千慮一失
王都南での激しい攻城戦は、誰もが予想し得なかった衝撃的な幕切れを迎えた。
戦況の長期化と増大する損害に耐えかねた公爵軍は、あろうことか攻めあぐねていた丘陵地帯そのものに火を放ち、平原まで後退して再布陣を試みたのだ。山火事は丸五日間にわたって燃え広がり、六日目に訪れた激しい嵐によってようやく鎮火した。
王太子軍はその嵐を合図に一斉に大攻勢へ転じ、怒濤の激戦の果てに、公爵軍の柱石であったギデンズ侯が討ち取られたのだった。
「状況は分かった。それで、今後の見通しは?」
「はい。現在、メロ伯爵軍が勝ちに乗じる形で公爵城へ向けて全軍を進めております。巌公は近く凄惨な包囲戦を強いられるでしょう」
「包囲の完成まで、どれくらいかかる?」
「早ければ十日後には」
「ふむ……」
氷炎伯の眉間にしわが寄る。氷炎伯は王太子との接触を焦っていた。もしメロ伯爵がこの勝利に乗じて王太子軍の全権を握り切ってしまえば、もはや手遅れとなり「仲裁」の余地すら消え去るからだ。
「我の考えを話す。まずは王太子を直接確保し、形だけでも王女と和解させる。二人に王都を奪還させた後、すべての元凶であるマルヴァンテの悪行を暴露して諸侯を説得する。全員が毒婦に謀られた『被害者』であったとすれば、手打ちもしやすかろう」
「そうなると、王太子殿下とて無罪放免とは参りますまい」
「その時は、我が王女殿下の『後見』として表に立つ」
「……恐れながら閣下、我らには公爵閣下との間に結んだ条約がございますが」
「関係ない。勝つのはあくまで『王家』だ。メロ伯爵を逆賊として討ち、公爵には反乱の不問をもって手を打たせる」
「……ご納得されるでしょうか」
「せざるを得まい。あれの首など、すでに我らが握っておるも同然なのだぞ?」
「……確かに、そうでしたな」
暗闇の中で糸を紡ぐように、乱世の収束に向けた精緻な策を次々と繰り出す氷炎伯の姿に、ポルターはただただ感服するしかなかった。
氷炎伯の「参戦」を前提とした意思表明により、軍議の空気は一変して白熱した熱気を帯び始めた。やがて、執事がそっと室内へ入ってきたことに気づいた氷炎伯が、軽く手を挙げて議論を打ち切った。
「水を差すようで悪いが、そろそろ昼だな。休憩を挟むぞ」
「はっ!」
「戦士長、午後は暫く席を外す。戻るまで頼んだぞ」
「お任せください」
氷炎伯は昼食もそこそこに、執事を引き連れて馬車で屋敷を出て行った。
馬車を見送ったポルターが中庭へ目をやると、モエから肥料の知識を学んでいる王女の姿があった。花壇の脇には、相変わらずマイペースなモエに散々振り回されてオロオロしている王女の微笑ましい姿があった。
「これで、世界はうまく回ってる……はずなんだよな」
ポルターは珍しく、どこか虚ろで掠れた声を漏らした。
氷炎伯が描いた未来図は、間違いなくこの国と王女を「最善の道」へと導くはずだ。しかし、その完璧な絵図において王太子の失脚が避けられない以上、それはポルターにとって「使命を果たせず無間地獄に落ちる」ことを意味していた。
―誰もが何かを犠牲にして生きてるんだ。俺の運命がどうなろうと……それも仕方ないことなのかな…
王女の笑顔を遠くから見つめながら、心に深い諦観と暗い影が落ちてくるポルターは、ままならない気持ちを振り払おうと訓練場に向かった。
続




