トリアージ
「ん?なんだあれは」
南に向かって夜道を駆けるポルターは遠目に大きな炎が上がっているのを見つけた。ポルターはすぐに街道から外れて炎を目指した。
「村が、燃えている」
馬のいななきや、怒号が聴こえる辺りまで近づくと散り散りになって木立や草むらに身を隠す村人、野盗に背中をバッサリと斬られて倒れる村人が目に入った。
ポルターは、炎に照らされる蛮行に憤り、薪割り場の鉞を拾って生存者を探して回る。
やがて、小屋の中の水瓶の陰に隠れる父娘を見つけたが、そこにも野盗が迫っていた。
「おい、ここも火をかけろ!」
馬に乗った野盗が怒鳴ると、2人の男が松明と油の壺を持って走ってきた。
「不味い。見つかるぞ」
油を撒こうとする男の背にポルターの投げた鉞が深々と刺さった。
「ぎゃあ!」
苦鳴をあげて倒れた相方に、松明の男が驚いて駆けよる。ポルターは屈み込んだ野盗に油を浴びせ、野盗は火だるまとなって転げ回りやがて息絶えた。
―今のうちに逃げろ
異変に気付いた父親が様子を見に来て、二人の死体に小さく悲鳴をあげ、慌てて娘を連れて逃げ出す。ポルターは引続き野盗を倒して回ろうとしたが、炎に包まれた村の運命はすでに決していた。
「悔しいがここまでか。これ以上暴れると野盗が居座りかねん」
ポルターは救世主ではない。ここに残って野盗から村人を護り続けることはできないのだ。
せめて、あの父娘が逃げきれますようにとだけ祈り、ポルターは街道へと戻っていった。
ポルターはモヤモヤとした気分のまま走り続け、氷炎伯の居城に到着したのは翌日の深夜だった。人影といえば目抜き通りを巡回する夜警だけで、街は寝静まっている。ポルターは、朝を待つためにと向かった教会で晴れない気持ちを吐露して神に問う。
「私は間違っていたのでしょうか…」
ポルターは、野盗から完全に村人を保護すべきだったのかという迷いが拭えないまま、ここまで来たのだ。
義憤に駆られて村に飛び込み、野盗を二人倒した。
しかし村の大部分は見捨て、父娘だけを逃がして自分は去った。
もっと戦えばもっと救えたかもしれない。
残って最後まで戦えば、せめて村人の何人かは……。
―違う
ポルターはゆっくりと息を吐き、自分自身に答えた。
「俺は救世主ではない。俺があの場に留まったところで地上全ての人が救われるわけではないだろ?だが…」
救う力のある者が、救えない者を選ぶこと。別の世界でトリアージと呼ばれる葛藤には必ず後ろめたさが付き纏う。
ポルターは拳を握り、額を軽く床に押しつけた。そして長い葛藤から抜け出した頃には夜明けになっていた。
「違うな。俺は理想に溺れて業を背負う覚悟を遠ざけていただけなんだ。救世主になれない自分を認め選ぶことを躊躇うな、しかし常に誠実で在れ。誠実―これが、俺の答えだ。」
朝の光がステンドグラスを通り、ポルターの肩に淡く落ちた。
胸のモヤモヤは完全には晴れなかったが、少なくとも、一日を足を踏み出すための確かな地面はできた気がしたポルターは立ち上がり、静かに教会を後にした。
続




