一場春夢
王太子はいつもより早い時間に寝室に籠り酒を呑んでいた。もう一人、メロ伯爵を取り次いだ貴族の女性がグラスを片手に窓辺で佇んでいた。
「遠慮などせず、座って飲めば良かろう」
「ありがとう御座います、殿下」
「私室でまで仰々しくするな従姉妹殿、肩が凝る」
「あら、淑女の嗜みですわ」
「それで先程の話の続きだが、妹が辺境伯領に逗留しているのは真か」
「式典会場で氷炎伯の馬車に乗った、翌日に銀山で目撃されて、その先はどこまで探っても不明。公爵の政務官が死体で送り返された話もあるから、引き渡しで何か揉めているのかも…あら、これ素敵な葡萄酒じゃない!」
「その様子だとあちら側についたわけではなさそうだが、もはや信用はできんな」
「カランから報せはないの?」
「別に密偵として送り込んだわけではないからな」
「そう。でも、あの怪我ではもう…色々使い物にはならないでしょう。このまま厄介払いして誰か探したら?」
「煩い」
「大した愛されようだこと。でも、氷炎伯が敵に回って人質にでもしたらどうするの?」
「考えられんな」
「今は中立でも戦況によっては、ね?」
「懐柔は無理だぞ?」
「諸侯が気にしてるのよ。公爵から王女を掠め取って、漁夫の利を狙ってるんじゃないかって」
「やつにそんな野心はない。だが…妹と和解させたがっているのだ」
「なおさら悪いわね。公爵派が劣勢になったら、こちらに牙を剥きかねない」
「まったく厄介なやつだ」
「王女の恩赦で氷炎伯は釣れないかな」
「俺とあいつの関係を知るお前がそれを言うか」
「お母様の仇討ち、か。子供が口を滑らせただけだと思うけど」
「だとしても責任は取らせる、父だけではダメなのだ」
「あなたも大概厄介、ね」
「煩い。貴様とて公爵家の後釜に執心しているだろうが」
「私は、栄華を極めたいだけ。男共のような征服欲なんてないから安心して」
「どうだか。とにかく恩赦などない」
「であれば、すぐにカランを呼び戻すことね。念を入れても害はないでしょ?」
「カランの具合次第と言いたいが、そうも言ってられんか…」
「本当に大事にしてるのね。私のこともそれくらい大事にして欲しいわ、どう?」
「馬鹿か!もう帰れ」
「あら、割と本気よ?」
「煩い、貴様は節操というものを学べ」
「残念、またそのうち、ね」
女はするりと王太子の頬を撫でて帰っていき、王太子は、嫌そうにゴシゴシと拭って、杯を呷った。
―不味いな、計画がいきなり詰んだ
政敵であれば、王女の無害さをカランに証明させて和解に持ち込めたかもしれない。だが、王女が母親の仇では取引などあり得ない上に、唯一の切札となるカランを先に取り上げられては手も足も出なくなる。
さらにポルターは、これを氷炎伯に伝える手段がないことに苛立った。
「先の会話は、氷炎伯もろとも姫様を狙うという最悪の可能性に続いている。いよいよ無間を恐れている場合じゃないだろう、そうだよな、ポルター?」
映らない鏡の前で自分に問いかけるポルターは、しばらく鏡の前から動かなかったが、決断できなかったのか落胆したのか、俯きながら城を出る足取りは重く、南への街道をトボトボと歩きながら王都を去っていった。
続




