千軍万馬
王女との対決でカランが一層大人しくなってモエの部屋と座敷牢を黙々と往復し、王女が花壇の手入をするだけの日々がしばらく続いた。平穏ながらも退屈だったポルターは、氷炎伯の久しぶりの軍議にそそられたのか熱心に見入っている。
「公爵軍は、早々とコルトン子爵の居城を攻略し、東方の守りを固めた一方で、王都への道を阻む山城に苦戦しておられるようですな」
「あれを正面から越えるのは簡単ではないからな。それより、東に兵を割きすぎに見えるが」
「はい。何でも王太子殿下が臆病砦に移られたそうでして」
「たわけが。罠に決まっておるだろうに」
「公爵派は街道封鎖が効いたのか、勝負を焦っておりますな」
「続けるのは良くないな…公爵にひとつ知恵を授けるか。ゴルダースを呼んでおけ」
「はっ」
軍議は国境防衛に移り、こちらはきめ細かな内容でポルターは半分も理解ができなかったが、共和国に不穏な動きはなく守備は盤石といった様子だった。
「お呼びでしょうか」
文官…にしては厳めしい男、ゴルダースが到着すると、氷炎伯は休憩を宣言して戦士長以外は退出していった。
「うむ、公爵に貸しを作りたい。王都への抜け道を戦士長に話してくれ」
「なるほど。承りました」
ゴルダースは、税務局長だった。境に関係なく密輸ルートの把握に努めており、王都の西側を取り巻く広大な湿地がかつて密輸に使われていることを語った。
「こちらは公爵閣下もご存知ありません。領内の貴族がうまく隠して保護しておりますから」
「しかし、そこは沼地竜だらけで足場も悪く進軍など容易ではあるまい」
「組織は舟を使うのです。今は雨季、湿地を這う水路さえ分かれば王都の裏を取るのも容易いかと」
「ふむ。大軍とは行かずとも正面の守りを崩すくらいはできるか…」
「こちらは貴族の裏帳簿をご用意致しましょう。戦士長殿は公爵閣下が信ずるに足る策を提案すればあとはあちらの仕事ですぞ」
「面白い。戦士長、すぐに進めよ」
「はっ」
ポルターは氷炎伯が、巌公を勝たせる気がないのは分かっている。だが、うまくいき過ぎて王都が火に包まれるのはやはり複雑な思いがあるのか、どこか不安げだ。
「王太子がマルヴァンテと接触するのを王城で待つつもりだったが、難しくなったな」
また、とりとめのない日々が流れた。変化があったのは、カランの傷が完治して、氷炎伯の勧めで王女にぎこちなくも感謝の言葉を述べたくらいだった。
「戦は一進一退で、王太子は未だ姿を現さない…もどかしい日が続くなあ」
戦が始まってひと月が経つ頃、東の戦線が大きく動いた。氷炎伯の入れ知恵が功を奏し、王都防衛に兵を回した王太子軍が東部で大敗を喫したのだ。
それからは、氷炎伯のところへ密書が毎日のように届くようになった。ほとんどが保護や仲裁の嘆願だったが、軍議でことごとく却下され、氷炎伯が応じる様子はなかった。
―不味いな、氷炎伯は公爵派が勝とうが知ったことではないが、俺はそうはいかんのだ
そう呟いてポルターは王都に向けて駆け出した。氷炎伯との僅かな目標のズレによって、ポルターは達観している場合ではなくなったのだ。
続




