三人文殊
「クソッ、何をやってんだよポルター!」
ポルターは、頭を冷やすつもりなのか屋敷の堀に注がれる滝の傍らに立ち、訓練場で熱くなった自分を叱咤している。
この先、あの場に居た全員が絶えず幽霊を意識しながら暮らさなければならなくなったのは取り返しのつかない功罪なのだ。
「ああ、特に姫様なんて、特に悲観的に考えそうだよなあ…。でもカランは使命で救わないとダメだったし…カラン?そういえばカランはどうなってる!」
ポルターは、カランの無事を確かめるため地下に降りる階段を探した。屋敷をウロウロしているうちに氷炎伯の後ろ姿が見え後を追うと、番兵の詰め所に入り、誰も入れるなと命じて奥の階段を降りていった。
「頭は冷えたか?」
牢で無言でうずくまるカランとアルテマは顔を上げ、すぐに両膝をついた。
「申し訳ございませんでした!」
アルテマが震える声で謝罪し、カランは地に伏した。
「慈悲はない、と言いたいが幽霊との約束がある」
「ゆ、幽霊、ですか?」
アルテマは早々に退場して目撃はしておらず、カランも話さなかったのだろう。
「それよりアルテマよ、お前は王女を見て驚いていたな」
「はい。こちらにご滞在とは存じあげておりませんでした」
「カランは、王女を偶然見かけて追ってきたのか?」
「はひ…」
「それで頭に血が昇ったか」
「でしゅが…なじぇ…」
「前にも言ったが、兄妹喧嘩が収まらぬのが気に入らんから、一度王女を預かって真意を探っておったのだ」
「でんかの…ため?」
「そうだな。お前の理想とは違う幸福もあるのではないかと、勝手に世話を焼いておる」
「…」
「二人とも聞け。いや、どうせ幽霊もおるのであろうから、皆聞け。我は戦は止めぬが、兄妹の殺し合いなど断じて結末にはさせん。ゆえに貴様らも協力せよ」
「協力とは、何を…」
アルテマがおずおずと尋ねた。
「分からん。が、貴様らが心具申すればあやつも丸きり無視はすまい。貴様らは、ここから我と共にやつの性根を変える策を練るのだ」
「でんかは…王に…?」
「カランよ、残念ながらそれは戦が決めることだ。今話しておるのは、貴様は人形をやめて己に赦しの心を持てということだ。赦しが簡単ではないことは分かるか?」
「……ひょうへんはくしゃま…わかりましゅ…」
「よし、分からんと言ったらここで首を刎ねるところだったぞ」
本気か冗談か分からない氷炎伯の物騒な物言いにますます縮み上がったカランの背にアルテマが手を回しながら尋ねた。
「畏れながら、私が存ぜぬ事情ばかりで正直混乱しております。ひとまずカランと話すお時間を頂けませんでしょうか」
「構わん。どうせここに居てもらうのだから好きなだけ話すが良い。明日また寄ろう」
氷炎伯はそう言い残してさっさと階段を昇っていった。ポルターは、カランの頭が冷えていることに安堵して、滝の前に戻った。
「それにしても、アルテマは知らないことだらけだから、事情を知れば腰を抜かすだろうな。だが、あれだけ無関心に見えた氷炎伯が腰を上げたのは俺にとっては奇跡だ。あ、もしかして、ようやく天使様が俺の苦労を認めてくださったのかも!」
途端、ポルターは凄まじい雷に吹き飛ばされて滝壺に落ちた。
溺れるでもなく水の底にひっくり返って痙攣するポルターの耳に天使様の声が響く。
『特大の全否定です』
「こ、今後も精進…致しましゅ…」
学習しない幽霊と気まぐれすぎる神の僕のおかしな関係だが、ポルターはこの瞬間をいよいよ楽しんでいるようだった。
続




