釜中之魚
「うわっ、とと…これが、天使様が言っていた使命というやつか。ここは、ハンターギルドか」
よろめきながら、ポルターは辺りを見回すが、それらしい人物はいない。目の前ではギルド受付嬢が必死で書類を処理している。
「キャル凄く気合入ってるね」
「言ったでしょ。今夜はジン様の勇者劇に行くの!命かけてんの!」
「へえ、道理で朝から機嫌が良いわけだ」
(もしかして彼女が対象なのか?)
ポルターは拍子抜けと呆れが混ざった何とも言えない顔になった。
「それで、キャルが途中で馬車にでも轢かれる?それとも過労死か?」
答えは背後の怒声だった。ポルターは、俺じゃないよな、とオロオロしたのも束の間、怪我だらけのハンターがカウンターに詰め寄る。
「おいキャル!お前からもらった依頼書の地図のせいで死にかけたぞ!」
「ええっ!どういう事ですか」
「お前に渡された地図のせいでキラーアントの巣に突っ込まされたんだよ!」
「そんな…地図を見せてもらえますか…」
「ほらよ。その血はダットのだよ」
血塗れと言って差し支えない地図を叩きつけた冒険者は怒り心頭だ。職員が集まり確認すると地図が最新のものではなかったようだ。
「も、申し訳ございません!すぐにギルド長に報告します」
職員の一人が深々と頭を下げて地図を預かり、走っていく。キャルは呆然と立ちすくみ声を絞り出したが、謝罪ではなかった。
「嘘…ちゃんと確認したもの…」
「キャル!しっかりしなさい!」
「でも…私…今日のために念入りに…」
―パンッ、と平手が飛んだ。
「あんた、この状況で何言ってんの!この仕事は常に人の命がかかってるって何度も言ったでしょ!」
「でも…わたひ、地図はちゃんと…」
キャルが泣き出して、怒鳴り込んだハンターが、たまらず口を挟む。
「お、おいマーラ、そのくらいにしとけよ。俺たちだって怒ってるが、その、手違いくらいあるって」
「いいえ、依頼書は皆様の命綱。事故があった以上看過できません」
厳しいが正論だ。しばしの沈黙の中、突然キャルがバタンと倒れ、新たな騒ぎとなった。
ポルターは、初めての使命でいきなり失敗したのではないかと天を仰いだが、キャルは失神しただけで、キャルは奥に運ばれ、冒険者は居心地が悪そうにそれを見守るうちに、ギルド長が出てきて奥の部屋へと案内していった。
だが、ポルターは騒ぎではなく、少し離れて見ているギルド職員を見ていた。ゴミを見るような目という表現がぴったりな二人の女性職員に、嫌な予感を感じたのだ。
「まさか、な」
ポルターがその場を離れた二人を追うと、悪い予感は的中していた。
「ねえ、あれやったのベルでしょ?」
「さあね、でも、ベリーもすっきりしたでしょ?」
「何がジン様よ。あいつは残業しながら小汚い冒険者の相手してりゃいいのよ」
「あれ、ベリーは楽しそうに話してなかったっけ?」
「はん、あんなガキ臭い芝居なんか趣味じゃないわよ」
「だよね、仕事もできないくせにチヤホヤされて、アタシたちに裏方やらせてんだからいい気味だったわ」
「あー、やっぱそういう感じ?」
笑い合う二人を見てポルターが呟く。
こういうことは、どこにでもあるのだろうが、目の当たりにするのはキツいし、誰もが怒りが湧く。ポルターが、インクの瓶でも投げつけてやろうとしているのか、カウンターの文具が震えるように微かに動き始めた。
「違うな。俺の使命は、これじゃない」
文具の震えは止まり、ポルターは、足元に落ちていたキャルの名札をカウンターに戻した。仕事に絶望した上に演劇に行けなくなった可哀想なキャルの写し絵は笑顔だが、本人がこの顔を見せるにはしばらくかかるだろう。
「しかし失敗の合図がないと身動きが取れないな。まだ続きがあるのか?」
ポルターはキャルの様子を見に行く。意識を取り戻したキャルの傍らでは、マーラが手を握り泣いている。
「ごめんね、キャル。あんたが頑張ってたのは知ってたのにあんな事しちゃって」
「私こそ、あの場で非を認められずマーラに謝らせて…私何やってんだろ。本当にごめんなさい、でも情けなくて悔しくて…」
「違うんだキャル」
―しかし、声は届かない。
互いに慰め合う二人をいつまでも覗くのは、なんとなく悪いことをしている気分になり、ポルターはホールに戻った。
「何も分からんが、どうしたものか」
ポルターは自分のすべきことがあるのかと、ひとしきり考えた。そもそも何が彼女に死をもたらすのか、見当もつかない。
「うん、これは失敗してるに違いない。でも、せめて何かしてやりたいな」
そう呟いて、再び考え込んだポルターは、やがて何かを思いついたのか、不意にギルドから出ていった。
続




