雷轟電転
ポルターはギルドには戻らず、夜通し街を散策して地図を頭に叩き込んだ。迷子になった苦労を急いで克服しておかないと、突如開始される使命の障害になると判断したからだ。
「キャルの無事は間違いないだろうが、一応覗いてみようかな」
ハンターギルドは、早朝から賑やかだった。依頼を奪い合い、カウンターに列をなす気の短いハンター達に職員があたふたと対応している。
奥の休憩室では、疲れ切った夜勤明けのマーラが、同じく徹夜をしたであろうキャルの相手を強要されていた。頬を紅潮させながら、昨夜の出来事を奇跡のロマンスと呼んで、一方的にまくし立てるキャルの笑顔を見て、よく分からんが、きっと大丈夫なのだろうとギルドを後にした。
「俺もぐったりするか」
身体に疲労はないが心は疲れるらしく、ポルターは、昼近くまで土手に寝そべりながら、石を相手に力の鍛錬をした。
午後になり、記憶を確かめようと城を訪れたが、練兵場は視た記憶とは違っており、どこか別の場所なのだと知った。
「分かったのは、どこかの兵士というだけ…ん、そう言えば俺の姿形ってどんななんだ?」
視界に入る手足は人そのもので、靴や衣服は街の人々と変わらないありふれたものだと分かった。顔を見たら何か思い出すのでは、と考えて城に入り鏡を探すことにしたポルターは、適当に部屋をすり抜けているうちに姿見を発見した。
「映らない、か。いよいよ世界の埒外なのを認めざるを得ないな」
ポルターは、せっかくだからと城の散策を始めた。壁に掛けられた王族の肖像画はどれもピンと来ず、唯一美しい王女の肖像画に僅かに気を惹かれたが、自分が男ゆえなのだろうと思い、城勤めではなかったのを確信しただけだった。
再び城内を徘徊するうちに、ポルターは玉座の間に迷い込んだが、衛兵も玉座に不機嫌そうに座る若き王も気に留めない。謁見中の貴族が何やら嘆願をしているのを、興味本位で聴いてみると、国の極秘事項をやり取りしていた。
「殿下、王陛下の崩御はいつ発表なさるのでしょうか?」
「まだだ、大人しく待て」
「しかし、巌公が痺れを切らして貴族院の根回しを始めたようです。あまり引き延ばすと後手に回るやもしれません。今のうちに策を」
「いつ公表するかは俺が決める。法がそうなっているのだから巌公とて、勝手はせんだろう。とにかく今は、事情があるのだ」
「市井では、王様は病気だと噂していたが、とんでもないことを知ってしまった」
ポルターには、打ち明ける相手もおらず、機密に関わることはない。だが、目の前の事実は衝撃的で、裏事情を知りたくなるのは人の摂理というものだ。
「恐れながら姫殿下の件に御座いますね」
「そうだ、公爵家は手続きにこだわり、あやつを帰国させようと画策している。無下にすれば、巌公は国を割りかねん」
「姫殿下を無理やり担ぎ、対抗しようとは、もはや巌公も野心を隠しませんな」
「今は、その話はしたくない。他になければ、下がれ」
「御意に」
貴族が下がり、脇に控えていた宰相に今日の謁見の終わりを伝えた王太子は、近衛を従えてさっさと出て行った。
「世の中も大変なことになっているんだな。俺も今日は、ここまでにしよう」
宰相と共に王太子を見送ったポルターは、城の探索を止めて外に出た。
「そう言えば座長が天気の話をしていたな」
ポツポツと雨粒を降らせ始めた空を見上げると、西から鉛色の雲が強い風と共に押し寄せてきているのが見えた。
木々は時折吹きつける強風に煽られて大きく揺れ、街の人々は誰もが忙しなく動き回り嵐の訪れを告げている。ポルターは濡れることも、風に揺らぐことはないが、身体を通過していく雨粒や木の葉で予想外に視界が悪くなるのを知って、土手に向かっていたポルターは、橋の下に避難することにした。
「あ、もしかして濁流も平気なのか?いや、視界を失うから意味がないか」
そう幽霊の物理法則をあれやこれやと考えていると、突如轟音と共に空が裂けて、ポルターは思わず身構えた。辺りを見回すと、どうやら教会の尖塔に落雷したようだった。
「雷にビビる幽霊なんて聞いたこともないが驚くものは驚くんだよっ…!」
鍛錬に使っていた小石を濁流に投げたポルターは、次の瞬間、消えた。
―次の使命が始まった
「お願いだから止めておくれ」
「うるさい!構うな!」
召喚されたポルターの目の前では、老夫婦が掴み合いの喧嘩をしている。
「うわあ、これ全然時間ないやつか?」
ポルターはとりあえず薪で爺さんを気絶させようと一瞬考えたが、思い留まった。先ずは事態の把握からだ。
「本当に危ないんだよ!」
「ちょっと川と船の様子を見にいくだけだ!船がなきゃうちは飢え死にしちまうだろ!」
「あ、それ絶対あかんやつです。やはりここは…」
ポルターは薪を持ち上げたが、婆さんが邪魔でうまく狙えず、玄関まで揉み合いながらとうとう振りほどいた爺さんが外に飛び出した。
「おいおい、こんなの無理だろ」
ポルターは爺さんを追って家を飛び出すと、小屋で何かを漁る爺さんの背中が見えた。
「何か、何かないか」
爺さんは漁師のようで、壁には網や長竿の銛などがかけられていた。ポルターがあたふたとしている脇で、爺さんは雨具の支度を終えて出かけてしまった。再び近くで閃光に遅れて雷鳴が轟き、思わず身構えたが、ポルターは、同時に閃いた。
「死なないどころか、死んでるんだよな俺は…」
ポルターは銛を操りながら外に出て、フワリと天に掲げ、そのままスルスルと上昇させた。
「見える範囲は操れるのか。いいぞ」
強烈な光と轟音がポルターを包んだ。思わずひっくり返ってボーっとしていたが、頭を振って爺さんを探すと、目と鼻の先で腰を抜かしていた。銛だったものは地面に突き刺さり柄はズタズタになりながら火を噴いている。
「やったか!」
爺さんは肝を冷やして諦めるだろう、と考えていると、突如ポルターに本物の電撃が走った。
「痛え…なん、だ?」
理由がわからずパニックを起こして這いずり回るポルターの頭の中に天使様の声が響いた。
『やったかは、呪詛です。あなたが呪詛を重ねたため使命が再発生しました』
「まじかよ…だが、確かにその言葉は、有名なあかんやつだわ」
天使様の言葉通り、爺さんは起き上がり歩き出した。
「ええい、もう一度やるぞ!」
雷鎚が爺さんの進路を遮り、爺さんは、ひっくり返っている。ようやく家から婆さんが飛び出してきて爺さんを抱き起こし、二人はフラフラと家に戻った。
「天使様…説明不足…」
ポルターは抗議しようと口にしたが、対価の目眩に遮られた。
ぼんやりとした光景の中で貴族の手招きに応じて近づくと、視点が下がって地面を見つめている。跪いたのだ。
『貴様を…が召し抱え…』
途切れ途切れの貴族の言葉から、騎士か近衛に選ばれたと想像できた。
貴族の顔を、見上げてくれと思った瞬間、暗転した。
ポルターは嵐の小径に座り込んで、天使にクレームを入れようと、何度か呼んだものの返事はなく、騒々しく打ちつける自然現象の中でポルターは頭を掻きむしった。
「まったく、こんなの続けてたらいつか頭の病になっちまうぜ」
前回に続き、冗談みたいな思いつきでたまたまどうにかなったが、いつまでその運は続くかはわからない。ポルターは橋に戻る気力を喪って、ノロノロと小屋に移動して横になった。
「雷が、弱点なら先に教えてくださいよ」
応えに期待もせず、暗闇に向かって溢したポルターは、眠れはしないが、目を閉じた。
続




