転禍為福
ポルターは街を彷徨っていた。昼間の調子でどうにかなるだろうと出かけたものの、生前は劇場に縁がなかったのか一向に辿り着かない。
「クソッ。考えなしで飛び出したとは言え劇場探しから躓くとは、何やってんだか」
ポルターは露店で賑わう噴水広場を横切ろうとして、ようやく手がかりを見つけた。花屋のワゴンに勇者劇らしき絵が描かれた看板が掲げられ、それらしき客が花を買っていた。
「ああ、賢者アル様にやっと会えるわ」
「年に一度の公演なんて全然足らないわ。それより、ネイル様はアタクシが贈った香水使ってくださってるかしら」
「へえ、役者に贈り物を渡したりするのか…」
ポルターは、二人について小さな劇場に辿り着いた。どうやら勇者劇は旅の一座の興行で、客のほとんどが御婦人方なことから、演劇そのものよりも役者に会うために詰めかけているようだ。
ポルターは金を払わずに入場するのを少し躊躇ったが、どうしようもないのでそのまま中に入り開演を待った。
「さて、キャルのお目当てはどれだ?」
実のところ、ポルターは力を使って怪異騒ぎを起こせば、ギルドが調査に駆けつけるんじゃないかと考えていたが、一座が怯えて今後街に来なくなっては元も子もない、と別の作戦に変更した。
具体的には、キャルの熱の入れようから、何か贈り物を用意していただろうと思いつき、せめてそれを代わりに届けようというものだ。
「意味はないかもしれないが、新米騒霊にできることは所詮、その程度だ」
劇は進み舞台の上ではハリボテの竜が勇者パーティに襲いかかっている。炎から勇者を庇って派手に倒れる少年騎士に、隣にいたマダムが悲鳴を挙げた。
「ジンちゃん、負けないで!」
いや、劇なんだから仕方ないだろと冷めた突っ込みを入れつつポルターは、舞台裏へと移動した。
「間もなく次のシーン!」
兵士の格好をした男と姫役の娘が舞台の装飾を抱えて忙しなく支度をしている。舞台は幕が降ろされ、ジンが衣装を脱ぎ捨ててバタバタとセットを組み替えていく。小さな劇団には専門の裏方などいないらしい。
「楽屋は把握できたぞ。さあ、作戦開始だ」
ポルターが急いでギルドに戻ると、受付にはマーラがポツン腰掛けていた。キャルは見当たらないが、通路を挟んだ部屋から微かに人の声がする。
「お説教中かな」
ポルターは奥の部屋でロッカーを漁る。やがて、リボンのかかった布袋を見つけ内側から鍵を外して持ち出した。物音に勘付いたマーラがウロウロとする隙に、カウンターにあったキャルの名札を持ってギルドから脱出した。
「オマケシーン、おっちょこちょいのキャル」
ポルターはそう言って、布袋に名札を忍ばせた。贈り主を知らせるためだ。
宙を舞う袋を人に見られないようコソコソしながら劇場に戻ると、すでに楽屋には花束や贈り物が積まれ、劇団員はバタバタと舞台の片付けをしていた。
「今のうちに」
ポルターは布袋を目に付きやすい場所に置き、ジンが楽屋に戻って来るのを待った。
「急かして悪いが天気の都合で明日は朝出発だ」
座長らしき男が、予定変更を告げた。
「ええ、せっかくの王都なのに」
「打ち上げはなしかよ」
団員たちが、一斉に残念そうにする中、座長がジンに尋ねる。
「ジン、いつもの嬢ちゃん来てたか?」
「いえ、今回は」
「そうか、残念」
座長と会話しながら、楽屋の片付けを始めたジンは、ポツンと置いた布袋にようやく気付き、袋を開けてあれっ?と言った。
「座長、知らない間に来てたみたい」
ジンは袋から枝に干からびた魔獣の耳や爪が括りつけられている大変グロい木の枝を引っ張り出した。
「出た!竜も逃げ出す魔獣避け」
座長は、面白がって大声を出して笑う団員を、軽く蹴飛ばして叱った。
「馬鹿、そこらじゃ手に入らねえこれのおかげでどれだけ助かってんのか知らねえのか。ジンの客に感謝しやがれ」
「座長、職員証が入ってました」
「おいおい嬢ちゃん、うっかり屋さんにもほどがあるだろ。そいつをなくしたら問答無用でクビだぜ?」
「えっ!そうなの?」
ポルターは焦った。ただの名札が、そんなに大事な物だとは知らなかったのだ。
「ジン、ギルドの場所わかるか?」
「はい。俺が、届けてきます」
「即答は好きだぜ」
ポルターは自分の尻ぬぐいをしてくれるジンに感謝の気持ちで見送り、胸を撫で下ろしたところで、目眩が襲ってきた。
「何が始まっ、たんだ…」
目の前が、どこかの練兵場に変化して、自分が誰かと打ち合っている。その背後に、貴族らしき観衆が目に入った…これが、天使様が言っていた記憶の欠片なのか…ぼんやりと意識を漂わせていると、不意に光景が暗転して楽屋に戻った。
「俺は…王都の兵士だったのか?」
ポルターは、対価を受け取ったことで、使命を果たしたのだと理解した。
「終わったなら、鐘でも鳴らしてくれると分かりやすいんだけどなあ。キャル、しばらくは怪異だ奇跡だと騒ぐだろうけど、この世には不思議なこともあるんだぜ」
怪異の生き証人ならぬ幽霊証人のポルターは、偶然が重なって、勝手に使命が果たされただけで、何がどうなったのか全く解っていない。だが、初めての試練を乗り越えて少しだけルールを理解したのか、劇場を出る足取りは、もうフワフワとはしていなかった。
続




