螳螂捕蝉
開けた丘陵で焚き火を囲む4人のハンターの傍らに召喚されたポルターは、狼狽えることもなく品定めを始めた。
穏やかそうだが屈強な戦士のような男、ひと回り小さいが精悍な顔立ちの男、フードを深く被った幼い顔立ちの少女、鼻唄混じりに弓の張りを調整している若い女。フードの少女はせっせと鍋に味付けをして、男たちは小枝を折っては火に焚べている。
「若い男女が4人で焚火を囲む、この後何も起こらないわけがなく…」
ポルターが軽口を叩いた途端電撃が走る。
『それも呪詛です』
天使の声が頭に響く。
「痛ってえ、冗談も言えねえのかよ」
ポルターは腕をさすりながら会話に耳を傾ける。
「そうかあ、これが終わったらフィルも身を固めるかあ」
「リーズも見合いの話来てるんだろ?」
「牧場の息子?お金もあっていい人なんだけどナヨナヨしてるから迷ってる」
「お前は顔も器量もいいから選り好みし放題か」
「あら、フィルを誘惑してみようかな」
「やめろよ」
「ハーブは浮いた話を聞かないな」
「俺は今みたいなのが一番居心地がいいんだ。仲間と狩りをして祝杯をあげる、それが人生の全てだよ」
「モエはいい人居るの?」
「いない。弟と素材屋を始めるのが先」
「そっか。優秀なアルケミストが野山を駆けずり回ってるのもそれが理由だもんね」
「弓師がリーズで精悍なのがフィル、ハーブが主力でモエはサポーターか」
ポルターは狩人のことはよく分からないがアルケミストは治癒や毒の知識に優れているという。構成から、無茶しがちな力押しのパーティというわけではなさそうだ。
「さあ、鍋も煮えたところで黒地竜の巣の発見に乾杯だ」
フィルが盃を廻し4人が歓声を挙げ同時に飲み干した。
「それで、ちょっと思いついちゃったんだけど」
リーズが楽し気に言った。
「ダメだよリーズ。悪い癖」
モエが不安そうに止めた。
「まあまあ、聞いてみようじゃないか」
ハーブがモエを遮りフィルは肩をすくめる。
「フィルは結婚、ギルド職員になるお誘いまで来てる。モエは店を持ち、私は見合いを受けるかもしれない。ハーブは分かんないけど、これってパーティの潮時ってやつじゃん?」
「おい、今する話かよ。まだ依頼の最中だぜ?」
フィルの顔が曇りモエをちらっと見た。
「今回は、何日も観察。気を散らすような話はダメ」
「あはは、ごめん。そうだよね」
あっさりミスを認めて場を和ませようとするリーズに合わせてフィルが再び盃を回しささやかな宴が暫く続き、ハーブが見張りを買って皆就寝した。
「狩るわけじゃないく、まとまりも悪くない。ギルドでの会話から、対象はフィルで決まりだが、一体何が起こるのか」
ポルターはモエの鞄から短剣を借りてとりあえず周辺を見回ることにした。
「これは良い状況、と言えるか」
ポルターは狼の群れが鹿を捕らえ群がる様子を眺めていた。獲物にありついた狼はフィルたちをわざわざ襲わないだろうし、他の獣も血の臭いに寄ってくるか警戒するかのどちらかだ。
「しかし、月明かりだけでこんなに視えるのは幽霊の特典かな」
ポルターら更にひと回りしてからキャンプに戻ると、ハーブが焚き火から少し離れた倒木に陣取り何か呟いている。
「クソッ、クソが!」
腰掛けた倒木に短剣を何度も突き立てて荒ぶるハーブに先ほどの穏やかさは微塵も感じられない。
「何があった、ハーブ」
ポルターの呼びかけは聴こえないが偶然通じたようだ。
「俺に相談もなくいきなり解散だと?引退だと?許さねえ…」
「やだな、またドロドロかよ…まあ、帰るまでハーブからフィルを守るのが使命なら分かりやすい」
なんでこう、ギルドに関わるやつはイカれてんだと呆れつつ、ポルターは、焚き火の側に寝転がって朝を待った。
「メスは狩りへ、オスと幼体はあの岩場で甲羅…鱗干しが朝の始まりだな」
翌朝、高台に伏せて巣を監視する4人は、思い思いの意見を交わしている。
「巨きいな、俺の背丈の3倍はある」
「多分街道を襲ってるのはメス、産卵後だから大喰らいになってる」
「ここは巣にはもってこいだな」
「うん、岩屋は火山の地熱で冷え切ることはないし見晴らしもいい。そして奪い合いが起きてないってことはあの番いがここらの主だと証明してるね」
「腕がなるな」
「ハーブ。調査だけ」
風向きが変わったのか、モエとハーブは別の高台に場所を移し、フィルとリーズは少し下った先で周辺を警戒している。
黒地竜は長い尾と鋭い爪で木に登り獲物をじっと待つハンターだ。
頭上から飛びかかり尻尾で巻き付き、針のような舌で麻痺毒を撃ち込み、動けなくなった獲物を丸呑みする。好戦的な魔獣ではないが奇襲に特化しているわけでもなく、巣を荒らそうとする敵は積極的に襲いかかるのだ。
「ひとまずここは大丈夫そうだな。日が高くなると動き回るかもしれんが、それまでじっくり観察しよう」
モエは学者肌で、ハーブの経験則を尊敬しており、時折交わす言葉から師弟のようにも見える。モエが持ち上げ方を心得ているだけかもしれないがハーブも満更でもなさそうだ。
ポルターはオスの目の前まで近寄りマジマジと観察した。日干しが終わったのか幼体は付近の木立ちで木登りをしているが、オスは時折身をよじるだけで岩場からは動かない。
「メスの様子も見に行きたいが、フィルから離れるのは不味いよな」
ポルターは小石を拾い始めた。黒地竜と戦うわけではない。ハーブがおかしな動きをした時の牽制用だ。
午後になりメスが戻った。のっしのっしと歩き立ち止まり体を震わせて嘔吐すると、幼体がそれに群がる。
モエは興味深そうに、ハーブは退屈そうに見守っている。やがて番いが巣に籠もったのを確認したモエとハーブは、静かに撤収し4人でキャンプ地に戻った。
「あと3日様子を見たい」
モエが火を起こしているフィルに話し、フィルが皆に伝えたところで、ハーブとリーズが水汲みついでに魚を獲りに行くと言って出かけた。
「うーむ、どっちに付くか」
ポルターはハーブがおかしなことを企んでないか気がかりだったが、結局、そのままフィルの側に留まった。鍛錬のおかげでポルターは、黒地竜のように静かに待ち構える有能な守護霊に成長したのだ。
続




