出神入化
「はあ……暇だなぁ」
ポルターの予想通りに数日が過ぎた。毎日公爵と王太子を交互に見回っていたが、どちらも山積みの書類仕事や雑事に没頭しており、一向に面白い事件は起きない。教会通いに加え、森での鍛錬を日課にしようとした矢先に愛用の剣が折れてしまい、かと言ってまたどこからか盗み出すのも億劫で、今はただ目的もなく街をぶらついていた。
「お、あれはフィルとマーラじゃないか?」
視線の先には、荷台を引くマーラと、その後ろを杖をつきながら不器用に歩くフィルの姿があった。格好の暇つぶしを見つけたポルターは、気配を消して二人の後ろを追いかける。
「やっと見つけたぁ。あの子たち、商売っ気がなさすぎるよ」
額の汗を拭うマーラに、フィルが「ごめんな」と苦笑交じりに謝りながら、とある建物の扉を叩いた。中から顔を出したのは、モエだった。
「モエ、久しぶりだな」
「フィル。歩けるようになって、良かった」
「モエちゃん、一応お店なんだから、もう少し飾りつけしようよ。近所の人も誰もお店だって知らなかったよ?」
マーラが呆れたように突っ込むと、モエは表情を変えずに淡々と言い放った。
「うちは、隠れ家的なのが売りだから」
「かく……まぁ、いいわ。これ持ってきたから、査定してくれる?」
「分かった。ロイ、大好物のガラクタが来た」
「ガラクタって……」
「こんにちは。姉が失礼なことを言ってすみません」
奥からペこりとお辞儀をして現れた少年が、モエの弟のようだ。荷物の査定を弟に任せたモエは、二人を中に招き入れると、不思議な小瓶を差し出した。
「飲んで。新作」
「お、ありがとう」
フィルがテーブルにもたれかかりながら蓋を開け、勢いよく口に含んだ瞬間、激しくむせた。
「っぶふぉ! な、なんだこれは!?」
「炭酸水。水と泡のハーモニー」
「ハーモ……ん? でもこれ、甘いな」
「秘密の草で甘みをつけた。ゆっくり飲んで。すぐ虜になるから」
「本当だ、甘い。でも泡がピリピリする……」
マーラが恐る恐る口に運ぶ。どうやら味は気に入ったようだ。
「フィル。家はどこにしたの?」
「ああ、脚がこれだからさ。ギルドのすぐ近くに引っ越すことにしたよ」
「そこが少し手狭だから、フィルの荷物を減らしてもらったのよ」
マーラが外の荷台に視線をやる。その様子を見たモエが、ぽつりと言った。
「フィル、マーラには素直」
「まあな。……ところで、ありゃ何だ?」
フィルの視線の先、店の奥には不気味に生首の人形が並んでいた。
「神の領域に挑戦」
「また随分と大層なことを言い出したな……」
気になって近づいたポルターが覗き込むと、リアルな人形の頭部には、びっしりと細かい文字が書き込まれているようだ。
「マーラ。レイラと話した?」
「ええ、実験体になってるって。大丈夫なの?」
「あっちは順調。でも、神の領域は手強い」
「だから、何の研究なんだよ」
「ハゲ」
「ハゲてねえよ」
「違う。ハゲを治す研究」
「え、あれって治せるものなのか?」
身を乗り出すフィルに、モエはまっすぐな視線を向けた。
「フィル。実験したいからハゲて」
「無茶言うな! てか、絶対嫌だわ!」
「モエちゃん、うちの旦那様はまだちょっとその段階には早いかなぁ」
「残念。レイラは快く付き合ってくれたのに」
「あのなぁ……」
「姉さん、査定終わったよ」
絶妙なタイミングでロイが店に入ってきて、モエにメモを渡した。それを見たモエがフィルに金額を確認し、金庫から銀貨を取り出してきた。
「ごめん。店、始めたばかりで気前よく出せない」
「あ、そう言えばそうだな」
フィルは受け取った銀貨をそのままモエに突き返した。
「何これ?」
「開店祝いだ。受け取れよ」
「え、じゃあ、結婚祝い」
モエがすかさず銀貨をフィルに押し返す。フィルがまた押し返し、モエも負けじと押し返す。不毛なラリーが始まった。
「ちょっと、二人とも何やってんのよ」
見かねたマーラが呆れ果てた様子で間に入り、銀貨を綺麗に半分に分けた。
「あんたたち放っておいたら明日までやりかねないから、とりあえず今回はこれで手を打って」
「はい」
「さすが元ギルド受付嬢。お金には細かい」
「姉さん、だから失礼だってば!」
「ロイがお詫び担当。うまく役割分担できてる」
その後も続く、他愛のないしょーもない会話。
大きな事件を乗り越え、それぞれの日常を逞しく、そして笑顔で生きている彼らの姿を見て、ポルターの胸に静かな安堵が広がっていく。
「まったく、この連中は見ていて飽きないな。……さて、俺はそろそろ行くよ」
誰の耳にも届かない、静かな別れの言葉をそっと残し、ポルターは再び、賑わい始めた街の雑踏へと歩き出した。




