水落石出
帰還後、氷炎伯は王女を連れて執務室に戻り、執事に茶を淹れるよう命じた。
「震えあがるかと思えば、存外しっかりしておったの」
氷炎伯は王女をからかったが、王女は跪き
低頭した。
「辺境伯様、身勝手な私の願いをお導きくださり、本当ありがとうございました」
「うむ、平和になったら、我の妹にでもなるか?」
「恐悦至極に御座います」
「だが、公爵に牙を剥いた以上、この先は決して楽ではない。討ち死に覚悟で暮らせよ」
「滾ります」
「ハッ!それは心強い」
氷炎伯といつもの悪ふざけをしてニヤリと笑いかける王女は、共和国の虜囚になっていた頃とは別人だった。
「心配していた俺がなんだかバカみたいだな」
ポルターが自嘲しながら眺めるうちに執事と侍女が茶を運んできた。
「本日は竜果が手に入りましたので、ご賞味ください」
「うちの執事は、果物の目利きなのだ。さ、こうして食べるのだぞ」
半分剥いた皮の両端を摘んで豪快に齧り付く氷炎伯を見て王女は真似た。
「ご歓談中恐れ入りますが、王都から鳩がこちらを」
「見せよ。ふむ、侍女頭を先に戻せか。明日の朝馬車と適当な土産を用意…そうだな、軍馬を一頭贈れ」
「承知致しました。返答はいかが致しますか?」
「侍女頭が返答で良かろう」
「承知致しました。ではごゆっくり」
「よろしいのですか?」
「言われずともそうするつもりだったのだよ」
「?」
「まあ、小細工だが気にするな」
「そうなのですね」
「そんなことより、茶の続きだ」
「あ、はい」
王女にはアルテマの身に起きたことも氷炎伯も王家の秘密を知ったことも王女には告げない。氷炎伯が何を考えているかはわからないが、何か考えはあるのだろう。
小さな茶会を終えると王女は部屋へ、氷炎伯はアルテマを訪ねた。
「話がある」
そう告げられた途端、アルテマは震え始めた。
「臆すな。どちらかと言えばよい話だ」
「は、はい」
「おい、カランに庭でも散歩させてやれ」
「かしこまりました」
カランは控えていた見張り役の下女に連れられて大人しく部屋を出ていった。
「傷はどうだ?」
「嘘のように治していただきましたっ」
―モエか
「貴様も行き遅れとは言え嫁入り前だ。傷もので返すわけにはいかん」
「ご配慮痛み入ります!」
アルテマは完全に萎縮してしまっている。
「それで話だが、貴様は明日王都に返す」
「は?」
「王太子からの要請に応じるまでだ。戻ったついでに我の治癒師をそれとなくやつの耳に入れよ」
「私の話など信じてくださるでしょうか」
「馬鹿者が。傷の具合を尋ねただろう」
「えっ!どういう…」
「腹を蹴ったのは脅しだが、元より貴様を奇跡の生き証人にして送り返す予定だったのだ」
アルテマは眉の辺りを擦っているが、傷などなかったことになっている。
「えっ!では私は半分騙されていたと…」
「不敬だぞ」
「ひゃっ!も、申し訳ございません!」
アルテマが跳び上がって平伏すると、氷炎伯はその肩に手を置いて囁いた。
「まあ、いまのは冗談だ。だが、貴様にはカランを治療する時間を稼いでもらう。頼めるか?」
「仰せのままに!」
「もうひとつ。治癒師については余計なことは喋るな。フォンという男だったと伝えよ」
「承知致しました!」
「よし、貴様もカランと散歩してこい。戻ったら帰り支度しろ。明朝のことは下女から知らせよう」
「承知致しました!」
氷炎伯は番兵にアルテマを外へ連れ出すよう命じ、執務室へ戻った。
夜が明け、馬車に乗り込むアルテマを見送る者はポルターだけだった。練兵場の兵士らが訓練に向かう頃には、馬車の姿はもう見えなくなっていた。
「やっぱり、あのお方だけは底知れんな」
王女に「小細工」と言ってのけた裏には冷酷な仕込みがあり、すべて計算された振る舞いだったのを知ったポルターは、頼みの綱が途轍もない怪物であることに戦慄し、改めて畏怖した。
続




