神色自若
一団は、ゾロゾロと街を歩き路地裏に入った。ただならぬ雰囲気に住民がコソコソと隠れていく。
レイラは店の前で氷炎伯に頭を下げ、到着を告げた。
「こちらにございます。ですが、なにぶん狭い店ですので…」
氷炎伯は、レイラが言い終わる前に命令を下した。
「お前らはそこらで待て、フォンだけ付いてこい」
「はっ」
「あの、くれぐれも…」
「ハハハ、我の器の大きさを見くびるなよ?」
レイラは絶望的な愛想笑いで応じて、恐る恐る扉を開けた。
店に入るとロイが気忙しそうに棚の整理をしており、レイラに気付くと最高の笑顔で出迎えた。
「レイラさん、とお客様いらっしゃいませ」
「なんだ、普通ではないか」
「あれは弟さんで、まともな方です」
「姉さん!レイラさんが来てるよ」
奥からモゾモゾとモエが出てきた。
「レイラ。何の用?」
「きょ、今日はこちらの方をご紹介に…」
「実験の人?」
いきなり盛大に床を踏み抜くモエに、レイラが目を回し、氷炎伯はレイラを押しのけてモエに近づいた。
「貴殿が治癒師か?」
「違う。治癒じゃなくて美容」
「ん?」
氷炎伯が振り返ってレイラに通訳を求め、レイラは表情筋の限りを尽くした笑顔でコクコクと頷いた。
「モエちゃん、ちょーっといいかな?」
胃に穴が開き始めたレイラは、モエを呼んだが、氷炎伯に遮られた。
「レイラ、話は我がするから黙れ」
「し、失礼致しました!」
「何、レイラ。偉い人?」
「貴殿は、氷炎伯を知っておるか?」
「知ってる。美人で有名な貴族」
「ほう、武ではなく美か」
「武は話を盛る人が多い。美は一目で分かる」
「面白い基準だな。その美人がこのザマなのだ」
ベールを取ってモエに見せた。
「おお、美人が台無し。もしかして本人?」
指を差して聞くモエに従者のフォンが目を剥き、レイラがよろめいた。
「姉さん!失礼だよ」
ロイがペコリと謝り、またすぐに作業に戻った。無頓着ぶりは姉以上かもしれない。
「よい。それで、貴殿に治せるか?」
「うん。レイラで色々試せたから大丈夫」
「試せたって、モエちゃん…」
「これはフォンという。我の治癒師だ」
「治癒師?何も盗ませないから帰って」
無頓着が憮然に変わったのを察した氷炎伯は、モエに笑いを浴びせた。
「ハハッ!案ずるな。ただ、少し専門的な話をしてもらいたいのだ。言わば知識の毒味だ」
「分かった。何の話する?」
恐ろしく切り替えの早いモエにさしもの氷炎伯も笑いを堪えきれず、フォンを押し出す。
フォンは真面目な顔のまま調合についてモエと問答を始め、暫く経って氷炎伯に耳打ちした。
「見事だモエ。頼めるか」
氷炎伯は、先ほどとは異なる笑み…賭けに勝った者が浮かべる勝者の笑みでモエに告げた。対するモエは、当然だといった態度で淡々と引き受ける。
「奥に入って。詳しく診る」
「承知した」
氷炎伯は、良く言えば簡潔なモエの受け答えを気に入っているようだが、レイラは今にも気絶しそうな様子だ。
奥の部屋では、モエの診察が始まり氷炎伯は大人しく従っていた。
「どうだ?」
「毎日来て。10日で大体いける」
「何、そんなに早くか!…だが、我はやるべきことがあってすぐに帰らねばならんのだ」
「分かった。暇になったら来て」
「フォン」
「はっ」
ドスンと置かれた革袋には1000枚は下らない白金貨が入っていた。価値にして平民の500年分にあたる収入だ。
モエは1枚を手に取り真贋を確認して、納得したのか、袋を預かった。
「ロイ。店は任せた」
「えっ?…って何それ!」
机の上の財宝に腰を抜かすロイには応えず、モエは雇い主をもてなした。
「支度する。炭酸水飲む?」
「たん、何?……もらおうか」
そこから、頭を抱えるレイラをフォンが介抱し、炭酸水を噴き出し目を丸くする氷炎伯という異空間が出現して、背嚢を抱えたハンター姿のモエが出てきたところで現世が復活した。
「そなた、ハンターもしておったのだな」
「うん。でも怖い事件があってやめた」
「そうか、道中で是非聞かせてくれ」
「面白くなかったら寝ていい」
「うむ。期待せず聞こう」
「あばばばば」
とうとう卒倒したレイラを余所に、とてつもない速さで纏まった取引は、とてつもない速さで王都を去っていった。
ポルターは、街の入口で嵐のような一団を見送っていた。どうせ、追いつけないと諦めて、久しぶりに王太子の様子を見に行くことにしたのだ。
「それにしても、氷炎伯ですらモエには敵わなかったか」
ポルターは、今度は思い出し笑いで吹き出しながら、城への石畳を登っていった。
続




