一虚一実
ポルターは道中で2つの戦場に遭遇した。 ひとつは、平原での合戦、もう一つは王都手前の山城を巡る攻防戦だった。通常の戦争ならば平原での力比べが勝敗を決して政治的決着に落ち着くが、今回のような殲滅戦では敵の城を落とすまでは終わらず、街道周辺には死体の山がいくつもできている。
―これは俺の後輩が出てきてもおかしくない状況だが
ポルターはどれだけの確率で幽霊になったのかは分からないが、単に未練と呪詛だけが条件というわけではないらしい。妙に馴れ馴れしい天使様が出現したのは何か別の条件が重なったからだろうか。
「王都は無事か。しかし、凄まじい数だな」
王都の南の平原は野営陣地で埋め尽くされ、ひときわ大きな天幕で騎士団長を見つけた。居並ぶ将官と軍議を行っており、一部の将官となにやら揉めていた。
「なぜ、我々ばかりが砦に駆り出されるのだ!」
「いや、得手不得手でありますよ。私とて一番槍を努めたのは適材適所あっての話」
「むう。しかし、メロ伯爵は後詰めと称して東から退却して一向に動かん。前線の不満も少しは考慮いただきたい」
「今しばらくの辛抱です。貴殿らが公爵軍を消耗させれば、我らとメロ伯爵の軍が突入する。これが必勝の策なのです」
「だが、割を食うのは我らばかり。見せかけでも構いませぬから今一度お考えくだされ」
「承知した。諸侯には近く申し入れをするから今は堪えてくれ」
ポルターは、騎士団長が特許状を下賜されて王のように振る舞っているかと思っていたが、実直な中間管理職に徹する姿を見て少しだけ騎士団長のことが好きになった。
「まだ押されている雰囲気はないな。帰りに東を見て回るか」
王都に入ると馬車でごった返していた。ひっきりなしに山のような荷車が行き交い臨時の検問所で荷を改められている。貴族街は無人なのか門が閉じられ老いた衛兵らが詰め所で賭け事に興じていた。
「む。あれは」
王城から駆け降りて行く一団は王家の馬車だ。王太子と入れ違いになったのを知ってポルターは悔しがったが、時すでに遅し。
一応王城へと足を向けたが、特に収穫はなく、ポルターはすぐに東の地へと向かった。
公爵軍を道標に前線を見つけるのは骨が折れたが、どうにか主力の陣地を見つけて張り付いた3日目、捕虜になった貴族が連れられてきた。
「…だから、この辺りの領地は見捨てられたのだ!」
「信用できるか。おい!洗いざらい吐かせろ!」
領主らしき男は恨めしそうに指揮官を見ながら連れていかれた。
「さあ、伏兵はどこだ?」
天幕の中で地図を突きつけられた男は、事細かに布陣を吐いたものの、続けて言った。
「これは、指令書で伝えられた全部だ。だが、ワシの内偵によると全て早々に撤退したのだ。ワシも貴様らも騙されたのだ」
「証拠はあるのか?」
「こうなったら奴等に義理立てなど必要ない。貴様らでは話にならんからギデンズ侯爵に会わせよ。命乞いではないぞ、洗いざらい語ってワシを裏切った連中に復讐してやるのだ!」
顔を真っ赤にして唾を撒き散らしながら憤る領主の要求は2日後に叶った。ギデンズ侯が天幕に入ってきて縄を解けと命じて人払いをした。
「カノー男爵。我にお話とはなんですかな?」
カノー男爵の告白は壮絶なものだった。メロ伯爵軍の本体が布陣するはずだった平原の衝突は、王都防衛を理由に急遽取り止めになり、敢え無く潰走させられた男爵や他の諸侯は、今度は後詰めと共にゲリラ戦で食い止めるよう指示された。しかし、後詰めの軍は撤退していたため、男爵らは補給のないまま矢が尽きるまで戦い、兵の大半が死んだそうだ。
「開戦前には殿下がお出でになって、ワシらを東の要と持ち上げてくださったが、総大将のはずのメロ伯爵はとうとう顔も見せなんだ。ワシらは結局捨て駒だったのだ」
「それで、メロ伯爵は何処へ?」
「それだ。あ奴め、うまく立ち回り、王都の背後に兵をまるまる温存しておる。ところで貴殿は、マルヴァンテ夫人を知っておるか?」
―ここでその名が出たか!
「勿論だ。貴殿も籠絡された口かな?」
「……馬鹿を申せ。あの女がメロ伯爵の息子に輿入れするという噂があってな。最近は伯爵の別邸に詰めておる」
「ほう。誰彼構わずたらし込むのをとうとう止めたか」
「どうだか知らんが。だが、考えてみよ。今無傷の諸侯は、中立の氷炎伯とメロ伯爵のみ。そこへきてあの女狐の輿入れだ」
「まさか……」
「うむ。ワシらが潰し合うのを待ち、弱ったところで王家の背後を討つ。無論貴殿らとて邪魔者ゆえ無事では済むまい」
「しかし、諸侯はついていかぬだろう」
「さあな。それでも勝ち馬に乗る諸侯の方が多かろう。少なくともワシらを見限った連中はすでに伯爵か女狐が抱き込んだと見ておるが、貴殿はそうは思わぬか?」
「筋は通る。だが、にわかには信じられん」
「構わんよ。ただ、この先攻め込んだとして無駄に兵糧を減らすだけだ。ワシならここで転進して兵を王都攻略に集中するがな」
「男爵はこちらに寝返る気はあるか?」
「もはや、兵など残っておらぬただの爺に何を期待するか」
「民をまとめ我らの駐留に協力せよ。そうすれば閣下には恩赦を具申してやる」
「そんなことか。民などどうでもよいが、このまま伯爵の好きにさせるのは死んでも死にきれん。ワシを信用するならば、どこまでも付き合うぞ」
「敵にはなったが、貴殿とは古い付き合いだ。ボケておらねば嘘はつくまい」
「付く側は誤ったがな」
話しぶりから、騙されたと知りつつも王家への忠義を最後まで尽くしたのだろう。ポルターは、マルヴァンテ夫人の真の狙いが公爵家どころか王家の乗っとりだと確信した。
「だとしたら、王太子はいずれ始末されかねない。男爵は夫人が別邸に詰めているとは言っていたものの、探すにしても領地までの道すら見当がつかん……」
ポルターは迷った。王都を巡る攻防は両軍を激しく疲弊させるだろう。ただ、男爵の推測とは異なる点がひとつだけあった。公爵に確実に勝利するのであれば、内紛ではなく王太子を城外で不審死でもさせる方が手堅い。そうすればメロ伯爵は繰り上げで全軍を束ねる立場になるからだ。そして勝利した暁にはマルヴァンテは末席ながら王家の血族として王位継承を主張するのだろう。
「いよいよ手に負えなくなってきたぞ。王太子の護衛と言っても後を追えないし、一度帰って戦況を見守るか」
ポルターは、使命が尽きてしまわぬよう、王太子の無事を祈りながら、南へと走り出した。
続




