脱穎而出
アルテマは地下牢の床にへたり込み微かに震えていた。何が氷炎伯の琴線に触れたのか全く分からないからだ。
氷炎伯はアルテマの前に立ち、労わるような素振りも見せず口を開いた。
「知りたいこととは、王家の過去だ」
「……畏れながら、城での出来事だけは口が裂けてもお話いたしかねます」
氷炎伯がいきなりアルテマの腹を蹴りつけ、アルテマが壁に激突した。床にうずくまって吐くアルテマの髪を掴んで壁に打ち付け、氷炎伯は短剣を抜いた。
「貴様の矜持などどうでもよい。試しにその口を裂いてやろうか、それとも片目を抉り出されてから話すか?」
「…お、お止めください!」
「話すか?」
「……なりません」
「番兵!床を拭け、臭くてかなわん」
「はっ」
慣れているのか、バケツとモップを持った兵士がすぐに始末して下がった。
「次は貴様に床を磨かせるぞ」
「……どうか…御慈悲を」
アルテマが必死に命乞いをする間もなく、氷炎伯の手元が動いた。
――ぷつり
瞼に突き立てられた刃の切先から、一筋の血が細く伝い落ちる。アルテマは脅しなどではない一切の躊躇がない本物の暴力と狂気に曝され、血の涙を流しながらついに観念した。
「ふん、使え」
氷炎伯が壁に掛かったタオルを投げると、アルテマはすぐに拾って顔を押さえた。
「聞きたいのは兄妹の確執だ。どうも跡目争いだけではあるまい」
「………氷炎伯様は、王妃陛下をご存知でしょうか」
「知らん。だが、獄中死したのは噂で知っておる」
「一言で申し上げるなら、才色兼備という言葉は王妃陛下のために造られたと言っても過言ではないご立派な御方で御座いました…」
アルテマは震えが収まらないまま声を絞り出しているが、氷炎伯は容赦なく先を促した。
「続けろ」
「…はい。国王陛下は両殿下が産まれた辺りまでは仲睦まじくなさっていらっしゃいましたが、王妃陛下の外での交友が深まるにつれて王陛下は次第に遠ざけるようになさいました」
「不貞でも働いたか?」
「いえ、その…王妃陛下は才覚から、王陛下以上の求心力を高めてしまわれたのです」
「二人の王か」
「畏れながら、左様に御座います」
「だが、それに幼き兄妹が関わったのが分からんな」
「王陛下は、両殿下に王妃陛下の動きをそれとなく聞き出すようになりました。王女殿下は幼く素直にお話しされ、王太子殿下は不和を察して、隠すようになさいました」
「歳の差もあるが、男子は父親より母親に寄るものだからな」
「左様に御座います。そうしている間に親子の間に派閥が生まれ、詳しくは存じませんが王陛下は、敵対派閥の内通者として王妃陛下を幽閉し、王太子殿下とも…」
「その結果、父親を憎み、妹を密告者として恨んだ。…ということか」
「左様に御座います」
「大体分かった。最後に聞くが、和解は無理か?」
「王太子殿下のお気持ちは存じ上げません」
「やつが王を毒殺したのは貴様も知っているだろう」
「そこまでご存知でしたか…」
「やつが自ら匂わせたからな。だがそれも、どうでもよい。今知りたいのは王女の方だ」
「王女殿下は床に着かれた王陛下よりご事情をお知りになったのだと思います。お慰めさせていただいた折には、御自身を責めていらっしゃいましたが、間もなく公爵様に引き取られていかれましたのでその後は存じ上げません」
「なるほどな、王女が話さぬのも納得できた。話は終わりだ、番兵!診療所で手当てさせて部屋に戻してやれ」
「はっ」
「カランの治療はしばらくかかる。我がよいと言うまで養生せよ」
氷炎伯は牢を出て、アルテマは番兵に連れて行かれた。ポルターは王家の秘密を知ってぐったりとした。
「氷炎伯のあの容赦なさは、『色々』と濁した姫様に苛立っていたからだろうか…ならばアルテマには悪いが、身代わりに感謝する」
小さな血だまりを番兵が拭き取るのを背にポルターはノロノロと階段を昇って、纏わりついた陰惨な空気を祓おうとそのまま屋敷を出ていった。
続




