安分守己
翌朝、氷炎伯は王太子と巌公に宛てて早馬で書状を出した。夕方には早々と巌公の使者が親書を届けに来て、王女や戦士長を含めて会議が始まった。
「夕食前だ。手短にしよう」
「はっ」
「まず、王女殿下預かりの期限延長を公爵に通告した。返事はこうだ」
氷炎伯は、戦士長に親書を渡し、戦士長が確認した。
「明日の午前、境に王女殿下をお連れしろと書かれていますな」
「部隊を編成せよ。数は500程度で良かろう」
「重装で宜しいでしょうか?」
「うむ、すぐにかかれ」
「はっ」
「畏れながら、公爵様と戦をお始めになるのでしょうか?」
文官が、訳が分からないと言った調子で尋ねた。
「いや、親書には応じるが、王女は渡さん。兵はあちらが妙な気を起こさせぬ備えだ」
「承知致しました」
「王女、良いな?」
「はい」
「次だ、王都からの客人の治療を始めた。監視を兼ねて下女を付けたいが、用意できるか?」
「はい。交代制でしたら」
「よし、明日から頼む」
「はっ」
「最後だ。共和国の様子はどうだ?」
「国境で正規軍が巡回を始めました」
「協定は守ったか。ならば、こちらも兵を減らそう。向こうに伝わるよう再編せよ」
「はっ」
「よし、詳細はこの場で詰めておけ。王女、今日は好物の鶏だぞ」
「ありがとうございます」
二人は会議室から出ていったが共に湯浴みをするようだったので、ポルターは訓練場に向かった。
翌朝、王女を乗せた馬車と、馬上の氷炎伯が率いる一団が屋敷から出発した。
重装歩兵の行進に合わせてポルターも行軍に参加した。目的地の平原には既にギデンズ候と騎士小隊が待ち構えており、対するこちらは総勢500人の重戦士が方陣を組み対峙した。
「それが、返事か氷炎伯!」
「好きに捉えたらよい。だが、争いに来たわけではないぞ!」
圧倒的な戦力差に馬が落ち着きをなくして騎士の隊列が乱れる。ギデンズ侯は腑が煮えくりかえっているだろうが、この場を穏便に済ませるしかないため虚勢を張りながらも早く切り上げることにしたようだ。
「王女殿下はどちらにおられる!」
「馬車の中だ!検めなら剣を置いてこちらに来るがいい!」
「承知した!」
ギデンズ候と従者が丸腰になって馬でゆっくりと近づいてくるのに合わせて、氷炎伯は王女を馬車から降ろして後ろに控えた。
「おお、殿下。よくぞご無事で」
「私の気持ちは手紙に書いた通りです。できるだけのことはしますが、一緒には戦えません」
「氷炎伯殿に何か吹き込まれましたかな」
「いえ、私自身が肉親の争いを嫌ったのです。公爵はお怒りでしょうが、氷炎伯には私から無理を言って逗留させていただいておりますので、誤解のないようお伝えください」
「しかしですな…」
氷炎伯が鋭く口を挟む。
「くどいぞ、亡命政府立ち上げには協力すると言っておられるのだ。我にも他意はないが、害をなすなら受けて立つ」
「…分かった。だが、我々が勝利するまでに不遜な態度は改めておけ!」
「いいだろう。交渉は成立した。布告書作成には使節を送られるが良い。今度は無事に帰す」
「この…クソが!」
氷炎伯は用が済んだなら帰れと取り合わず、王女を馬車に乗せ、馬に跨った。
「全体整列!帰還する!」
これで表の勢力図が決まった。公爵は革命を起こし、王太子は躊躇なく叩き潰しにかかるだろう。しかしポルターにとって、それは単なる勢力図の変化ではなかった。
王女を守ること、カランを生かすこと、そして自らの未練の謎を解くこと——自分が負う三つの使命は、全て王家から伸びる棘だらけの茨に深く絡まっているのだ。
アルテマの告白で知った王家の秘密は想像以上に根深く、全てを解決するためにはこの因縁からどうにかするしかないのだと、改めて思い知らされた。
―表舞台の安分守己など俺には許されない
固まりかけた足場を再び泥濘に変えていく混迷の勢力図に、ポルターは静かな不安を憶えずにはいられなかった。
続




