風雨対峙
ポルターは王都の門を潜り抜けると、迷うことなく真っ直ぐに城へと向かった。
王太子の居所を探してまわると、執務室にて騎士団長と密談を交わしている最中だった。
「予定通り、食いつきましたな」
「先ほど、妹が式典の打ち合わせに姿を見せなかったと報せが入った」
「氷炎伯様、ですか」
「おそらく。しかし、確たる証拠はない」
「アルテマはどうでしたか?」
「一度だけ見かけたが、その後は知らぬと。まあ、あれに限って嘘はつくまい」
「ふむ……密偵を出しますか?」
「既に放ってあるが、音信不通だ。噂では、探りを入れた巌公の政務官の首まで跳ねたらしい」
「なんと……」
「まあいい、今は捨て置く。――戦の備えに抜かりはないか?」
「はい! 正面は我々本隊が、東からはメロ伯爵が挟撃いたします。布陣は全て完了しております」
「そうか。貴様は一番槍で打って出るそうだな?」
「はい! 賊軍どもに我が王家の凄絶なる威光を見せつけて参ります!」
「兵らの士気も上がろう。頼むぞ」
「はっ!」
「それから……俺は明日、演説を終えたら城を出る。貴様は味方に対し、『王太子は「臆病砦」に籠もった』と噂を流せ」
「はっ! ……では軍議の采配は如何いたしましょう?」
「当面は貴様に一任する。特許状は用意してある、有効に使え」
「有難き幸せにございます!」
「成果を期待しておるぞ」
騎士団長は特許状の収められた筒を大袈裟に掲げ持つと、深く頭を下げながら後退するように執務室を辞していった。
残された王太子を眺めながら、ポルターは首をひねった。
信頼していた側近のカランが不在の今、騎士団長と分かれて王太子は単身で動き回るつもりなのだろうか。何より、全軍の指揮まで放り出してどこへ向かうというのか。
「あれほど切望していた戦を前にして、現場を放り出すなんてあり得ないから不気味だな。後を追いたいところだが、姿を見失うのが目に見えてる。頼むから変な真似はしないでくれよ」
ポルターの本音は、「事故や討ち死にで死なれたら、俺の使命に響くから困る」という利己的な懸念に過ぎない。だからこそ、その独り言にもどこか軽い嘲笑が混ざっていた。
―まあ、自分から前線に飛び込んで討ち死にするほど勇敢でも、馬鹿でもないはずだ―無事を祈っとくぜ
城を後にしたポルターは、ついでにハンターギルドへと脚を伸ばしてみた。
店内では、斥候を募集する兵士がカウンターでハンターを強引に口説き落とそうとしているくらいで、それ以外は拍子抜けするほど平常運転だった。
続いてモエの診療所兼店舗を訪ねてみたが、店主のロイの姿はなく、玄関の扉に紙が一枚貼り出されていた。文字の読めないポルターには、それが「配達中」なのか「休業」なのかすら判別がつかない。
「これから大きな戦火に包まれるかもしれないのに、案外のんびりとしているな」
中央広場には相変わらず色とりどりの露店が立ち並び、迫り来る戦争から逃げ出そうとする者など一人として見当たらなかった。むしろ出陣を控えた兵士が増えたことで、普段以上の活気と熱気が街に満ちあふれているくらいだ。
「さてと…急が帰るとするか。そうだ、久しぶりに――」
ポルターは、かつて自分が右も左も分からぬまま「幽霊生活」を送っていた、思い出の土手へと向かった。
冷たい風がそよぐ草むらに腰を下ろし、慣れ親しんだ街の灯りがひとつ、またひとつと消えていくのをぼんやりと眺める。東の空が白み始めるまでゴロゴロとしていたポルターは静かに立ち上がり、朝靄に包まれる王都を後にしたのだった。
続




