛の範疇であれば、軍であれ向こうも拒めまい」
「ならば、こちらの放っている密偵も協力させましょう。現地での道案内くらいのお役には立てますぞ」
「分かった。……今日はここまでにしよう。戦士長は引き続いて王都進軍の支度を整えよ。我は明日までに具体的な動向の策を練る」
軍議が終わり、会議室の灯りが静かに落とされるのを見届けたポルターは、街に降りて教会へと赴いた。
静謐な夜の空気が満ちる聖堂。ロウソクのほのかな光が揺らめく祭壇に向かい、ポルターは己の未熟さゆえに勝手な思い込みで苦悩していた非を、素直に吐き出したくなったのだ。
「……俺は、ずっと『忠義』ばかりに囚われて、戦の勝敗だけがカランの運命を決めるんだと勝手に思い込んでいました。ですが、姫様のおかげでカランは変わり、従者としてではなく一人の女として王太子の人生に添い遂げる覚悟を決めていました。……これまで、天使様の課す『使命』は随分と意地悪で理不尽だと恨んだことも一度や二度じゃありません。ですが……それはすべて、俺の未熟な思い違いでした」
ポルターの長々とした悔悟と感謝の懺悔が通じたのか、祭壇の周囲が温かく柔らかい光で満たされていく。
『――あなたは、よくやっていますよ』
「あ……天使様! ……って、いつもの雷は?」
『最近は喜ぶばかりで、張り合いがありませんから』
「張り合いって……そうだ!。ひとつ聞きたいことができたんです」
『どうぞ』
「この戦では、たくさんの死者を見ました。それで…俺みたいに、未練を残して幽霊になる奴って、他にも現れたりしないんですか?」
『ないとは言い切れませんが、今のところあなた以外にはいませんね』
「え? それは一体どういう理屈で……?」
「予想外の敵」の出現を警戒して尋ねたポルターだったが、幽霊という存在の究極の謎に迫る知的探求心から声には興奮を帯びていた。
『――そもそも記憶を失うなど極めて稀な存在のです』
「え……俺って、そんなに珍しいんですか?」
『おかげで苦労させられています』
「しれっと酷い言い方しますね!?」
『誠実とはそういうものです』
「…ですが、させられるということは天使様も俺と同じ…」
言いかけたポルターを雷が貫き、絶句させられた。
『それは……いえ、今は余計なことを考えず、使命を果たしなさい』
天使様が言葉を濁し、何かを言いかけて飲み込むなど、これまで一度としてなかったことだ。その人間臭い迷いに、ポルターは戸惑いから言葉を継ごうとしたが再び雷が落ちた。
「あがぁっ!?」
『――黙って、使命を果たしなさい』
そう言い遺して天使様の気配と光は消え去った。激痛に地面を転げ回りながらも、ポルターは溢れ出る言葉を呟かずにはいられなかった。
―天使様も使命を背負った、俺に近い存在なんじゃないのか……?
新たに生まれた深い疑問。天使様のあの態度から、ポルターは幽霊の旅に終わりが迫っているような気がしてならない。
―だが今は余計な迷いは無用
使命のために、王太子を救い出してからでも構わないだろうと整理をつけてポルターは教会を後にした。
続




